昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ

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番外編4 至上の幸せ――多感な莉子SIDE

#EX04-43.HAPPY WEDDING☆【9・結婚披露宴、終幕☆】

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「誰しも……知らないところで、顔も知らない誰かに支えられて、生きています。

 今日使ったボールペンは、誰かが丹精込めてデザインを考え、作り上げたものであり……それから、飲む水。なにげなく渡る横断歩道。信号。整備された歩道……。いったい日常生活のなかで、どれほどの人間に頼ってぼくたちは生きているのか。そのことを……特に、莉子と結ばれてからは、痛感する毎日です」

 ――彼は、滝沢教授の著作にも触れている。だから、あの考え方を知っている。

「ひとは……誰しも、知らない誰かに支えられて生きている。わたしたちは、ひとりで生きているように見えて、実は、ひとりで生きているのではない。たくさんの人間の英知と努力によって……自分たちの生活が成り立っている。

 ご存知の通り、これは、『Nobody is alone』……本日披露宴の祝辞をくださった、滝沢教授の考え方です。……ぼくは、莉子と出会う前から、先生の著作には触れており、影響を受けて、生きて参りました……。

 ぼくは、一時期、莉子と距離を置き……自分が莉子にふさわしくないのではないか。莉子にはもっと……ふさわしい人間がいるのではないのかと、身を引いたことがあります。

 でも結局……出来ませんでした。

 ぼくは、莉子を、愛している……」
 
 涙ながらに課長は訴える。愛の、……真実を。

「そのときの行動で、随分皆さんにはご心配をおかけしました。本来、結婚披露宴でこの手の話はタブーとされていることは知っていますが、でも、今日は……どうしても、自分の口から、真実をお伝えしたかった。

 真実というものは、自分の口でしっかりと語らねば……ひとの口を介して曲解されていくものですから……」

 わたしの陰口を散々叩いたあの子たちが思い出される。

「ぼくは、もう……莉子の手を離すことはありません」

 きっぱりと、このひとは言い切る。「莉子のいる生活が幸せですから……」と。

「会社でも、家でも、莉子の……可愛い顔が見られる。世の中に、果たして、いったい、ぼくほど恵まれた人間がどれだけいるでしょうか? 仕事でもプライベートでも、愛する妻と一緒に過ごせて……ぼくは、世界一の、幸せ者です。

 皆様には、ご心配をおかけしました。これからはその応援を……力に変えていきたいと思います。
 
 まだまだ未熟なぼくたちですが、ぼくたちなりに精いっぱい頑張って参りますので、これからも、ご指導ご鞭撻のほどを、よろしくお願い致します……」

 ふたり、揃って頭を下げる。こんなわたしたちには、やさしい――静かに会場を満たす、拍手や声援が注がれていた。

 * * *

「きゃあー!」

 場所を変えて、ロビーの大階段にて。

 招待客の皆さんのお見送りをした後は、こちらで、みんなでお写真タイムだ。花嫁がブーケを投げたところ、受け取ったのは高嶺……だった。なんと。嬉しい。

「ありがとうございます! 幸せになります!」

 わたしたちと並んで階段の踊り場に立つ高嶺は、カメラを意識してはきはきと喋る。「三田課長。莉子。……結婚おめでとうございます。末永くお幸せに……」

 それから、みんな、階段に上って、全員が写真に収まる。カメラマンの合図で、みんながわたしたちに手を向け、ひらひらとわたしたちを煽るようにし、やがて……課長が、わたしの頬にキスをする。

 それから、壇上に、わたしたちだけになってからも、みんな、キース! キース! と煽るものだから、……わたしからしてやった。今度は唇に。たちまち歓声があがる。何故か、なにかが倒れるかのような足音も。

 こんなにカメラのフラッシュを浴びる日なんて果たしてあるだろうか。――いや、ない。

 たっぷり主役気分を味わったのちに、わたしたちは改めて皆さんをお見送りし、無事、……結婚披露宴を終えたのだった。

 * * *

「……やってみるまでは、どうなるものかと思っていたけれど、なかなか楽しいものではあったな……」

 今夜はこのホテルに宿泊する。なので、ゆっくりと過ごせる。

 こういう――いかにもホテルのしっぽりとしたバーで、飲むのってなんだか素敵……。こういう機会でもなければ訪れないもんなー。

「莉子。お疲れ様……。今日は、ありがとう……」

 ふたりで、一杯、二千円もするカクテルに口をつけ、グラスを合わせる。本日のみの贅沢。

「いえ、課長こそ……お疲れ様でした」

「おれはなにもしていないよ? 莉子が頑張ってくれたから……」

 こまごまとしたところはわたしが行ったが。でも骨格を固めたのは課長だ。それに……ブライダルコーディネーターの、黒石さん。最初から最後まで丁寧に、わたしたちのケアをしてくれた。

「ところで、課長……。お式で、なにがあったんですか」

 わたしが気になっていたことを問うてみると、いやあ、と課長は頭を掻き、

「おれさ。緊張すると、なんもないところですっ転ぶんだ。いや……転んだだけならみんななにも言わなかったかもだけど、そっからおれ……つい、受け身を取っちまって。

 どよめきと……そっから歓声が起こったよ。

 神聖で静粛なる式を行うため、カメラはご遠慮いただきます。私語もご遠慮いただきます。……とか、ホテルのスタッフさんにご説明頂いたのにさあ。おれのほうが破るってそれどんな……。

 ともあれ、あれがあったお陰で今日の結婚披露宴の方向性が定まったというか……みんなリラックス出来たんだよなあ……不思議だな。おれたちには、運命の女神さまがついているのかもしれない……」

「そっか。それで……式場の空気がやわらかかったんだね。なんか……感じたの。あたたかく包み込むようななにかが。ああいうとき普通……緊張するものでしょう? そっか。課長が『変えて』くれたんだね……」

 それからわたしたちはいろんなことを語り――結婚式のあれこれ。つい、いましがた起きたばかりのアクシデント……そう、人生には思いもよらないことがもりだくさんなのだ。幸せな明日をあなたと紡いでいく……これからも。

 わたしたちは閉店間際まで喋り続けた。ほろ酔い気分でホテルに部屋に戻る……いい気分だった。

「――莉子」

 泊まる部屋に入り、ドアにチェーンをかけると、課長は、背後からわたしのウエストに手を回し、首に舌を這わせる。――そう、わたしたちの長い夜は、まだ、始まったばかりだった。

 *
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