Marry Me?

美凪ましろ

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Vol.18.幸福の確証

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「……このタイミングで確認入れるのもあれだけど」と、大樹の体温を感じながらあたしは言う。「大樹が、……時々暗い顔してたのって、意図的? 深崎店長に、……本音を吐かせるため、だったの?」

「いんや」大樹は、あたしを抱いていた手を離すと、前を向き、足を広げ、その間で指を組み合わせた。――抱え込んでいた懊悩を表現するかのように。「悩んでいたのは……どのタイミングで自分の出生のことを話そうか。それから、……泰斗さんの気持ちは、やっぱ、見て見ぬふりは、出来ないよ。お節介だとは分かってはいても、……あいつ。おれと美紗がいると露骨に嫉妬しやがるからさ。いい加減てめえの気持ちを吐け、ってせっついてやりたい気持ちはあったんだよね……。

 勿論その感情は。美紗を、愛しているという感情と、相反するけれども、ぼくのなかで……両立しているんだよね。うまく言えないけれど」

「大樹の気持ちは分かってるし。もう、疑ったりなんかしないから安心して」とあたしは彼の背を擦る。広くて……こんなにも大きいのかなってくらいに大きい背中を。「店長の件は、クリアになったよね。彼は、ああ言っている。彼が今後あの感情とどう向き合うのか。それは、彼自身の問題だよ。……冷たい言い方をすると、彼がその後あたしのことをどう思おうが、あたしたち二人には、関係がない。

 もうひとつ。……出生の秘密については、……そこまで、思い悩む、なにかを、孕むものなの」

「うぅーん」唸る大樹。長い指を持て余すようにし、「出来れば、……フラットな立場で、美紗と、関わりたかったんだよね。

 あの生い立ちを語ると必ず、ひとは、同情する。あと、鬱の人間から鬱の人間が生まれたらやっぱりな、ってなるじゃない。メンタル系のリスクは打ち明けておかないと。や、ぼくは鬱になったことはないけれど。それでもこのご時世、気がふさがることはあるよ。

 んで。いざ、カミングアウトすると毎回、……『しまった』って顔されるのが、ぼくは、嫌いで。……それで。正直に言う。泰斗さんを、利用した。

 泰斗さんを挟んで暴露しちゃえば、おれは、……泰斗さんの反応に気を取られ、きみの悲しい反応を見ずに済む。

 ――で。どう思った? そういう面倒くさい男とは関わりたくないと――」

「それ以上は言わない」あたしは、立てた人差し指を彼の唇に当てた。「自分で、自分が悲しくなることは言わない。……それとも大樹。

 そういう生い立ちを聞いたからって、あたしが、離れるとでも思った?

 ……あたしは、なに不自由なく育った人間だから、大樹の気持ちまでは分からない。シンクロしきれないかもしれない。……ただ」

 あたしは、彼の目線を受け止めるとにっこりと笑い、

「聞いたからって……嫌いになるような、そんな単純な問題じゃ、ないんだよ」

 みるみるうちに彼の澄んだ瞳に涙が溜まった。あたしは――母のように、受け止めた。ひょっとしたら彼は、こうして、母親に抱かれた記憶がないのかもしれない。辛い時――誰かにそっと抱き締められることで、癒される。そんな幸福な現実を知らないまま生きてきたのかもしれない。
 
 一般に、英語圏のひとは、ハグをする習慣があると聞くけれど、……だからといって、幼少期の傷が癒されるとか……そんな簡単な問題ではない。あたしは、大樹の問題を、一言で言い表したくはない。彼も、……望んじゃいない。そんなことは。

「ごめん……なんか、おれ、離れている間に、色々考えたんだ……もし、美紗のご両親が、おれの育ちのことを知ったら、どう思うのか。

 結婚を考えていたとしても、反対されたら。美紗が――孤立したら。

 将来出産するときに、……女の人ってとにかく大変だろ。そんなときに、誰かの助けがいるだろう。

 けど、うちの両親は……。

 おれに、母親はいるけれど、なんか、途中で出会ったせいかな。……色々よくしてはくれるんだけど、どっか、他人、って感じが否めないんだ。自分が自分の人生のアウトサイダーなのかなって感覚。……美紗が子どもを産むんなら、美紗、ご両親は遠距離だし、頼るんならうちの母親だろう、って思ったんだけど……なんかこう、元々は他人だった人間に借りを作る感じがして抵抗があって……んでも、勿論、美紗に大変な思いさせる前に、バックアップ体制とか……ちゃんと、築いてやらなきゃとか、色々……」

「んとーにこじらせくんなんだからもう」くしゃっ、と彼の髪を撫でてあたしは笑った。「……なんでそんなひとりで思い詰めてるの。言ってよ。あたしたち……恋人同士、なんだよ……?

 もう。大樹しか……見えない。

 大樹以外の男の人を、愛したくなんか、ない」

「……美紗」

 あたしは彼の肩を支え、彼の潤んだ目を覗き込んだ。鏡のように、光る感情が、そのなかに、宿っている。「――理屈じゃないの」と言い切る。

「いろんな問題がごっちゃになって。複雑に絡まって大きなモンスターみたく見えるかもしれないけれど、……ふたりなんだよ? あたしたち。

 絡まった問題も、ゆっくりと、ふたりで、解きほぐしていけばいい。
 
 うちの両親や家族は、割かし理解のある人間だとは思うけれど。……仮に、彼らに納得して貰えなくたって。いいよ。別に。あたしには大樹がいるから。

 疑わないで。……信じて。あたしを……」

 言って彼の手首を掴み、手のひらを自分の胸に当てた。「……大樹に見つめられるだけでこんなに心臓どくどく言っているんだよ。からだは正直だよね。……気持ちを、隠せない……」

 ほの暗い月明かりに照らされる大樹は、ぞっとするくらいに美しかった。悪魔に魅入られたヴァンパイアのように。

「周囲の人間の状況を理解し、理解して貰う努力をするのも大事だけれど。……肝心なのは、二人の、気持ちだよ。

 あたし。……大樹との子どもが、欲しいな。

 ほんとは、直接、抱き合いたい。もっと、……触れたい。

 大樹がなにかひとりで抱え込んでいるのなら。無理せず。……話して欲しい。

 あたし。大樹ほどクレバーじゃないから。空気読めないところあるから、……大樹のこころを読むことなんかも出来ないし。

 暗い顔してるときあるな、って気づいたけど、……どうにも出来なくって。かえって、大樹を、悩ませてしまった。……挙句、職場でミスして、店長や、周りのみんなに心配かけたりして……社会人として恥ずかしい話だよね。

 まあ。起きてしまったことは仕方ない。これからは、挽回するためにどうすればいいのか。

 落ち着いて、考えて、行動していけば、……いいんだと思う。

 ……ねえ。大樹」

 あたしに任せていた大樹が、ここで口を開いた。「なぁに」

「――結婚しよう」

 うす茶色い、大樹の瞳が、見開かれた。

「だってもう、……好きじゃん。あたしたち……。

 仕事とか、生活のこととかも勿論大切なんだけれど。結局一番は大樹なんだよ。大樹が、一番、好き……。

 究極の選択で、なにかひとつ選べ、って言われたら、大樹しか、考えられないの……。

 ねえ大樹。あたしの、残りの人生、あなたいろで塗りつぶして……?」

「――美紗」

 唇を、塞がれていた。それまで、何京回とキスしてきたはずが、このときは、また、キスの味が違った。しょっぱくてそして――甘い。

 はあ、と唇を離すと大樹が言った。「好きだよ。……愛している。

 ったく。おれのほうからプロポーズしようと思ってたのに……」

「ごめんね」とあたしが彼に抱き着くと、彼は、よしよしとあたしの頭を撫で、「いずれ、仕切り直しをするから。お楽しみに……」

「えーなになに。どんなセッティングをしてくれるのかなぁ……」

「内緒。……美紗」

「なぁに。大樹」

「……好き」

「知ってる」くすくす、とあたしは笑う。「色々と……考えることも、することもあるんだけれど、とりあえず、まっすぐ帰って、さ。

 ――セックスしよう」

 あたしの額を撫でると、いたずらに大樹は笑った。「……そういう、ダイレクトなお誘い、嫌いじゃない」

 言って大樹は、あたしを姫抱きにすると、停めていた自転車のサドルに股がらせた。

「……本当は、今すぐ、背後からしたい、ってところだけれど……」背後からあたしのウエストを支え、耳に熱い息を吹き込む大樹の熱情。「……おうちにつくまでの我慢だからね。……美紗。声、我慢出来る……?」

 片手ずつハンドルバーを持ちながらあたしは言う。「……無理だよ。大樹、よすぎるだもん……」

 はは、と声を立てて大樹が笑った。「……美紗が、敏感だからそうなんの。……ついね。つい、……度を越して可愛がりたくなっちゃうんだ。容赦なく」

 それからゆっくりゆったりと。重なり合う時を感じながらふたりの道を歩き、やがて――たどり着くとあたしは、大樹に、求められた。
 
 恍惚のなかで、彼に手を伸ばす。微笑み返す彼が、どうしようもなく、愛おしく思えた。

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