婚活百人目のロマンス

美凪ましろ

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#Job01.婚活潰し

#J01-08.美女と愛撫

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 受付の顔が見えない仕様を懐かしいと彼女は感じた。クールな表情で、淡々と美山が部屋を選ぶ。「……ここにするね?」
「……うん」慣れた手つきで操作し、キーを受け取り、エレベーターに乗り込む美山の背に続く恋奈の胸の中に、ある感情が走る。童貞だと思っていたのに……女と、こんなところに来たことがあるのか? それは恋奈の胸に芽生えた紛れもない、ある感情だった。美山の過去の女にでさえ、焼きもちを焼いてしまうのだもの、もし……彼が、他の女と楽しそうに笑いあうさまでも見せつけられたら……想像するだけで胸の奥が焼け焦げそうだ。美山自身、恋奈への愛を認めているが、その深さはどの程度だろう、と彼女は思う。ひょっとしたら自分は、知らないうちに、美山のことを、美山が恋奈を想う以上に愛しているのかもしれない……。
「……どした?」エレベーター内にて、彼女の手を握る美山は、「緊張……してる?」
「に、二十年ぶりだから……」
「ぼくもかなり昔。大学生の頃以来かなあ?」
「……そうなの?」
「そうなの」
 エレベーターが目的の階に到着する。いままで冷静沈着なる美山の顔を見せつけられていた恋奈だが、ここでちょっと気の緩んだ美山を見ることが出来て安心している。車を運転するとき、そしてラブホに向かうとき……男はこういう表情をするのかと、妙に納得してしまった。
 鍵を開き、ドアを開く。――と、恋奈はドアの内側に押し付けられていた。
「……どうなってる? 恋奈さんのそこ……」
「あっ……」スカートの下を手で探られ、彼女のショルダーバッグは滑り落ちる。「すごい……触り心地がいいね……恋奈さんの肌……」
 いよいよ、美山の指が恋奈の秘所を探り当てる。――蜜音。甘やかな音を奏でられ、彼女は、胸の頂きが尖るのを感じた。
「あ……やぁっ……みや、まぁ……っ」
 美山にぐったりと抱きつく恋奈を支えながら美山は、片手で器用に恋奈のパンティを脱がせ、そして指を――挿入する。
「すっごい」嬉々とした美山の声。「恋奈先生のここ……あっつい。ぎゅうぎゅう絡みついてくるよ……」
「――んっ」
 角度を変え、美山の指が彼女を探る。「恋奈先生……普段からスカート履いてんの? それとも――ぼくにこうされる展開を願ってわざとこんなぴらぴらのスカート履いてきたの?」
「みや、まぁ……っ」
 涙をぽろぽろ流し、恋奈は、美山の言葉と指による愛撫を受け止める。
「恋奈先生、いっぱい溜め込んでるっぽいからいっぺん……いかせたげるね?」
「あ……あぁーっ! ……っ、っ……」
 美山の指で導かれ、激しい絶頂を迎えた。ところがこれで終わるはずがなかった。彼女の呼吸が落ち着いた頃合いを見計らい、美山は、手慣れた動作で彼女を姫抱きにし、ベッドへと運んでいく。次々彼女を脱がせ、はだかにすると、彼女の膝を立てさせ、そして――顔を、突っ込んだ。
「……実は前回出来なかったから、ぼく欲求不満なの……癒して?」
 生命を産み落とすそこにそっと口づける。それだけで恋奈のなかからあふれるものがあった。「みや、まぁ……」
「恋奈先生おっぱいも好きだもんねえ」ぴん、と乳首を弾かれただけで恋奈は高い声をあげた。「……へへ。すごく恋奈先生敏感になってる……ね、おっぱいだけでまたいっちゃう?」
 滲む視界のなかで目を凝らす。鏡張りの天井には、懸命に胸を愛しこまれる女が映り込んでいた。それはまさに、彼女の望んだ世界。愛という牢獄のなかに押し込められ、ただ男の愛を受け止める器と化す……夢にまで見た展開。
 どうしよう、と彼女は困惑した。改めて見てみると自分の淫らなこと……彼を縛り付けたくない、自由を与えたいと思っているのに、その願いが、荘厳なる愛の前で塵芥と化す。自分はこんなにも弱い人間だったのか? それに、彼のほうだけ衣類を身につけているというのも、倒錯感を、倍加させる。
「……美山のこと、見せて」
 愛撫に酔わされるなかで恋奈が乞うてみると、だぁめ、と美山。「ぼくが……本当のぼくを曝すのは、七夕、って決めてんだ……誓うよ」
「……でも」
「――頑固な恋奈先生には。――クンニの刑」
 いよいよ、あんなにも彼女の口内を乱した美山の舌がそこに迫る。その願望、欲求に耐えきれるはずなどなかった。熱い美山の情熱的なる舌で舐められるだけで彼女は――到達した。
「ふふ……びくびく言ってる……恋奈先生」ところが、美山の攻勢は緩まない。「いってる最中に舐め舐めされちゃったらねえ? 恋奈先生、どうなっちゃうのかなあ……?」
「やぁ、めえ……」勝手にどんどん涙があふれてくる。それに愛の蜜も。「よわ……わたしほんとそこ弱いの……だぁ、めえ……っ」
 その懇願が煽ることを恋奈は知らない。それから宣言通り、美山は、恋奈の全身を舐めまわした。シャワーも浴びていないのに、というほんのすこしの当惑も虚しく、大部分の彼女が美山の織り成す恍惚に、酔わされていた。こんなに男に愛しこまれる体験は、初めてだった。
 しかし、この時点で、何故美山が着衣したままだというのを、彼女は、知らない。そしてそれがふたりのあいだにどんなひずみを――生み出すのかについても。

「……恋奈先生」
「なぁに?」
「す、き」そしてあまいキスを交わす。恋奈はあれからシャワーを浴び、タオル一枚巻いた姿で美山に抱き締められている。ちょっぴり、バスルームでエロエロ愛しこまれるオプションも期待したのだが……そもそも一度も射精していない男にそれを乞うのも無茶というものだろう。
「……美山辛くない? その……」
「辛いけど。この辛さが恋奈先生への想いをより強くするのかと思うと――頑張れる」
「健気ねえ、あなた……」これはより美山を束縛してしまうのか、そう予感しつつも彼女は言葉を止められない。「あなたみたいな男……見るの初めてよ。どうして? どうして自分が気持ちよくなることを先に……考えないの? そんなにわたしのことが――好き?」
「恋奈さん。その……おっぱい押し付けるのとかほんと……」
「あっ」ぱっ、と彼女は離れるのだが、「捕まえた」と彼に捕らえられる。たくましい男の腕に抱かれ、恋奈は、
「……幸せ」と目を閉じるのだが。「あっ……そっかそっか。美山に言おうとしてたこと……あったんだ。それ言わなきゃと思っていて……そもそも」
「……なぁに?」
「……の前に、美山もさっぱりしてきたら? ご飯、食べよ……? ルームサービスにするか外で食べるか……」
「ルームサービスがいいかな」と身を起こす美山。「そうだな……なんかこの余韻に浸りながらイチャイチャピザとか食べたいな……恋奈先生と」
「そうね。着替えてくる。じゃあ、わたしなんでも食べれるから、頼んでおいて貰って――いい?」
「分かった」

 ラブホテルの食事は意外と美味しかった。恋奈が食べるのは初めての経験だったが。てっきり、昔のカラオケ屋さんみたいな、レンチンですー、的なペラペラなピザが出てくるかと思いきや……。
「――うん。美味しい」
「あったかくてほっくほくだねえ」顔を綻ばせる恋奈に美山が微笑む。「あなた……美味しいもの食べるとき、ほんと幸せな顔するよねえ……素直で可愛い」
 ときどき――いや、かなりの確率で、こちらのMr.婚活潰しが二歳年下だということを忘れ去ってしまう。年下男なんてアウトオブ眼中――だったはずが。三十歳を過ぎた辺りから二歳差も三歳差も大して変わらないと思えるようになってきた。そのぶん、二十代がいやに若々しく見えるが。まるで十代だ。ガラスの二十代。
「そう……あの、話そうと思っていたこと……」ナプキンで口許を拭くと恋奈は遠慮がちに切り出す。「なんで思い浮かばなかったのかってあとから思ったんだけど……ひょっとしたらあなたに失礼なことを言うかもしれない。いいね?」
「うん――なんでも」
「それでその……あなた。婚活相手には、仕事続けて欲しい、って言ったじゃない……でもわたし、婚活するにあたって結構いろいろ本、読んだのよ。実際に婚活してるだなんて周りには言えないし、でも結局目撃したひとにばれちゃって、だってシンママなのに男のひとと歩いてるのなんて見られたら……ねえ。彼氏って言い訳するわけにもいかないし、結局カミングアウトよ。ひまわり組のみーんな知ってるのよ。れなせんせいがこんかつしてるってことを……て。
 それで、話戻すと」
 経験談で説得力を与えてから主張するのが恋奈のスタイルのようだ。眩しそうに彼女を見守る美山に、「つまり、わたしがいまから言うのは、あくまで本で得た情報であって、実際婚活してるひとなんて周りにまったくいないから、伝聞情報ってだけ……思えばわたし最初からあなたに対してかなりうえからだったわよね……いま思えば恥ずかしいわ。ごめんなさい。婚活のなにをも分かっていないのに、分かったような口ぶりで」
「――そのことはいいんだ」と美山。「それで?」
「それで……本、読んだ限りだと、なんか仕事がやんなっちゃって、逃げ道的な……要は自分を養ってくれる相手が欲しいから婚活する女性って結構多いみたい。知らなかったんだけど……しかもわたし、職場がワーママのお子さんを預かる仕事でしょう? 盲点だった。年収にやけに条件をつける女性が多いっていうのは、その辺の事情が関係しているみたい……外で仕事したくないのよ。確かにまあ、わたしからしても憧れの設定ではあるけどね……年収一千万の美男子に結ばれ、子を授かり、子をブルジョア保育園に通わせるって」
「……ああ、確かに」美山の納得の声音。「それでだー……そっかそっか教えてくれてありがとう恋奈さん。なんか年収いいもんだから結構食いつきよくって、んでもこのモブなスタイルが災いしてか、怪しい男だと思われてるぽくて……急速に減速するっていう現象を経験してた。なるほどね……そっかそっか、働くのがやだって女の子もいるんだ……ぼく自身、働くことが楽しくてたまらないし、男に生まれてよかったって思ってるから、ぼくも盲点だった……。
 恋奈さんは? 恋奈さんは、ぼくと一緒になったらどうしたい?」
「仕事……続けたいなあ。わたしも、仕事が生きがいだし。一時期プログラマの仕事してたって言ったじゃない? だからあなたの仕事にも興味があるんだけど……当時川崎駅近くに働いてて、んで夜中も預かってくれる保育園があって、すごく、助かってたの……わたしね、受けた恩を返せる人間になりたい。勿論、そのひとは生きているだけですごく意味があるんだけど……でもわたしの価値観では、わたしは、行動することで誰かを支えられる、人間になりたい……」
「恋奈さんてたぶん、じっとしてらんない人間なんだろうね」と美山。「なんか死ぬまで働いてそうだし、仮に仕事辞めても、ご近所のおじいちゃんおばあちゃんの相談相手になったり……あとね、まいばすで働いて、店に来る子連れのお客さんに丁寧に接客してそ……」
「最近娘が一緒にショッピングに行ってくれないから寂しくって」とコーラに口をつける恋奈は、「お陰で、女の店員さんに、話しかけるようになっちゃったわ。あのぅ、白と黒で迷ってるんですが、どっちがいいと思いますか……友達感覚よ」
「これからはぼくが一緒に行くよ」じっと恋奈を見据える美山。「あなたが……なにを思って生きているのか。なにを大切にしているのか……もっともっと知りたい」
「婚活優先で」
「……はい」
 明らかにしょげる美山を見て恋奈は笑った。「あなたねー……あなた、そんなに情動豊かなひとだったっけ? 初対面のときはかなりきょどってて、表情の変わらないひと……だったわ」
「あなたがぼくを変えたんだよ――恋奈」
 まっすぐな愛の矢に撃ち抜かれる。
「もう……止まらない。……恋奈。食べてる途中にごめんだけど、ぼくは、あなたが、食べたい……」
 自分の内側から素直にあふれ出る欲求、そして愛する男の願いに身を任せ、恋奈は感情に乱れる欲動と化した。

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