Marry Me?

美凪ましろ

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Vol.26.あたたかな家庭とは

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「いらっしゃい美紗さん。話は常々大樹から伺っております。……こちらは、菜緒子《なおこ》。うちの娘です」

「初めまして美紗さん。……お噂はかねがね。……あ。そうそうあたし、『シンシアリー』のアプリインストールしてまして。『Sweet Lip』カリスマ店員であられる美紗さんのご活躍は、兄に聞く以前から存じ上げておりまして……至極、感、激、ですっ……!」

 目を潤ませる菜緒子さんに、嘘偽りがあるとは思えない。「光栄です」とあたしは微笑んだ。

「ええと……握手は、手を洗わせて頂いてから……」と、あたしは向こうに顔を向け、「洗面所をお借りしてもよろしいですか」

「勿論です。ええ……大樹。ご案内して差し上げなさい」エプロン姿の大樹ママこと梨沙穂《りさほ》さんが言えば、ああ、じゃあ、と大樹が誘導するのだが。

「お兄ちゃんはずるい。……いつでも、美紗さんを独り占めしてるんだから、ここは、あたしに案内させて。……美紗さぁーん。こちらでーす♪」

 取り残され、頭を掻く大樹に微笑みながら、あたしは、菜緒子さんの誘導に従った。

 * * *

「……兄貴が、実家に彼女連れてくるなんて初めてなんですよ。……ったくあいつ、秘密主義にもほどがあるって言うか……あたしたち、家族になって、二十年近くになるのに。あいつ。変に水臭いところがあるんですよね……」

 手を洗うあたしに向けて鏡越しに目を合わせ菜緒子さんは話しかける。確か、妹さんは、二十五歳と聞いている。小学校の教師をしているとも。

 五歳という、物心がつくかつかない時点で急に父親と兄がいっぺんに出来た点について。戸惑いを覚えなかったのだろうか。母親を奪われたような気は――しなかったのだろうか。

 疑問さておき。あたしは、バッグから出したタオルハンカチで手を吹くと、除菌ジェルを手早く塗り、「……大樹さん。ご実家だと、どんな感じだったんですか」

「……兄貴が来た頃の記憶はうっすらとしか覚えてないけれど」と、壁に背を預ける菜緒子さん。「半端なく美形、な男の子が来てびっくりしたのは覚えている。パパもイケメンだし。……お母さんが惚れるのは無理もないなあ、って思った記憶があるなあ……」

「――まあ、そうだよね」

「兄貴は、昔っから、勉強もスポーツもなんでも、マルチに出来る子で……」あたしの知る篠田大樹像と、菜緒子さんの語る兄貴像は、綺麗に一致する。「そうそう。あたしが来た時点で、中学に上がるか……そのくらいじゃなかったかな。結構年、離れてるから。身長も大きいし、……いきなりあんなお兄さんが出来て、びっくりしたのは覚えていますよ」

「――どうやって、馴染んだの」

「ん? まあ……」慎重に菜緒子さんは言葉を選んでいるようだ。「一緒に暮らしていくうちに自然と。特に、パパは、フレンドリーなひとだし、母も、仕事だときびきびしてるみたいだけれど、プライベートだとほんわかしてるから。相性がいいってのは見てて分かりましたし、なんとなく……一緒に食事したり、たまに外食したり、それで、馴染んでいく感じ……。
 
 まあ、うちは、血のつながった父親があたしの小さい頃に亡くなってるんで。むしろ、嬉しかったんですよ。

 パパはパパとして愛しているけれど、……といっても、亡くなったの一歳やそこらなんで、記憶、あんまり、ないんですけどね……。

 多津夫パパと、ママが一緒にいると、本当に幸せそうだし、そんなふたりを見て、こころがあったかくなったのを記憶してます。

 ……ああ、そうそう、兄貴については……。そうだなぁ。自分の話は滅多にせず、聞き役に回ることが多かったですね。昔っからああなんです。

 自分よりか、他人。他人よりか、家族。……それが、彼の、行動基準の、ベクトルなんですね」

 知りたいことを察知して答える辺りは流石教職に従事する人間なだけのことはある。半タメ口という手法を用いる辺り――ほんわかした内面とは裏腹のきりりとした髪型、ファッションを選ぶのは、仕事柄といったところか。……正直、菜緒子さんは、十代と見間違うほどの外見だ。男社会で、舐められぬように。戦う構図はどこも一緒なのだろう。

 その語り口と。ショートボブのさっぱりしたスタイルに、好感を、抱いていた。

「なにか……、お兄さんについて。印象に残ったエピソードは、ある?」からだを反転させながら、そんなことを聞いてみれば、「昔っからモテましたね」と予想通りの答えが返ってきた。

「かといって、男性から反感を食らわず。がつがつ好意を見せてくる女性をあしらう術には長けていました。……流石に、日本に帰国した頃……でしょうね。母と出会ったのは、父が帰国して間もなくと聞いていますから。日本の生活スタイルに、戸惑っている節はありました。……が、順応は、速かったように思います。

 中学時代は、あのビジュアルで、髪の色ですから。……周囲から浮いて、苦戦しているようでしたが。

 高校くらいになると、もう、……あしらい上手というか。目立つことを楽しんでいる様子が見られました。

 バレンタインなんか、よその学校からチョコ、自宅に届けに来る子もいたんですけど、母ももう、慣れっこで。

『あなた、ランニング行っている間に、また来たわよ』なんて母が言うと、兄は、居間のソファーで雑誌を読みながら、『ああ、あれ渡しといてくれた? キャンディ』『勿論よ』……そんな会話が平然と行われる環境にもびっくりでしたがね。漫画の世界だけの出来事かと……」

 そんな現実を重ねつつ、いまがある。……妹さんが、兄である大樹を、敬愛しているのは確実だ。――かつ、兄貴の彼女に敵対心を抱かない程度の。

 正直、……ほっとした。

 女の子を敵に回すとあとあと怖い。特に、彼氏の家族に関しては。

 一応は、菜緒子さんのお眼鏡にあたしは叶ったようで。そのあと、猫のようにまとわりつかれながら、居間に異動してからも会話は続いた。

 * * *

「……疲れてない? うちの家族、ぐいぐい来るほうだから……」

「ううん全然。楽しかったよ」

「そっか。よかった。……わざわざ日曜に休みとってくれてごめんな。うちの家族と予定合わせるなら、日曜くらいしかなくてな……」

「いいのよ。……楽しかった」

 夜闇に紛れる自分たちは、他人からどんなふうに見えるだろう。手を繋ぐ、幸せな恋人同士? それとも――。

 まだ、あの味。あの感触が、この肉体に、残っている。美砂保さんの作った料理はいずれも絶品だった。蒸したブロッコリーのサラダ。キャロットラペ。タンドリーチキンに、ナン……。バターチキンカレー。

 大樹が、愛情を受けて育ったのは、明白だ。――去り際、梨沙穂さんは、あたしの両手をしっかりと握り、こう言った。

『あの子、……とてもいい子だから。わたしが言うのもなんだけれど。……一緒に、幸せになってね……美紗さん』

「にしても、梨沙穂さん、って素敵なかただよね……素敵な名前で」

 すると大樹はにっこりと笑い、「『美紗』に似てるもんなあ」

「穏やかな感じで。いつもにこにこしてらして。お料理も上手で……なんか、ハードルあがちゃったな」

 舌を出してそんなことを言ってみれば、大樹は、空いているほうの手で、あたしの頭をぽんぽんし、「んにゃ」と言う。

「あれで、怒った時は超こええの。……ひとが来たときはやたらとマイルドになんの。普段は厳しいよ」

「それは……」遠慮がちにあたしは言ってみる。「部屋中片付いていたから。よく分かったわ」トイレも洗面所もぴっかぴかだった。フルタイムの仕事をし、成人したとはいえ、子どもと暮らし、とてもそこまでは……出来る気がしない。出来ないだろう、あたしには。

 ともあれ、家族の話をするときの大樹の表情がにこやかで、安心した。……彼自身そこまで意識していないかもしれないけれど、家族のあいだの絆が確実に存在する。それは、見れば分かる。……実際ご家族に会えて安心した。嬉しかった。……愛するひとを、こんなにも愛するひとがいるんだと、確かめられて。

「あたたかな家庭って……なんだろうね」

「うん?」

「家族が揃っていて。なに不自由なく暮らしているように見えて。他人から見て、恵まれてる、って思われていても……」

 ふと、思いついたことを言っただけなのだ。それでも、大樹は。

 あたしの意図するところを察したらしい。微笑んで、続きを、促す。

「本当のところは、……分からない」

 結論を投じてみる。閉ざしているかもしれない、大樹の、こころに。

「他人から見たその人間像と。実際のその人間の自己評価が必ずしも一致するとは限らない。……あたしだって、ミサミサ69♪ のときは、演じているよ。……誰しも皆、場所によって顔を使い分ける。ペルソナを複数持つのが人間の正体……。

 で。あたしが言いたいのは」

 あたしは立ち止まり、下から彼の目を覗き込むと、「遠慮しないで」と告げる。

「え……」

「仮に。あのご家庭で、大樹が疎外感を感じたとしても、その感情を、殺す必要はない。

 大樹の感情は、大樹だけのものだから。その感情は、間違っていない。

 戸惑いながらも、受け止めて。

 ……あなたの過去は、苦しいものだったのかもしれない。突然の、ドラスティックな環境の変化に、戸惑うのは当然だよ。時間が必要なんだよ。

 自分が自分の人生を生きている感覚。地に足をつけている感覚。……足りないって言うんだったらこれから――

 あたしと、築いていこうよ。一緒に。

 自分たちが、自分たちの、人生の、主役に……なろう」

 みるみるうちに、大樹のうす茶色い瞳に、涙が溜まり、それは――静かに、流れ落ちていった。

 流れ落ちる涙をそのままに。大樹は、背を屈めるとあたしに額と額をくっつけ、

「――美紗に出会えて、本当によかった。……愛している」

 マスク越しに味わう大樹の唇はやっぱり熱くて、この胸を苦しくさせた。

 *
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