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act49. はじめてのGW・ハンズ編
歩道橋というには大きすぎる橋を渡ればすぐそこだ。
上京したての頃、訪れたときに感動した。新宿のあまりの広さに。南口、西口、東口とで全然周りの店構えも雰囲気も違うし東口にXYZの掲示板が無いことに落胆したが。ビルに輝くMY CITYの文字にも感動した。いつも『いいとも』で見ていたアルタビジョンが本当に存在することにも。
目的は、二つ。彼女のための合鍵を作ることと。
彼女専用のマグカップを購入すること。
合鍵を作ろうと持ちかけられた場面を思い返すたびに彼女はにやけてしまう。
「おれ、三日は午前だけ出勤する。だから、作ろう」
「なにを?」彼女は余波のなか、まだ彼に抱かれていた。
「合鍵」
反射的に彼の顔を見あげた。いつもどおり、にこりともしない、ちょっと怒ったような顔をしている。
「……蒔田さん。ロマンティックなことを言うときは、そういう表情をしましょうよ……」
「笑えばいいのか。こんな感じか」
無理ににーっと笑って見せた蒔田に対し、「やだ、変……」と彼女は呟いた。
「酷い言い草だな」
「ごめんなさい」彼女は素直に謝った。「あたしすごく、嬉しいです。でも、いいんですか」
「三日の日、もしきみが外に出かけようとしたら、困ってしまうだろう。家にひとりで居るのも、退屈だろ」
「そんなことないです。テレビ見たり、のんびりしたりして過ごします」
「とにかく。明日、作りに行こう。それと紘花。うちになにか置いておきたいものや欲しいものはないのか」
「特に、ありません、けど……」思い浮かんだことを言うのを、彼女は、ためらった。
「なんだ。言え」
「ええと、……」彼女は、蒔田の部屋の食器がほとんど白の陶器で統一されているのを知っている。だから言うのを迷った。「おそろいのマグカップとか、欲しいなって……」
「好きなブランドやメーカーは、あるのか」
「いいえ、特に。……蒔田さんは? やっぱり、白の無地のがいいですか」
「いいや。おれの使ってるのは、うちの親が貰った結婚祝いの引き出物やらなんやらだ。たまたま白ばかりになってしまっただけだ……」
モノトーンで統一する蒔田の部屋に、そぐわないものは、置きたくない。
彼の顔を見て決めようとそのとき彼女は思ったのだった。
そのときは冷静に受け止めたのだが。
合鍵。
某RPGで言うところのアルテマ並みに重大な魔法(アイテム)。信頼していない人間に先ず渡そうとは思わない。彼女でもかなり親密な相手にしか普通は渡さないものだろう。(親密でない『彼女』も世の中には居る)
蒔田が作る相手が、自分が初めてかは知らないが。言われたときの生まれた素直な感情。嬉しい、という気持ちを、いつでも、大切に抱きしめるようにして守っていこうと彼女は思ったのだった。
「本鍵ですね。十分くらいで仕上がります」鍵屋は仕事で鍵を作っている。
依頼人側のドラマなど知るよしもない。たった十分で手に入れられる幸せ。持ち歩けるのが楽しみ。
ほころぶ頬を押さえたとき。
ふと彼女は、ほかに欲しいものがあることに気づいた。
「蒔田さん、あたしキーホルダーを買いに行きたいです」
* * *
「ほら見て蒔田さん。食いだおれ人形のキーホルダーなんて売ってる。すごくないですか」
「大阪に関係ないのになんでこんなものが売ってるんだろうな……」
「白のくまさんも可愛くていいなあ。あーあ、迷っちゃう……」
「迷え迷え。時間は存分にある」
「蒔田さん誕生日っていつでしたっけ」
「八月八日」
「うわ、覚えやすいですね、葉っぱの日。葉っぱの、……四つ葉のクローバーも、いいかなあ……て蒔田さん。普通聞かれたら聞きませんか相手の誕生日」
「聞いて欲しいんなら最初からそう言え」
「十月の二十三日です。……別に覚えなくていいです。覚えにくいし」
「……手帳に書いておこう」
「まあ、……忘れられるよりかそのほうがいいです」と、彼女は苦笑いをする。「猫とか犬も可愛いなあ……」
「動物、好きなのか」
「いつか、ペットを買いたいって思ってます……。うち、買うの駄目だったから」一人で留守番をすることが多かった日々を思い返す。「ハムスターとか飼ってみても、すぐ、死んじゃったし。飼うならなんか小動物とか可愛らしいものがいいです。毛並みがふさふさしてる感じの……」
「うさぎは」とうさぎのキーホルダーを手にして蒔田。
「部屋が臭くなっちゃうから……室内犬飼うのに憧れているんです」
「パピヨンやチワワか?」またすぐ新しいキーホルダーを蒔田が見つける。
彼女は、彼に近寄り、「あ。なんかいっぱい犬のキーホルダー売ってますね。こんなに種類があるのは珍しいなあ……」
「よりどりみどりだぞ」
「あ! キャバリアが売ってるっ」
「どれだ」
「これ。これです……」感動のあまり彼女の声がうわずる。「一度、町でトライカラーのキャバリアを見つけて……本当に、可愛かったんです……」トライカラーは白と黒です、と彼女はつけ足す。
屈む彼女に蒔田が手を添え、
「決まりか」
「もう! 蒔田さん、過程を楽しんでください……この垂れ耳と、垂れ下がった口許がなんともキュートで愛らしくって、もう、もう……」彼女はキーホルダーを胸に当てる。
彼女の勢いに、ちょっと蒔田は呆気に取られた様子。「そんなに犬好きとは知らなかった」
「なんていうか、この犬種だけ、好きなんです。一目惚れみたいなものです」
「マルチーズやパグも可愛い部類に入ると思うが」
「なんか違うんです。あのはふはふした口許を見て、胸がきゅんとしたんです」
「そこまで言うなら考えておこう」
「え。なにをですか」
「こっちの話だ。さて。マグカップは他の階だ。会計だけ済ませに行こう」
「……はぁい」過程を大事にと言ったばかりなのに。
結論を急かす男。
背後に回り、こっそり手なんか繋いでみる。外されると思いきや、ぎゅ、と握られる。
後ろ見て蒔田が、
「紘花」
「なぁに」
「幸せだな」
ああ。
花開くような彼の笑顔を目の当たりにし――
くらっとするのを彼女は感じた。
ここが外じゃなければ抱きしめてキスしていたのに。
* * *
マグカップ二つを購入し、念願の合鍵を受け取り、二人は、イタリアンのお店に入った。テラス席にて彼が、鍵にキーホルダーをつける。
「ほら、できた」ややぞんざいな感じで手渡される。
むう、と彼女は頬を膨らます。
「おまえの理想にいちいちつきあっとられんぞ」と言いつつも、彼は、ひったくるように彼女の手のなかからキーホルダーを奪い、また、手渡そうとする。
彼女は、手のひらをうえにして、彼に近づける。と彼が、
やさしく、落としてくれる。手のなかに伝わる、冷たくて硬い感触。
それは二人の幸せの暗示。
新しい未来の、気配。
「紘花」
彼女は黙って視線をあげた。
蒔田と視線が絡まる。夜の闇のような深い瞳のいろが、彼女を、見据え、
「これからずっとよろしくな」
幸せすぎて鼻から火を噴いて死んでしまいそうだった。間違いなく膨らんだだろう鼻をひとまず彼氏の目から隠す。
彼女の顔は、真っ赤だ。言い出しておいてそれはないだろう、と彼は思う。
一息つくと、彼女は、ようやく言葉を返した。「……ありがとう、蒔田さん」
これからも、よろしく。
と、俯きながらもなんとか彼女は返したのだった。
そして、実感する。
仏頂面で甘い台詞を吐ける蒔田一臣、おそるべし。
*
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