昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ

文字の大きさ
86 / 103
番外編4 至上の幸せ――多感な莉子SIDE

#EX04-36.HAPPY WEDDING☆【2・いざ、お式】

しおりを挟む
 七畳ばかりの控室の中で、わたし、父、それから課長が向かいあって座っている。天井の低い空間で、ほんのすこし感じる圧迫感。もしかしたらこれは、これから訪れる緊張を和らげる役割を担っているのかもしれない。

 さきほど控室で親族紹介を終えた。父といったらもう……滅多に会わない親戚だから名前なんか全然覚えてなくって。彼らに自己紹介をさせる始末だ。一方の義父は、シミュレーションをしてきたのか、実に流暢に絶妙にやってのけたので、なおのこと、その差が際立った。

「なんか……緊張しますね」

 しん、とした室内に課長の声が響く。

「するねえ」と父。課長に話しかけられることで、気持ちを共有する。男はなにかと……ライフステージにおいて、表に立つことを強いられる。プレッシャーのかけられることの多い生き物だ。

 壁の向こうからかすかに足音が聞こえてくる。参列者が教会に入りつつあるのだ。するとまた、わたしのなかで緊張が膨らむ。……どうしよう。人前に立つことなんて……こんな大勢のひとのまえでなにかをするなんて、ひょっとしたら大学のゼミ以来? 就活以来?

 ああ、怖い。なにか自分がやらかしそうで怖くなってきた。トイレ。トイレ……いやさっき行ったばかりでしょ大丈夫に決まってる! それにこの格好でトイレに行くのも一苦労なんだから! ドレスの裾を汚しかねないから入り口でスリップドレスに着替えてから入るのー!

「莉子ー。スマイルスマイルー」

 にーっ、と白い歯を見せる課長の顔が目の前にある。彼は、わたしの目線を受け止めると、

「……ぶふっ」

 変顔を作る。……見れば、父まで笑っている。緊張から解き放たれた瞬間だった。

 ――ああ、よく笑った。

 お陰で気持ちが……ほぐれた。

 大丈夫。仮に、失敗したっていいじゃない。こんなに頑張ったんだから。出来るだけのことをしてきた。後悔なんて微塵も残っていない。

 貴重な時間を作ってくれた皆さんをおもてなしすること。皆さんの誠意にお応えすること。精いっぱい頑張れば、いいじゃない。

 よし。こころが定まった。父もなにか、吹っ切れたような顔をしている。

「……三田様」コンコン、とドアのノック音がした。「お時間にございます。式場へどうぞ」

「あ、はい……」

 腰を浮かせる課長。「じゃあ、行ってきます」と笑みを見せ、扉の向こうへと消えていった。

 静粛なる式場にて、課長がなにをしでかしたかについては、このときのわたしは知る由もなかった。

 * * *

 ドアが開き、皆がこちらを見ている。たちまち……拍手に包まれる。

 久々に会う父と腕を絡ませ、ゆっくり……ゆっくりと、バージンロードを歩きだす。

 皆が皆、笑顔で見守ってくれている。

 先に会場に入った課長は、所定の位置で、わたしたちを待っている。万雷の拍手。最高の喝采を浴び、味わったことのない、幸せな気分に浸る。

 みんなの表情がくっきりと見える。……大変なお産を終えた中野さん。あっちゃん、いーたん、しおたん、令子……。

 高嶺。深紅のドレスが似合っているよ。とても綺麗……!

 荒石くんも。結婚準備手伝ってくれてありがとう……!

 やがて、課長の前に辿り着くと、わたしは父から離れ、彼の元へと進む。……そう。親離れをし、彼を選ぶとはそういうことなのだ。大切なあなたたちがいるから……あなたたちがわたしを大切に育てぬいてくれたから、いまのわたしは、あるんだよ。

 ありがとう。お父さん……お母さん。

 わたしはふたりに笑顔を向けてから、課長にエスコートをされ、いよいよ牧師さんの前へと立つ。背中から、みんなの目線を感じるけれど、大丈夫。わたしは、ひとりではない……。

『緊張するとおれふるえるんだ』

 小刻みにふるえるあなたが隣にいるから。

 *
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

先輩、お久しぶりです

吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社 秘書課 × 藤井昂良 大手不動産会社 経営企画本部 『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。 もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』 大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。 誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。 もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。 ――それも同じ会社で働いていた!? 音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。 打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。 ※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。 書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。 ――――――――――――――――――― ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。 傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。 ―――なのに! その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!? 恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆ 「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」 *・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・* ▶Attention ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

4番目の許婚候補

富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

処理中です...