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閑話休題――闇に浮かぶ白い妄想 *
この大型連休に、出勤などという無粋な真似をするのは自分だけだ。
取り立てて緊急案件というわけではない。システム屋というのは、世の人間が暇なときにこそ忙しい。複数の案件のプロジェクト管理を受け持つ彼には、確かに進捗を確かめればならない案件があったが。
ディスプレイが映すExcelを眺めているはずの彼の脳裏に、
白い、あの裸体が鮮明に思い描かれる。
後ろから思い切り貫いてよがらせたい。
洗面台にかける彼女の手を引き剥がし、己の左手であの豊かな乳房を揉みしだき、利き手で肉芽をいたぶり、後ろ向いた彼女の目に浮かぶ涙を唇で吸い取り、ばちばちと臀部に肉欲をぶつけまくり、長いストレートヘアが揺れるくらい責め立ててなんどもなんども追いあげてしまいたい。
脳内で一連の流れを展開し、彼はひとり咳払いをする。
休日とはいえ仕事中だ。そんな妄想を働かせる自分を彼は内心で恥じた。
せっかく彼女と二人きりで過ごす六日間の日々。
すこし、離れる時間も必要かもしれない。と彼は予防線を張った。集中すれば二時間で済むだろう仕事量を、敢えて三時間と見積もった。
本当の理由を、彼は知っている。
彼女に近づきすぎて、本当の自分を知られ、彼女に愛想を尽かされるのが、怖かった……。
――いまのところ彼女にはおれがこんな妄想を働かせる男だとは知られていない。
幻滅されるだろうか。
いつの間にか自慰のときに思い浮かべるのは必ず彼女になった。ほかの女じゃまったく盛りあがらない。想像の世界では、陵辱とかちょっと引くようなプレイも嫌いというわけではなかったが彼女とつきあい始めてからは、彼女一辺倒だ。
いつも敏感で感度のいい彼女は、おれの手で陥落する。
気持ちを切り替えるためにもここに来ているはずだった。
ところが彼がいま思い浮かべるのは、何度となく愛した、彼女のあのみずみずしい肉体だった。
吸いつくような柔肌。
恍惚の表情。ろくにものを喋れないときに言わせるときの、征服欲。
名を呼ばせるときの、彼女の言葉の響き。
甲高い、女特有の声。
自分を受け入れるあのやわらかさと蜜の度合い。
噴きだしたときに焦って隠そうとする手の動き。
いたったときの、内部の刺激的なひくつき。あまりに官能的で、感度を研ぎ澄ませるあまり、自分が至ることを忘れてしまったくらいだ。
今日が休日で良かったと思う。女の肉体を繰り返し思い浮かべる顔など、誰にも見られたくない。
まったく仕事に集中できない。
煙草でも吸おう、と彼は席を立つ。と彼は、ふと、彼女がコーヒー好きであることを思い返した。
ついでで給茶機のコーヒーなんかいれてやるとすごく彼女は喜んだ。
彼女が隣にいた日々。一緒に仕事をした日々実は打たれ強い彼女は、蒔田の言うことをぐんぐん吸収していった。若芽のような真新しさが、彼には、新鮮に映った。最初から。
彼女が、気になっては、いた……。
なんせ、配属初日に、靴を脱いだストッキング姿で階段を駆けあがるのを目撃したのだから。
印象に残らないわけがない。正直に言うと、後ろ姿だけで予感させる美貌。タイトスカートのセクシーな感じ。きゅっとしまった足首に健康的な膝から下の足のかたちなどなどが、しっかり、目に焼きついている。
つまり、性的に魅力的であったということを、蒔田一臣のこころは認めた。
誰もいない喫煙室に入り、煙草を取り出し、火をつける。仕事の緊急度が分からない頃、電話や用件があると、彼女はこの部屋まで呼びに来たな。おれが居るのは喫煙室と相場が決まっているから……、
あのなあ。仕事には急ぎってもんとそうでないもんがある。
見分け方を覚えろ。そんで、急ぎの場合だけ呼びに来い。でないと、おれが休めないじゃないか。
喫煙室とは休むための場所だぞ。
と蒔田は諭したものの、なんだか、暖簾に腕押しするような、手応えのなさを感じた。仕事の緩急のつけ方が分からない頃だったに違いない。彼女は、いつでも、真剣で仕事で気を緩める場面があることなど、想像もつかなかったのだろう。
そんな彼女が煙草を吸うのは、少々意外だったが。
彼女曰く『気分転換』と『つき合い』だそうだ。(現在は辞めたとのこと)喫煙室は、存外、侮れない。同じ部署以外の人間とも言葉を交わし、様々な情報を入手できる。交流の場でもあるのだ。
だから彼女と喫煙室で出くわしたとき。
彼女は、仕事における『ガス抜き』を覚えたのだと悟り――
竹が空を目指しぐんぐん生えていくような勢いで仕事に邁進していた彼女。緩急のつけ方を覚えただろう、その成長した姿に、嬉しさとあの階段を駆けあがるときのまっしぐらな感じが失われたことへの一抹の寂しさも、こみ上げたのだった。
そんな彼女は、現在、おれに、夢中だ。いや。
夢中なのはおれのほうかもしれない。と、彼は思い直した。
彼女は、おそらくいま、近所を散策している。そういうとき女は、めっぽう強いのだ。好きな男以外のことを考えていられる。ショッピング。料理。家事などをしているとき、そのことだけに集中できる。男は違う。
好きな女の姿が脳裏に焼きつき、その姿に翻弄される。……今朝などはおれの股間に顔を――
やめよう。
変な気が起きそうだ。
というより、手遅れだ。いくらなんでも、おさまるまで、部屋に戻れそうもない……。
蒔田は、残念な自分に失望した。
休憩がてらに選んだ煙草に頼っても、彼女の呪縛から開放されそうにない。
どうして、あんなに魅力的なのか。
どうして、あんなに感度がいいのか。
彼は、勿論、ほかに女を知っている。しかし過去のどれと比べても彼女は極上だ。
彼女のなかに入るととんでもなく気持ちがいい。
このまま死んでしまってもいいと思えるくらいに。
そんな経験を連続連夜していては、からだなど持たない。事実、今朝彼女は寝過ごした。今夜くらい、お手柔らかに、ゆっくりと過ごしたいものだが、いざ、彼女を目の前にすると、情欲が爆発する。
恋とは、ダイナマイトだとすら、彼は思う。
本当の、本気で、あの肉体に溺れ……
強く猛々しい男を受け入れる女のやわらかさ。
蜜の甘さ。感度の良さ。何度試しても――
彼女はおそらく、自分が至りやすいことを気にしているが、本当に翻弄されているのはおれのほうだ。
仮に今後彼女と別れることがあるとしたら、おそらく、ほかの誰も愛すことなどないだろう。
人生最後の女性に違いない。
そんな予感とともに、そろそろ頭を仕事モードに切り替えるべく、煙草の火を消し、喫煙室を出た。とそのまえに、忘れずにメールを送った。
あと一時間で終わるから、二時には駅に着くと思う。
夜、なんか飯食いに行くか。
すぐメールを返すタイプの彼女。珍しく、五分待っても返信がなかったので、今度こそ、彼は自席に戻り、仕事に集中した。
事務的なメールを幾つか処理し、スケジュールについて指示を何本か送ったところで、彼女から返信が来た。職場での携帯の持ち込みは、禁止されているわけではないが、あまり望ましいものとはされず、勿論、クライエントの会社に勤務する者は個人携帯の私用を禁止されている。
しかし、今日は職場に蒔田がひとり。
無礼講といったところだ。机のうえに携帯を置いている。「なに?」
彼女のメールを確認した蒔田が独り言を言う。
スーパーに買い物に行って、食材買っちゃいました。
今夜は、あたしの手料理で構いませんか。
「ふ」笑いの息を漏らす。
最愛の彼女は、決して料理が得意というわけではなさそうだ。それでも、頑張る意欲があるのだろう……。
蒔田は、彼女の意志を尊重した。
了解。楽しみにしている。
……本当は、『頑張りすぎるな』とか『下ごしらえがあるならおれにも仕事を残しておけ』と言いたかったのだが、それを言ってしまうと、かえって頑張ってしまうのが必然。任せておこう。
そして、頑張った彼女を、たっぷり可愛がってやろう……。
後ろから責め立てて、さっきの妄想を実現してやりたい。
口許に笑みが浮かぶのを彼は自覚した。
「……おれ。とんだスケベおやじだな……」
蒔田のぼやきは、誰もいない部屋の天井へと吸い込まれていった。
*
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