Marry Me?

美凪ましろ

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Vol.16.楽しい同・棲・生・活☆彡 の裏に。

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 帰宅すると大樹がそこにいる。……それだけでもう、胸が、きゅうっとする。

「ただいま」

「おかえり」振り返った彼は、インカムをつけたまま、頷くと、前を向く。……そっか。電話会議中か……。芸能人みたいで格好いい。

 なるべく音をたてぬよう意識して、洗面所で手洗いうがいを済ませ、台所へ向かうと……おお。

 豚汁が出来ている。……へええ。美味しそう、だぁ……。

 夏が近いから冷たいものもいいけれど。こういう、ほっこりするお味噌汁なんかも、いいよね……。

 大樹は、在宅勤務の日も勿論忙しいのだけれど、昼休みがあるので、そのときに、ぱぱっ、と料理の仕込みを済ませるらしい。……ふおお。料理スキル皆無なあたしとは雲泥の差だ。……こういう仕事に就いているからには、流石に食事に気を遣うべき……なのは分かっているが。ついつい、コンビニや〇ーバーイーツで済ませがちだ。作るのはせいぜい、具沢山味噌汁程度で。……帰宅が二十二時を過ぎる日もあるから、単純に、疲れちゃうんだよね……帰ってきてメイクを落とすだけでやっとこさ。

 風呂場に行けば、……お風呂が沸いていた。――おお。ありがたや。

 中村美紗、二十一時に帰宅。すると、同棲中の彼氏が、料理もお風呂も用意してくれている。本人が、電話会議含む在宅勤務なのにも関わらず。……エモ。エモコア。エモエモコアだってばよ。三段活用☆彡

 ……ありがたく、大樹の沸かしてくれたお風呂に入り、風呂後のお手入れを済ませ、料理の準備をしかかったときに、ちょうど、大樹がキッチンにやってきた。

「美ぃー紗ぁーっ」背後から抱き着く彼は、あたしの髪をくんくんする。「あ。美紗、あのジェルシャンプー使ったのな。いい香りがする……」

 大樹が言っているのは、大樹愛用のシャンプーのことだ。

 長らくシャンプージプシーなあたし。ちょっと、3000円弱と、お値段は張るものの、これいいよと、大樹にお勧めされて、使ってみたら、ばり、最高だった。最の高。バチ、殺す、ってどういう意味なんだろうお兄ちゃん。そんなに背中見られたくなかったのかな☆彡

 泡立ちはちょっといまいちなところはあるけれど、洗い上がりのつやんつやん感がたまらない。……パーマかけてるからちょっと痛んでるんだよね。この乾きに、このうるんうるん成分は、ひっじょーに、ありがたい。はぁ……乾いたこころに染み渡る大樹の愛情を体現されてるみたい。

 あたしのウエストに手を回す彼は、背後からあたしの耳たぶを貪り、「すっげーいい匂い。……食べたい」

「どっちを?」おたまで豚汁をかき回すあたしは言う。「大樹……お風呂まだなんだったら、洗ったげよっか?」

「いや無理」

「どうして? ……こないだはあたしがして貰ったから、大樹にしてあげようかなぁ……って」

「……男の理性を、きみは、理解していない」あたしの首筋に額を預ける大樹。背を屈めているのだろう。「きみに、……触れて。お風呂上がりの、ほっかほかのきみの匂いを嗅いでいるだけで、……生理的な反応が起きることってあるだろ。

 きみに、触れられでもしたら、間違いなくおれは――」

 くるりと振り返り、彼を、壁のほうへといざなうと、おもむろに、ベルトに手をかける。あーあ、とあたしは艶っぽく笑って見せた。「……大変なことになっておりますなあ。大樹殿……」

 ごくん、と、大樹が唾を飲み込む音が響いた。「あ……その触り方、やめて……」

 そっと手をかけて包むと、あたしは、迷いもなく、彼を――貪った。

 * * *

(――幸せそのもの、なんだけれど……)

 翌日、仕事中、ふと、顎を摘まみ、考える。……いかん。彼の癖が移ってる。公私混同ノーセンキュー。ガキさんはガキ扱いもノーセンキュー。

「……美紗さん。なんか、悩み事ですか……?」

「あっううん。全然」とあたしは気づかわしげにあたしを見上げる須賀ちゃんに笑いかけた。「……なんだろ。幸せ過ぎて……うん。ちょっと……浸ってる」

「エモエモじゃないですかぁ」やさしく小突いてくる須賀ちゃんには、流石に――言えない。

 大樹にだって、プライバシーというものがあるのだから。

 が。

 早速休憩時間に、声をかけられた。

「――中村。Nさんの発注、これ、T店舗と本店の両方かかってんけど、念のため。片方でいいんだよな」

 血の気が引くとはこのことだ。サンドイッチを急ぎ飲み込み、立ち上がると、「すみません!」とあたしは店長に頭を下げた。

「申し訳ありません。……いますぐ訂正します。……あ。お電話……電話。いますぐ電話を……」

「いいから落ち着けおまえ」ぽん、とあたしの頭を撫でる深崎店長。「たぶんそーだろーと思ってT店舗のほうに電話して断っておいた。モウマンタイ。

 ……にしても、中村」

 はい、とあたしが涙目で答えると、深崎店長は、深い海の底のような目をして、

「――幸せの絶頂にいる、ってのに、なにを、そんな――悩んでいるんだ?」

 * *  *

 流石に、彼氏のいる女を誘うわけにはいかねーからなあ。

 ……と、店長の計らいで、勤務先の近くの、公園まで来ている。

 深崎店長はマイカー通勤だが、車はそのままで。あたしは自転車を押し、徒歩で移動した。歩いてせいぜい十五分程度の距離だ。

 この公園に、二度、大樹と来たことを思い返す。

 めくるめく愛を確かめ合った翌週、それに――。

「……篠田大樹は。ダブル、なんだよな? ……日本人姓であることからすると、母親か。或いはクオーターなのか」

 続けて店長は、おれの世代だと、ハーフって言うんだけどな、と言うけれど。

 だしぬけに言われ、率直にあたしは驚いた。「……え。確かに彼、留学していたとは聞いてますが……そうなんですか?」

「おまえはあいつのいったいなにを見ておるんだ」電子タバコをくわえ、店長。「言葉のアクセントからすると明らかに、Canadian Englishだ。……ケベック地方かもしれないな。『シンシアリー』と発音したときの、あの響きが気になった」

 たった一度しか会っていない大樹のことを、このひとのほうが、よく――分かっている。

 果たして、あたしに、彼女の資格は、あるのだろうか。――あんな顔をさせるなんて。

 胸が、ぎゅうっ、と苦しくなる……。あたし、率直に聞くべきなんだろうか。……でも、大樹にだって事情が――

「中村。おまえがなにを思っているのか。ちゃんと、相手には、言葉で伝えんと、分からんよ。……遠慮なんかすんな。

 男は、惚れた女のために、傷つく権利がある」

 ちょっと笑えた。「……店長。名言集とか、狙ってます? はたまた松岡修造ばりの日めくりカレンダーとか……」

「篠田大樹は、おまえに、本気だ」あたしの茶々を交わし、きつく暗い湖を見据えた店長が言う。「本気だからこそ、……悩むこともあるんだろうな。

 大方検討はつくんだが。……あいつ、複雑な生い立ちを抱え込んでいるとかなんかだろ」

「――あなたになにが分かるんです」

 背後から第三者の声が聞こえ、冷やっとした。見れば――大樹が、険しい顔をして、すぐそこに、立っていた。

 *
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