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第二部 恋愛編
#02-01.春雷
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「じゃあ、せっかくですから、テレセンのメンバーにも紹介しましょうか。石田くんは来週から入ることですし……」
物腰のいい営業一課課長に案内され、ドアを開き、テレフォンセンター部署へと足を踏み入れる。
ずらりと衝立で仕切られたブースにいるのは、ざっと合計二十人ばかりか。皆、インカムをつけ、はきはき対応しているように思える。転職し、この会社に勤務して二年の石田であるがテレフォンセンターに入るのはこれが初めてである。
「へえ……すごいですねえ」
後ろ姿だけでも大体の人間像が掴める。二十人ほどのテレフォンアポインターが、熱心に、ほどよく冷静に、トークをしているさまが窺える。
ブースで喋り続ける彼女たちから離れた後方に立つ女性に、目が行く。足首が細く、きゅっと締まっている。
石田|清太郎(せいたろう)は、近頃流行りの、鶏がらのように細い足が好みではない。カモシカと評されるモデルをもってしても細すぎると彼は思う。
であるので、タイトスカートから覗くその女性の足の細さは、まさに、彼の理想そのものであった。ほどよく細い。学生時代にスポーツをしていた人間なのだろう。しなやかな筋肉がついており、健康的だ。
続いて、着ているワイシャツが、ぱりっと白く、清潔感を感じさせる。ブラの色が透けていないのもポイントだ。白や淡い色のブラジャーを直に着用されては、目の行き場に困るのだ。男としては役得だとは思うけれど、彼は、職場にそれは求めてはいない。
髪は、さっぱりしたショートボブ。子どもがいるのだろうか。マニキュアは塗られていない。
やせ型。おそらく体重は45kg前後。
おおよそ数秒ほどでその女性の分析を終えた石田は、その女性が振り返るのを待った。おそらく、アポインターの監督をしているその女性が、こちらに気づくのも、時間の問題だと思われたからだ。
「――あ。古畑(ふるはた)課長。こんにちは。こちらが、石田さんですね……? 初めまして。西河と言います」
女性が振り返り、石田に微笑みかけた瞬間、いままでに味わったことのない衝撃が、石田の胸を貫いた。
「石田さんってすっごいモテそー。最大何人と同時に付き合ったことあるんです?」
「独身なんですよねー。すっごいモテそー」
「石田さんみたいなイケメンと仕事出来てまじ、幸せーっ」
――いったい自分はどうしたのだろう、と石田は思う。
胸に春雷が直撃してから約三週間後、五月のGW明けに、石田のために歓迎会が開かれた。周りは女の子。キャピキャピの女の子だらけ。とんだハーレムだというのに。自分は。
――西河虹子のことばかりを考えている。
自分を取り囲む若い女の子たちよりも、部屋の隅で健気に、皆のために焼酎の水割りを作り続ける虹子のほうに気が行ってしまうとは。見れば、虹子は、見知らぬサラリーマンの親父に声をかけられている。――よ。おねーちゃん。んなとこいないでおれたちと飲もうよ――あいえ、わたし、会社の飲み会でここに来ていますので……それに、わたし、おばさんですから。
おばさん。
聞けば、西河虹子は四十路を過ぎているという。見えない。見た感じ、せいぜい三十二歳といったところだ。近頃やたらと活躍の目立つアラサー女優のごとく、肌はぴっかぴかで、どんなお手入れをしているのか、お聞きしたいくらいだ。
日本男児たるもの、スキンケアなんかするのは恥ずかしいと言われる時代があった。石田の幼い頃もそうであった。もし、若い頃にもうすこし日焼け止めをきちんと塗っていれば、もうすこし肌のコンディションを良好に保てたであろうに――と、石田は後悔している。虹子は皺やシミがまったく目立たない辺り、おそらく若い頃から日焼け止めを塗り続けていたに違いない、と石田は確信している。
ほどよく女の子たちをあしらい、一旦離席し、女の子たちに下ネタで馬鹿騒ぎをさせる隙を作り、そして、虹子の元へと向かう。なにげないふうを装い、隣に座る。それが、こんなに緊張するとは。脇の下に汗が滲むのを感じながら石田は笑顔を向けた。
「……西河さん。悪いね……。すごく、気が回るんだね。あなたって……」
年上の女性にタメ口を使うのは石田の戦術である。女性は、ヘタに下手に出られると、必要以上に自分の年齢を意識してしまう性別だ。
虹子は、石田の発言を受け流し、微笑した。「石田さん、なにか飲まれます? 水割りに飽きたようでしたら、ウーロンハイにしましょうか……」
「うんお願い。……ねえ西河さんも飲もうよ」
あまったれた口調を意識して見れば、虹子は乗った。「じゃあ、ちょっとだけ……」
虹子の作った美味しいお酒をちびちび飲みながら、二十代の女の子たちの騒ぎを見守る。あの様子だと石田不在のほうがよさそうだ。――男ってほんっと、馬鹿なんだから! まじクソ! っていうかまじ、ありえない! ――石田もそれなりの人生経験を積んで、彼なりの悩みを抱いてはいるが、それは、若い子も同じだということだ。
石田が虹子の所属する部署、通称テレセンに来て、三週間余りが経つ。テレアポの子たちは、ほとんどが派遣社員で、それぞれに生活を大切にしている。熱心にマッチングアプリを駆使し、男との結婚を夢見る、倹約家の女の子。仕事は早番のみで、以外の時間は舞台に立ち続ける演出家の卵。脚本を書き続ける人間。
バンドを組んで、メンバーの士気が低く、解散、メンバーを変えて結成を、細胞分裂のごとく続けるギタリストの女の子。
実際テレセンに勤務して初めて、石田は、これらの事実を知ったのだった。世界は、あまりにも、広い。
座敷にてきゃっきゃ騒ぐ女の子たちの集団を見守る、自分たちは他人にどう見えるだろう。熟年カップルとか? ないない。
「……こうしてみると、皆さん、頑張ってるなあって……感動します」
石田は、驚いた。
虹子が自分と同じように感じていたことが――嬉しかった。
「西河さんも頑張ってるじゃないですか。大変だったんですよね?」
石田は、虹子が離婚の手続きに追われていることを知っている。正式には成立していないが、間もなくだと思われる。
「ええ、まあ……」と虹子は言葉を濁す。
職場で、顔を取り繕っているのを知っている。敢えて、壁を、作り、にこやかに応対する。それが、虹子の行動様式だと、石田は知っている。見抜けないほど自分は鈍くない、と彼は思うのだ。
その壁を叩き壊すのは、いまがチャンスなのだ。
「西河さんって、どこ出身だっけ? 綺麗な日本語を喋るよね」
何気なく、立ち入った質問をぶつける。それと分からないように。
酒が弱いのか、目をとろんとさせた虹子は、
「あ……新潟、で……」ふぅー、と大きく息を吐き、「酒屋さんと結託……じゃないや、協力して、小料理屋を営んでいます……実家」
いつも、若い子たちを一歩引いて見守り、自分はベテランです。何事にも動じず、クレーム処理を完璧にこなしてみせます! な感じの監督役をしているのに。いま見せる少女のような顔に、石田は密かに魅せられている。
「じゃあ、西河さん、料理得意なの? 日本酒は好き?」
「し、つもんは、一度にひとつにしてくださいよぉーう。ひとつ。ひとーつ……」
「分かりました」吹き出すのをこらえ、滅多に見せない虹子の新たな一面を石田は注視する。「小料理屋は誰かが継いでるの? ごきょうだいは、いるんだっけ? 西河さん……」
料理の質問をすると、子どもたちのことを思いださせると思い、石田は注意深く避けた。
そんな石田の計略には気づかぬ体で、虹子は、
「……引きこもりだった、兄貴が、です……てへ。いまは、奥さんも子どももいて、まじ勝ち組です……へへぇーんだ。見てろっての。兄貴のことで、兄貴も、わたしたち家族も散々馬鹿にして差別しまくってた連中は今頃なにしてるんだって話です。……でもわたしもバツイチだから、まあ負け組なんですけどねー。
……親、よく言いますよ。金は大事だ。大事にしろって。金の切れ目が縁の切れ目ってそれ、ほんとですよね……わたし、正社員の仕事してなかったら、たぶん、離婚に踏み切れなかったと思いますね。
親、バブルの鼻高々だった頃も、崩壊後の魔大陸も経験してますんで。人生いい時期も悪い時期もある。秀幸(ひでゆき)は自慢の息子だぁー。ってすごく、幸せそうに暮らしてますよ……。
わたしのことでいっぱい心配かけちゃって……ほんっと申し訳ないな、と……」
滲んだ涙をぬぐう虹子を、ここが、会社の飲み会という場でなければ、迷わず石田は抱き締めていた。
彼は、拳を、固めた。その力が強すぎて白い骨が透けて見えるほどに。――いまは、まだ、そのときではない。離婚のごたごたで時々会社を休む虹子。『私事で大変ご迷惑をおかけします』と人一倍、辛い顔なんか一切見せずに頑張りぬく虹子を、本当は抱き締めたくてどうしようもない。
けれど、いまはまだ、『そのとき』ではないのだ。
新しい生活。ひとりきりで行う子育て。お子さんは中学生だという。多感な年頃だ。それに――自分はまだテレセンに来た、いわゆる天下りの上司で、上司としての実力をまだ認めて貰ってすらいない。
先ずは、仕事で、成功すること。仕事をこなし、誰が見ても立派な上司だと周囲に認められるだけの実力を身につけること。話は、それからだ。
テーブルに突っ伏した虹子は目を閉じ、そのまま眠ってしまった。
寒くないようにと、石田は、置いてあった自分の上着を虹子の背にかけてやった。
それから、虹子の頭をぽんぽん撫でた。――頑張っているんだな。すこし、眠らせてやろう……。
あどけない、虹子の寝顔を見ると、石田のこころのなかを、清流のように清らかななにかが流れていく。――職場だと、誰に対しても、にこやかで、かつ、冷徹な判断を下すクールな一面も併せ持つ。だが、寝顔はこんなにも可愛い。まるで猫みたいに、無防備で……。そんな虹子の顔をずっと見ていたい。
くすぐったくなるようなほどの愛情を感じながら虹子の隣という特等席を占有する。いつも職場で、立つ時間が六割。異変を感じたらすぐにサポートに入り、難題を吹っ掛けるクレーマーの対処をする。冷静に、冷徹に。虹子は、立派な戦士だ。おそらく、家庭でも同じなのだろう。中学生という、難しい年頃の子をふたりも、たったひとり。その華奢なからだで育てぬいているのだから。
力になりたい、と石田は思う。そのために、なにをすればいいのか。――最低でも、一年以内には結果を出したい。次の春までには、なんとか。
きみに恋に落ちたあの春を再び迎えるときには、ぼくは、きみを守ることの出来る頼りがいのある騎士(ナイト)になろう。
体育座りをし、隣に虹子の気配を感じながら、石田は、覚悟を固め、そしてその計画の実行に至るまでの手順をシミュレートする。それは、誰に邪魔もされることの出来ない、平和で、やすらかな時間だった。
*
物腰のいい営業一課課長に案内され、ドアを開き、テレフォンセンター部署へと足を踏み入れる。
ずらりと衝立で仕切られたブースにいるのは、ざっと合計二十人ばかりか。皆、インカムをつけ、はきはき対応しているように思える。転職し、この会社に勤務して二年の石田であるがテレフォンセンターに入るのはこれが初めてである。
「へえ……すごいですねえ」
後ろ姿だけでも大体の人間像が掴める。二十人ほどのテレフォンアポインターが、熱心に、ほどよく冷静に、トークをしているさまが窺える。
ブースで喋り続ける彼女たちから離れた後方に立つ女性に、目が行く。足首が細く、きゅっと締まっている。
石田|清太郎(せいたろう)は、近頃流行りの、鶏がらのように細い足が好みではない。カモシカと評されるモデルをもってしても細すぎると彼は思う。
であるので、タイトスカートから覗くその女性の足の細さは、まさに、彼の理想そのものであった。ほどよく細い。学生時代にスポーツをしていた人間なのだろう。しなやかな筋肉がついており、健康的だ。
続いて、着ているワイシャツが、ぱりっと白く、清潔感を感じさせる。ブラの色が透けていないのもポイントだ。白や淡い色のブラジャーを直に着用されては、目の行き場に困るのだ。男としては役得だとは思うけれど、彼は、職場にそれは求めてはいない。
髪は、さっぱりしたショートボブ。子どもがいるのだろうか。マニキュアは塗られていない。
やせ型。おそらく体重は45kg前後。
おおよそ数秒ほどでその女性の分析を終えた石田は、その女性が振り返るのを待った。おそらく、アポインターの監督をしているその女性が、こちらに気づくのも、時間の問題だと思われたからだ。
「――あ。古畑(ふるはた)課長。こんにちは。こちらが、石田さんですね……? 初めまして。西河と言います」
女性が振り返り、石田に微笑みかけた瞬間、いままでに味わったことのない衝撃が、石田の胸を貫いた。
「石田さんってすっごいモテそー。最大何人と同時に付き合ったことあるんです?」
「独身なんですよねー。すっごいモテそー」
「石田さんみたいなイケメンと仕事出来てまじ、幸せーっ」
――いったい自分はどうしたのだろう、と石田は思う。
胸に春雷が直撃してから約三週間後、五月のGW明けに、石田のために歓迎会が開かれた。周りは女の子。キャピキャピの女の子だらけ。とんだハーレムだというのに。自分は。
――西河虹子のことばかりを考えている。
自分を取り囲む若い女の子たちよりも、部屋の隅で健気に、皆のために焼酎の水割りを作り続ける虹子のほうに気が行ってしまうとは。見れば、虹子は、見知らぬサラリーマンの親父に声をかけられている。――よ。おねーちゃん。んなとこいないでおれたちと飲もうよ――あいえ、わたし、会社の飲み会でここに来ていますので……それに、わたし、おばさんですから。
おばさん。
聞けば、西河虹子は四十路を過ぎているという。見えない。見た感じ、せいぜい三十二歳といったところだ。近頃やたらと活躍の目立つアラサー女優のごとく、肌はぴっかぴかで、どんなお手入れをしているのか、お聞きしたいくらいだ。
日本男児たるもの、スキンケアなんかするのは恥ずかしいと言われる時代があった。石田の幼い頃もそうであった。もし、若い頃にもうすこし日焼け止めをきちんと塗っていれば、もうすこし肌のコンディションを良好に保てたであろうに――と、石田は後悔している。虹子は皺やシミがまったく目立たない辺り、おそらく若い頃から日焼け止めを塗り続けていたに違いない、と石田は確信している。
ほどよく女の子たちをあしらい、一旦離席し、女の子たちに下ネタで馬鹿騒ぎをさせる隙を作り、そして、虹子の元へと向かう。なにげないふうを装い、隣に座る。それが、こんなに緊張するとは。脇の下に汗が滲むのを感じながら石田は笑顔を向けた。
「……西河さん。悪いね……。すごく、気が回るんだね。あなたって……」
年上の女性にタメ口を使うのは石田の戦術である。女性は、ヘタに下手に出られると、必要以上に自分の年齢を意識してしまう性別だ。
虹子は、石田の発言を受け流し、微笑した。「石田さん、なにか飲まれます? 水割りに飽きたようでしたら、ウーロンハイにしましょうか……」
「うんお願い。……ねえ西河さんも飲もうよ」
あまったれた口調を意識して見れば、虹子は乗った。「じゃあ、ちょっとだけ……」
虹子の作った美味しいお酒をちびちび飲みながら、二十代の女の子たちの騒ぎを見守る。あの様子だと石田不在のほうがよさそうだ。――男ってほんっと、馬鹿なんだから! まじクソ! っていうかまじ、ありえない! ――石田もそれなりの人生経験を積んで、彼なりの悩みを抱いてはいるが、それは、若い子も同じだということだ。
石田が虹子の所属する部署、通称テレセンに来て、三週間余りが経つ。テレアポの子たちは、ほとんどが派遣社員で、それぞれに生活を大切にしている。熱心にマッチングアプリを駆使し、男との結婚を夢見る、倹約家の女の子。仕事は早番のみで、以外の時間は舞台に立ち続ける演出家の卵。脚本を書き続ける人間。
バンドを組んで、メンバーの士気が低く、解散、メンバーを変えて結成を、細胞分裂のごとく続けるギタリストの女の子。
実際テレセンに勤務して初めて、石田は、これらの事実を知ったのだった。世界は、あまりにも、広い。
座敷にてきゃっきゃ騒ぐ女の子たちの集団を見守る、自分たちは他人にどう見えるだろう。熟年カップルとか? ないない。
「……こうしてみると、皆さん、頑張ってるなあって……感動します」
石田は、驚いた。
虹子が自分と同じように感じていたことが――嬉しかった。
「西河さんも頑張ってるじゃないですか。大変だったんですよね?」
石田は、虹子が離婚の手続きに追われていることを知っている。正式には成立していないが、間もなくだと思われる。
「ええ、まあ……」と虹子は言葉を濁す。
職場で、顔を取り繕っているのを知っている。敢えて、壁を、作り、にこやかに応対する。それが、虹子の行動様式だと、石田は知っている。見抜けないほど自分は鈍くない、と彼は思うのだ。
その壁を叩き壊すのは、いまがチャンスなのだ。
「西河さんって、どこ出身だっけ? 綺麗な日本語を喋るよね」
何気なく、立ち入った質問をぶつける。それと分からないように。
酒が弱いのか、目をとろんとさせた虹子は、
「あ……新潟、で……」ふぅー、と大きく息を吐き、「酒屋さんと結託……じゃないや、協力して、小料理屋を営んでいます……実家」
いつも、若い子たちを一歩引いて見守り、自分はベテランです。何事にも動じず、クレーム処理を完璧にこなしてみせます! な感じの監督役をしているのに。いま見せる少女のような顔に、石田は密かに魅せられている。
「じゃあ、西河さん、料理得意なの? 日本酒は好き?」
「し、つもんは、一度にひとつにしてくださいよぉーう。ひとつ。ひとーつ……」
「分かりました」吹き出すのをこらえ、滅多に見せない虹子の新たな一面を石田は注視する。「小料理屋は誰かが継いでるの? ごきょうだいは、いるんだっけ? 西河さん……」
料理の質問をすると、子どもたちのことを思いださせると思い、石田は注意深く避けた。
そんな石田の計略には気づかぬ体で、虹子は、
「……引きこもりだった、兄貴が、です……てへ。いまは、奥さんも子どももいて、まじ勝ち組です……へへぇーんだ。見てろっての。兄貴のことで、兄貴も、わたしたち家族も散々馬鹿にして差別しまくってた連中は今頃なにしてるんだって話です。……でもわたしもバツイチだから、まあ負け組なんですけどねー。
……親、よく言いますよ。金は大事だ。大事にしろって。金の切れ目が縁の切れ目ってそれ、ほんとですよね……わたし、正社員の仕事してなかったら、たぶん、離婚に踏み切れなかったと思いますね。
親、バブルの鼻高々だった頃も、崩壊後の魔大陸も経験してますんで。人生いい時期も悪い時期もある。秀幸(ひでゆき)は自慢の息子だぁー。ってすごく、幸せそうに暮らしてますよ……。
わたしのことでいっぱい心配かけちゃって……ほんっと申し訳ないな、と……」
滲んだ涙をぬぐう虹子を、ここが、会社の飲み会という場でなければ、迷わず石田は抱き締めていた。
彼は、拳を、固めた。その力が強すぎて白い骨が透けて見えるほどに。――いまは、まだ、そのときではない。離婚のごたごたで時々会社を休む虹子。『私事で大変ご迷惑をおかけします』と人一倍、辛い顔なんか一切見せずに頑張りぬく虹子を、本当は抱き締めたくてどうしようもない。
けれど、いまはまだ、『そのとき』ではないのだ。
新しい生活。ひとりきりで行う子育て。お子さんは中学生だという。多感な年頃だ。それに――自分はまだテレセンに来た、いわゆる天下りの上司で、上司としての実力をまだ認めて貰ってすらいない。
先ずは、仕事で、成功すること。仕事をこなし、誰が見ても立派な上司だと周囲に認められるだけの実力を身につけること。話は、それからだ。
テーブルに突っ伏した虹子は目を閉じ、そのまま眠ってしまった。
寒くないようにと、石田は、置いてあった自分の上着を虹子の背にかけてやった。
それから、虹子の頭をぽんぽん撫でた。――頑張っているんだな。すこし、眠らせてやろう……。
あどけない、虹子の寝顔を見ると、石田のこころのなかを、清流のように清らかななにかが流れていく。――職場だと、誰に対しても、にこやかで、かつ、冷徹な判断を下すクールな一面も併せ持つ。だが、寝顔はこんなにも可愛い。まるで猫みたいに、無防備で……。そんな虹子の顔をずっと見ていたい。
くすぐったくなるようなほどの愛情を感じながら虹子の隣という特等席を占有する。いつも職場で、立つ時間が六割。異変を感じたらすぐにサポートに入り、難題を吹っ掛けるクレーマーの対処をする。冷静に、冷徹に。虹子は、立派な戦士だ。おそらく、家庭でも同じなのだろう。中学生という、難しい年頃の子をふたりも、たったひとり。その華奢なからだで育てぬいているのだから。
力になりたい、と石田は思う。そのために、なにをすればいいのか。――最低でも、一年以内には結果を出したい。次の春までには、なんとか。
きみに恋に落ちたあの春を再び迎えるときには、ぼくは、きみを守ることの出来る頼りがいのある騎士(ナイト)になろう。
体育座りをし、隣に虹子の気配を感じながら、石田は、覚悟を固め、そしてその計画の実行に至るまでの手順をシミュレートする。それは、誰に邪魔もされることの出来ない、平和で、やすらかな時間だった。
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