実践的擬態 Practical disguise

黒遠

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 くおんの手が、俺の腰骨の上に置かれている。腰骨から腰にかけて。後ろから首筋を優しく噛まれる。力がふっと抜けそうになる。寄り掛かったダイニングテーブルが少しずれる。

「や……めて」
「何もしてない」
「くび……」
「やめようか?」

 首を舐められるのが止まっても、腰が砕けそうになる。知ってんだよね。俺がそうやって手をそこにただ添えられただけで我慢できなくなっちゃうこと。

「手……」
「なんもしてない」

 そう。服の上からただ軽く触れているだけ。指一本動かしてない。凛からは触られても平気だったのに。

「むかつくわ……」

 合意のこんな取り方はさ……。

「いい?」
「……俺の部屋でして。お前の部屋だとソーマが起きたら見えちゃう…」

 なかば抱えられるようにして俺の部屋に引きずり込まれる。着たばかりの部屋着を剥ぎ取られて長いキスをされる。すごい。

「こないだみたいにむちゃくちゃすんなよ。一回!」
「はい」

 くおんはものすごく嬉しそうな顔を隠さない。大きな手でひたいを撫でる。俺の顔をじっと覗き込む。じっくり解される。この時あんま見ないでほしい。すごく恥ずかしい。ゆっくり入ってくる。すごい存在感。ちょっとつらいくらい。

「痛い?」
「だいじょ…ぶ」

 先週はこっちも興奮してたからあまり細かいことがわからなかった。たぶんくおんもそう。こんなでかかったっけ……。

「は……すげ……入れただけで…いきそ」

 くおんが枕を強く掴む。我慢してる。かわいい……

「ちょ……中、締めないで…」

 くおんの体が燃えるように熱い。汗で背中がしっとりと濡れている。

「だめ。一回じゃ足んね。もっかい。予約」
「……だめ」
「なんで。もっかい」

 くおんが動き始める。やばい。気持ちいい。

「頼む」

 耳を噛まれる。指を絡めとられる。負けそう。

「あ……した…仕事……」

 口を塞がれる。頭が真っ白になる。

「だめ。もたない。もう一回!」
「……」

 仕方なく頷く。俺ももたない。全身が自分でも信じられないくらい敏感になっている。くおんが安心したように本当にすぐにいってしまう。ゴムを替えてもう一度。すぐに入ってくる。
 入ったまま抱き上げられる。抱きしめられる。すごく強く。俺もくおんの背を抱く。全身がぴったりと密着する。重なっていないところがないみたい……。一つの塊になってしまう。硬く抱き合ったままでくおんが言った。

「エンマ……愛してる」

 反則だろ。そんなの。
 息ができないくらい激しいキス。腰を掴まれて突き上げられる。

「くおん……」

 膝を付いて自分でも動いてしまう。くおんが眉根を寄せる。

「……すげ……」
「……っは…」





 こんな気持ちよかったんだっけ。
 今回はちゃんと二回でやめたくおんが、それでもベッドから出て行かず背中から俺をずっと抱きしめている。あたたかい。

「すげー。何年ぶり……」
「お前、先週あんなむちゃくちゃしといて何を……」
「先週は夢中すぎて。ノーカウント。そういえば、お前付き合ってる女の子いるんじゃないっけ?」
「よく覚えてたな。覚えてるんなら遠慮しろよ。でも別れたんだ。二月かな」
「そっか。てか、やったの?」
「……あのな。お前のそういうとこがさ……ま、今さらか。やったよ。なんか文句あるか? お前とちゃんと別れてから付き合ったし、こうなる前にちゃんと別れただろ。誰かさんとちがってよ?」

 くおんが何も言わないのでちょっと振り向くと、なんとも言えない顔で俺を見ていた。

「俺もそんな酷いことお前にする気なかった」
「よく言うよ。子供まで作っといて」
「俺な、別れた奥さんと一回もやった記憶ないんだわ」
「は?」
「俺、女の子にはすぐ愛想尽かされんじゃん。元妻の人も周り巻き込んですげーアピールしてきて面倒くせえから、付き合ったフリして愛想尽かしてもらおうと思ったんだよ。そしたら酒飲んで起きたらやっちゃってて、しかもその一回でできちゃったんだな」
「あーやばい。馬鹿すぎて殴りたくなってきたわ」
「俺もあの頃の俺を殴り飛ばしたいわ」

 どうしようもないバカだな。

「バーカ」
「うっせーなーもー」

 くおんがひたいをこつんとくっ付けてきた。これいつもやるよね。

「でもソーマはよかったな。俺あの子好きだよ。ちっちゃいころのくおん見てるみたい」
「結婚の唯一の収穫なんで……」
「俺自分の子は無理だと思うからさ。家族できたみたいで楽しい……」

 急にまたぎゅうと抱きしめられた。苦しいくらい。

「家族でよくね?」
「ん?」
「俺とおまえとソーマで。家族でよくねえ? 俺それが一番いいわ」

 ……俺もそれがいいな。好きな人と好きな人の子どもと家族として暮らすの。この前くおんが夢だと言った。俺には口に出せない夢。だってできないだろ。そんなの。

「言って。エンマ。お前いつも何も言わないから。お前はどうなったら幸せ?」
 







 事務所の方は、この一週間で少し仕事を整理して、どこでやっても同じ結果になりそうな仕事のいくつかは他の知り合いに回した。
 そしてとりあえず木曜日を定時退所日に決めた。ちゃんとライフの方も充実させないとだめだ!とカナエからきつく言われた。
 木曜日は定時後の予定を絶対入れないで帰る。家にも仕事は持ち帰らないこと。まだ人は雇えてないけど、誰か入ったら週に一度は完全オフの日を作ること。

 俺もなんだか落ち着いて、ちゃんと仕事できるようになった。カナエには最近顔が変わったって言われる。

「彼女できた? なんか毒気が抜けたよな」
「毒気って」

 毒だったのかな。毒といえば毒か。怒り、哀しみや恨み、未練や嫉妬のかたまり。
 あれだけぐちゃぐちゃしていたのに、ほどけてみたら俺の恋人ってくおんなんだなって結果しか残らなかった。バカでデリカシーがなくて言葉足らずでめんどくさがりで自己中でわがままで強引な俺の恋人。凛には元サヤにはならないって言ったのになあ。

「まーいーや。頼りにしてるぜバディ。あ、社員の応募来たよ。面接いつにする?」
「水曜の午後は? 金曜の午前中でもいいけど」
「水曜にしよう。人入ったらいつオフの日にしようかなー。お前どうする?」







「だって無理じゃん。家族にはなれないでしょ」
「家族の定義って何? 戸籍が同じこと? 血が繋がってること?」
「それもあると思うけど」
「なれないとかなれるとかじゃなくて、お前はどうだったらいいと思う?」
「……」
「形式とか血の繋がりとかは置いといてさ。俺とソーマがお前の家族だったらどうかってこと」
「それは……」
「嫌か?」
「…………う…嬉しいに決まってんじゃん…」









「土日どっちか休んでいい?」
「おー、勇気あるね。まあいいけど。なんで?」
「家族サービス?」

 カナエは「じゃあしょうがないね」と笑った。















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