Marry Me?

美凪ましろ

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Vol.25.障壁を壊せ

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「……以上が、彼の抱えてきた問題だ。……わたしは当事者として。加害者として、伝える責任があると思っている」

 大樹パパこと、多津夫さんは、なにか――諦めたような顔をしている。

「どう言ったらいいのか分かりませんが」あたしは素直に引き継いだ。言葉を失う多津夫さんの沈黙を。「誰にだって……どこの家庭にだって、多かれ少なかれ、問題は、ありますよ。

 あたしだって社会人になる前は、割かし家族に甘やかされて育ちましたし……兄は、奔放なあたしに、かなり、合わせてくれていました。お兄ちゃん面することもありませんでしたし。……そのことを思うと。

 人様の家庭を、いい、悪いとか……簡単に、断言出来ません。したくもありません」

 あたしは多津夫さんを見据え、彼のなかに渦巻く感情を読み取ろうとする。……少なくとも、息子を痛めつけることに快楽を覚える人間の顔では、ない。あくまで常識的で良識を備えたマチュアな人間の顔をしている。

「大樹さんが、過去を、重いものとしてとらえていたのは事実ですが……」あたしは言葉を切り、「だからといって。大樹さんが、自身を、不幸だなんて思っていたとは思えません。……彼は、そういう偏見や、バイアスとは、無縁の人間ですから……」

 ――大樹は、言ってくれた。

 外面だけでからっぽだ、と、元カレ洋に言い負かされたときに、……あたしの中身が、愛情でぎゅうぎゅうだと、言い切ってくれた。――愛を知らない人間が、果たしてそのような発言を出来ようか。

「大樹さんは……わたしの知らない愛を、与えてくれました。……まだまだ未熟者ですが、……一緒にいると、強くなれる。こんなにも誰かを愛おしく思えるのは初めてで……。だから、大樹さんのすべてを、受け入れたいと……思っています」

「大樹の友達に、前に、聞いたことがあるのだが」言って切り口を変える多津夫さん。「……彼は、自身を、『アウトサイダー』だと思っているそうだね。カナダ人でもない、日本人でもない。ならば、どこに、自分の居場所はあるのか……」

「でも」とあたしは口を挟んだ。「見方を変えれば、彼は、日本人でもあり、カナダ人でもある、ということですよね……。外国に帰郷を持たないあたしとしては、羨ましくも思えます」

 ふ、と多津夫さんは笑った。笑い方なんか、大樹そっくりだ。――いや。大樹が真似たのだ。大切な家族である父親の癖を。

「美紗さんあなたは……独特の、物の見方をするかたですね。いままで、『アウトサイダー』に対し、そのような解釈を加えた人間は、おりませんでしたよ……」

「優柔不断なんです」とあたしは舌を出す。「一つの物事に対し、必ず、二つ以上の物の見方をします。……あたしは、こういう人間です。

 大樹さんの過去に対し、もしかしたら、鬱の母親がいた、だから不幸だ、……と決めつける人間もいるかもしれませんが。そういった他人の物の見方までは否定しませんが。

 その一方で、……大樹さんは、ご両親に、大切に育てられた。話を伺ったうえで、あたしは、そう、断定します。
 
 お母様のことについては、分かりません。お母様にはお母様なりの事情があるのですから。

 日本人が外国で仕事をするのは、かなりの労苦を伴うものです。……それに。働くということは、それほど簡単なことではありません。ましてや、鬱病の妻のケアをし、子どもの世話をする……並々ならぬ苦労を味わったはずです。多津夫さんは。

 どちらも正しいのに、ちょっとしたことで、歯車がかみ合わなくなる……そんなことって、誰しも、あると、思います。

 鬱病で育児放棄する妻と別れました。捨てました……と、事情を知らぬ他人は簡単に断言するかもしれませんが、それは、そのひとの本質を見ていません。

 わたしも、このご時世ですから……鬱に近い状態に陥ったことがあります。前職の退職間際もそうでした。

 生きていくので、誰しも、やっとです。……ひとに、気軽に、会えない。他人の体温を感じられない時代ですから。

 大樹さんのお母様も、お母様なりのプロブレムを抱え、苦悩していたはずです……。大樹さんは、他人を思いやれる、あんなにも、やさしいかたなのですから。……彼。何度も、わたしを、救ってくれました。

 それだけで、充分です。

 重い過去を引きずっていることではなく、その重い過去に、わたしを巻き込むことについて、躊躇していたようですが……仮に、いまも、その過去に縛られたとしていたら、あんなふうに、素直に、愛情を表現するはずが、ありません。

 愛するとは、主体的な行為ですから。愛を受けたことのない人間が。愛を知らない人間が――あんなに大胆に、愛を、表現したりはしません」

 それにしてもよく喋るなあこの小娘。

 と、我ながら思うのだが、それは……。

 ハンカチで目元を拭う多津夫さんを、すこしでも救える言葉をかけたかったからだ。――言葉は、時に、刃にもなるが、他人のこころをあたためるともしびともなる。……大樹に与えられた愛を、言葉にトランスレイトすることで、大樹の父親である、多津夫さんに、伝えたかった。

「遅れてごめん。……どったの親父」

 そこで、大樹が現れた。ポロシャツにチノパン姿だ。ゴルフする格好みたいで萌え萌えする。石川遼かよ。

 あたしは、相変わらず人目を引く、水も滴りかねないいい男の彼氏に向けて、微笑み返した。「……絶対に滑る話を、あなたのお父さんに披露していたの。……聞く?」

「ハードルあげてくんなぁ」からりとした笑顔で、大樹は、椅子を引き、あたしの隣に座った。頬杖をつくと、あたしの目を覗き込み、

「……んで?」

 多津夫さんは、いまだ目元を押さえたままである。……時間を稼がなくては。

「むかーしむかーし。あるところに。お化粧という魔法に取りつかれた化粧姫がおりまして」

「〇ィズニー系かな」眉を歪めて笑う大樹。ナチュラルに、あたしの背の後ろの椅子に手を回し、「……気を付けないと。著作権云々で訴えられるぞ。なんせ、SNSに画像投稿しただけで即削除されるからな。コンプライアンスがしっかりしてんだ。あそこは」

「……魔女は、化粧をせずに、人前に出ることは出来ませんでした」にこやかに、あたしは、言葉を並べ立てる。「自分の素顔が醜いと感じていたからです。川で顔を清め、その時、水面に映る自分の姿が醜いものと……化粧姫は、日々、嘆いておりました。

 ところがある日。いつものように、人目を盗んで、こっそり、自分の家付近の川で、顔を洗っておりますと……。

 見たことのないような、王子様が現れました。

 化粧姫は、王子様に見惚れました。恋を――したのです。

 以来、化粧姫は、王子様に会うために、一日に何度も川に行き、化粧を落としました。……自分の素顔が醜いものと思っていたのを忘れてしまうくらいに。

 ひとの気配を感じ。また、買い物などで人と接する機会があれば、必ず化粧をする。そこは、相変わらずでした。

 何度も化粧を落としては塗るを繰り返すので――自然、化粧は、シンプルなものになり。やがて……

 眉を書く。目元に色を足す。紅を塗る。どんどん手順は単純化されていき……

 水面のなかで、王子様は、笑うのです。――化粧姫。あなたは、そのままで十分美しいのですよ。……どうか、あなたのその美しさを、人前に、見せてはくれないか――と。

 化粧姫は、戸惑いました。……自分は醜い。そう思い込んでいたからです。

 しかし、化粧姫は、王子様に恋をするうちに、肌のお手入れに力を入れるようになり、いつしか、スノウホワイト……雪のように、白い肌を手に入れていたのです。それは、しばし、村人が見惚れるほどでした。

 美肌姫。……いつしか、肌にお粉をはたくことなく、町に出る化粧姫を、人々は、そのように呼ぶようになりました。

 そんな美肌姫のもとには、いつしか、村娘が尋ね、美肌の秘訣を尋ねるようになり……美肌姫は、喜んで秘訣を伝えました。

 たくさん山道を歩くこと。ラベンダーなど天然の香りを入れたお水で顔、からだを潤すこと。丁寧に、自分の肌に触れ、『綺麗になあれ』と唱えること……。

 村娘たちも、どんどん綺麗になっていき、村中に恋が、満ち溢れました。

 その様子を、美肌姫は、微笑ましい気持ちで見守っておりました。――あるとき、いつものように、川で顔を洗いましたが、例の王子様が姿を見せません。いったいどうしたのだろう? 美肌姫は、疑問に思いました。

『愛おしい我が姫。……たまらず、会いに来たよ』

 振り返るとそこには、あの、王子様がいました。美肌姫が、化粧姫だった頃の孤独を癒してくれた王子様……どんなときも、やさしく、誠実に、お話をしてくれた王子様です。

 王子様に触れた美肌姫は涙し、やがて……きつく抱き合い、愛を確かめ合ったのでした。――おしまい」

 拍手をした大樹が、真顔で尋ねる。「……いまのって即興?」

「お肌に対する問題はデリケートだから迷ったんだけど……」とあたし。「どう考えても、大樹の肌は、素材がいいのもあるけど、努力で培われたものだから……言いたくなったの」

「確かにおれ」削げた頬に触れる大樹。「……周りの連中が塗らない頃から、日焼け止め塗りまくってたんだよ。手入れもしてたしパックもしてた。……って、パックするおれに引く女の子もいたけどなあ」

 あたしは、彼の髪を撫でて、笑った。「いまって男の人でも、お肌のお手入れするの、当たり前だもんね。認知もされて。いい時代だよね……」

 さて。時間は稼げたか。ふいに多津夫さんのほうを見れば、涙は止まったらしい。赤い目をして、こちらに微笑みかけていた。

「いいひとを選んだね。大樹……」

 そう。障壁は、ぶち壊してこそだ。偏見がなんだ。過去が、なんだ。いまのあたしは――

 いま、大樹を、とてつもなく、愛している。

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