婚活百人目のロマンス

美凪ましろ

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#Job01.婚活潰し

#J01-17.美女と川崎

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 北口の改札内もなにやら発展しており、いろいろと店が入っている。彼らが向かったのはAtreだ。きらびやかな装飾、楽しげに語らうひとびと……を見ていると気分がリフレッシュする。天井が高く、流行りのジュエリーや雑貨が並ぶ。そこをうろつくのはファッショナルなひとびと。こういう状況下に置かなければ、と恋奈は思う。女として生まれたからには、女である意味を感じながら日々を過ごしていきたい。大切なものを大切にしていきながら。JRの改札口からほど近いカフェにてランチを取った恋奈と美山は、ゆっくりと店内を練り歩く。――あれ可愛いね、わぁそれ似合いそう……など。
「あそうだ、サングラス買いたかったんだ」手を合わせる恋奈。「ほら最近日射しが強くなってきたから。仕事中は無理だけど、でもこないだ目が充血しちゃって。たぶん紫外線が原因だと思う。……行き帰りだけでもつけようかなーと思って」
 恋奈としてはサングラスをつけるのは芸能人、もしくは格好つけたいひとびとだけかと思っていた。だが違うらしい。目も日焼けをする……知ったのは遅まきながら最近のこと。
「ねえこれどう? 似合う?」
「おお、いいねえ」恋奈の隣でブルーのサングラスをかける美山に、「美山こそ違和感ゼロね。すごい似合う……わたし、似合うのが全然ないから、羨ましい……」
 いくつかサングラスを試したのちに彼女は結論した。「フォルムは……この人気ナンバーワンのがいいな。やっぱり。で……グラスの色はなにがあるんだろう?」
 サングラスのグラス部分の色はプラス料金三千円で変えられるらしい。近くに、青、黄、緑、赤など奇抜ないろのグラスの見本が飾られている。他のいろは、『詳しくは店員にお尋ねください』とある。そこで恋奈は、早速店員に訊ねた。「この、……ほかにいろがあるというのは」
 眼鏡ショップの店員らしく、眼鏡のお似合いな爽やかな青年は、「いまお持ちします」
 店員が持参した見本を見て恋奈は仰天した。……五十色はあるだろうか。ピンク系紫系定番の茶色系に寒色系。恐ろしいほどに選択肢は豊富。店員が持参したのはファイルであり、なかに、ところ狭しと豊かな色合いが詰め込まれている。
「えーとこのかたちに合うのだと……どんないろがあります?」
「茶色系やピンク系が合うと思いますね」
「そっかあ……寒色系駄目なんだ。んじゃあ、このいろにします……」
「かしこまりました。それではご案内します」
「恋奈さんここはぼくが」
 財布を取りだす美山に、「え……でも、悪いよ」
 恋奈は自分で買うつもりでおり、おねだりする気などなかったのだが。ところが美山はそんな彼女の肩をぽんと包み、
「……デート記念。恋奈さんと……こうしてちゃんと恋人同士になってからデートするの、初めてじゃない? その記念に……買わせて」
「……お言葉に甘えて」
 これからこのサングラスをするたびに、美山のことを思いだすに違いない。それは確信だった。

 サングラスが出来上がるまで40分ほどかかるというので、今度はラゾーナに行くことにした。広場ではいつも人気の歌手や芸能人が来ており、それ目当てでファンが場所取りをする。雨の日も風の日も……強い雨のなかを、雨合羽を来て待つファンの姿を見てそこまで……と恋奈は思ったのだが、情熱を燃やすのが若者の仕事だ。そのときを逃したくないというファン心理は悪天候などものともしない。彼らは、必死だ。GW三日目ともあって、ひとで賑わう広場を抜け、好きな店をぶーらぶら。
「……でも、いいの? 美山ぁ……」見たい店を見たいといったら彼はつき合うと言ってのけた。その気持ちは嬉しいのだが、「……退屈しない?」
「恋奈さんが迷惑でなければぼくは全然」
「迷惑だなんてとんでもない。それよか、美山こそ見たいものとかなんかないの?」
「ぼくは……幸せそうな恋奈さんの顔が見たいな。なによりも」
「……んもう。お上手なんだから……」
 というわけであてもなくぶらぶらと、ラゾーナ内を練り歩く。LOFTが彼女のお気に入りだ。見ているだけでこころが和む。入ってすぐのスペースに季節ものが飾られており、早いことにもうかき氷を作る機械など売られている。携帯扇風機も。
「わたしほんとLOFT好きなんだ……」ぎゅっと彼の手を握りながら恋奈が言う。「なんか、見ているだけで季節を感じられるし、いまなにが流行っているのかを確かめるのも、わたしの、大事な仕事だから……」
「ぼくも好きだな」美山は化粧品コーナーへと目を向け、「女の子向けのポップってすごく……可愛いよね。こんな口紅つけて欲しいなー、てついつい考えちゃう……」
「えっどれどれ」
「あっちの。あの赤いのとか……」
『EXCEL』という名の、赤を中心としたルージュ。保育園にしていくのはちょっと派手かもしれないが、ううんたまにはいいだろう……。早速手に取り、直に塗ってみる。なお、恋奈は基本いつも直塗りである。筆を使う時間が惜しい。
「おっいーね」と美山が顔をほころばせる。「似合う似合う……うん、割りと恋奈さん、アイシャドウを華やかにして口紅は落ち着かせる系だけど、たまにはこういうのもいいと……思うよ? そういや、下にも化粧品の店なかったっけ? そっちも見てみる?」
「えーでも」恋奈はそれほど金銭的に余裕があるわけではない。と、その表情で読み取ったらしい、美山が、
「……今日の記念品に口紅一本買わせて?」
 ――美山の手にかかればどんな平凡な毎日も記念日と化す。

「ありがとう美山。早速お化粧室でつけてくる! ちょっと待ってて……」
 口紅一本で手に入れられる幸せがここにあるのだ。お金で買えないものはある、しかし、お金でしか買えないものがあるというのも事実。恋奈と出会って美山のファッションは著しく変化をしたが、その変化は恋奈の口添えがあってこそ。――恋が価値観を変えるというのはどうやら本当らしい。小さい頃から憧れだったのよ、と語る恋奈にCHANELの口紅を買い与え、美山は満足していた。
 化粧室から出てきた恋奈を見て更に美山は満足をした。――うん、似合っている。外資系の化粧品はケバいというイメージがあったのだが、それも昔の話のようだ。地味過ぎず、派手過ぎず、彼女の色合いを引き立てる上品なルージュ。いますぐキスしたいくらいに艶めいている。
「――うん。似合っているよ恋奈……」美山は恋奈の頬にそっと触れ、「可愛い。食べたくてたまんない……。ねえ恋奈。なんか、甘いもの食べたくない?」
「……そお?」
「恋奈の蠱惑的な唇見てるとなんかあまーいもんが食べたくなった。……ね。さっきのフルーツパーラー行こうよ。でっかいパフェが食べたい……」
「えーでも食べきれるかなあ?」
「そんじゃ、恋人同士みたく、一個のパフェをふたりでいちゃいちゃエロエロ……食べようか」
「その提案、そそられるものがあるわね。でも……」
「ああ勿論ぼくが出すから」

 結局パフェも食べて、夜に焼肉なんか食べて、がっつり。明日辺りはカロリーを抑えねばならないのだが、美山宅に呼ばれている。
「嗚呼体重計に乗るのが恐ろしい」恋奈はお腹を押さえ、「恐るべき十連休。気をつけないとどんどん……ここに、お肉が!」
「まあ終わったらリセットされるさ」
「いやぁー、でもぉー、……食欲って増えるとガンガン行こうぜじゃない? 厄介じゃない? あの子たち……」
「食べ過ぎた翌日は納豆とご飯にしているよぼくは」と美山。「むかーし、伊東美咲が言っていたなあ。堂本兄弟で。食べた翌日は減らして調節している……て。芸能人て努力してんだねやっぱ……」
「そっかそうよねでも……」藍色に染まる空を見上げる恋奈は、「……今更なんだけど。あなたのこと、まだ……いろいろ知らないんだって思った。なんかそれで好きになっちゃっていいのかなって……疑問で」
「なにげにふたりでゆっくりする時間なんかもなかったもんねえ」と同意する美山。「そうだね……じゃ、場所を変えて、ふたりでゆっくり、トークタイムと行きましょうか」

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