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思い出を辿って(1)
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日本海の海と一口に言っても、故郷緑川で見る海と、海野小島から眺める海の色は異なる。
能登の海のほうが深い、緑がかった青い色をしていて、一方で、海野小島の海は澄み渡っている。テレビで見る外国や沖縄の海のようで。小石の隙間で水が遊んでいる。この石の敷き詰められた海岸に、来た記憶がある。記憶というより体感で覚えている。
この潮の香り。緑川のとはまた違ったすこし澄み渡った空を思わせる、フレッシュな香り。緑川の海岸はもっと、腐ったものが入り混じった異様な香りがするときがある。海の向こうの国からプラスチック容器が辿り着いたりしている。その昔、緑川の海にいると北朝鮮に連れ去られるぞ、なんて祖父母世代が言っていたものだが、あれが本当だったと知るのは自分が小学生だった頃の話。
時々、現実のほうに違和感があって現実味がなかったりする。実際に起きたことなのにファンタジーで描かれる絵空事のように感じられることがあるのだ。例えば、いま起きている戦争など。国と国がいまだにいがみ合って戦いを続けている。
無意味で――無目的な。
こんな透明な海の色を見ていると戦争などばからしくなってくる。国の偉いひとたちもそう思えたらいいのに。ちょっと海を見に行きませんかなどと言って一緒に笑いあえる、そんな世界が生まれるといいのに。
一方現実世界での人間たちはそんな余裕などなく、手の中のスマートフォンに夢中でその世界に没頭し続ける。時々、スマホ歩きをしているひとを見るとふと、このひとはスマートフォンに全脳細胞を支配されているのではないか? と思えることがある。そのくらいにみな、のめりこんでいる。そことは距離を置くようにしている。友達からSNSを開設しましたと言われても見逃す程度には。
手紙。恋生は恋乃にどんな手紙を送ったのだろう。禅雨という偽りの名前を使って。
池水恋乃と実際会ってみて、彼女は恋生の双子のきょうだいだと確信した。
恋生が意図的に残したであろう、棚にあったスクラップ記事によると、恋乃は京都で生まれ育っている。ならば、双子の片方が両親のもとで育ち、一方の恋乃は、親戚の方に引き取られたということだ。
それを知って、なにも感じないはずがない。大人の策略かなにかでそうなったとしたら、運命を憎むはず……。
どこかの段階で生き別れの妹がいると知った恋生は、そうと悟られないように、恋乃に手紙を送った。そして、恋生と恋乃は私と同じ旅に参加した。二人が同じ旅に同時に参加したのが偶然であるはずがない。つまり、小学四年生の頃には既に、恋生と恋乃は互いの関係性に気づいていたということだ。
私は理生を名乗る恋生と出会い、禅雨を名乗る恋乃と出会っていた――。
今更この海を辿ってもなんのヒントも生まれないとは思うが、来ないではいられなかった。
知りたかった。すこしでも、愛するひとのなにかを。自分のことを。
愛するとはつまり、自分を愛することと同義で。愛するひとに愛される自分をちゃんと愛してあげないと、愛は成立しえない。
だからこそ、もっと、ちゃんと、自分のことを知りたいと思った。あなたに向き合うために。
そのための旅。
オフシーズンということもあり、海岸にひとは少ない。美術館やその周りにひとが多いのとは対照的に。九月の中旬から急に寒くなり、酷暑から秋を通り越して初冬へと切り替わった。風邪を引くひとや体調を崩すひとも目立つ。電車に乗るだけで案外世界のことは伝わる。
恋生は、朝からランニングをして、自宅にトレーニングルームを置くくらいのひとだから、ほぼ年中体調を万全にしている。なにせ留学をしていたから、必然、体調管理には厳しくなったとのこと。そもそも神宮寺という名門に生まれ育った時点で、自分の体調との向き合い方を徹底的に教え込まれる……そうな。私には縁のない世界だが。
ただ、体調を崩した私に恋生は色々と教えてくれた。ストレッチやヨガが健康に繋がるということ。Youtubeにどんなチャンネルがあって、こういう動画がメンタルに効くんだとか。
からだとこころは繋がっており、体調を崩すと必然的にメンタルも悪くなる。メンタルが悪いと苛々してからだに悪い症状が出る。あの職場にいた頃の私がまさにそれだ。常に苛々しており、神経を尖らせて、ミスを起こすたびにヒステリックになって……。
この三ヶ月の恋生の態度を思い返そう。彼は、私を責めることなど一切しなかった。本当に、優しくしてくれた。彼氏でもないのに、色々と世話を焼いてくれて……名門財閥の御曹司なのに、あんな安アパートに毎日仕事帰りに立ち寄って、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて。
私が恋生だったらそこまで出来ただろうか? 分からない。
恋生がそこまでしてくれる理由の裏付けにあの頃の旅が隠れているはず。――知りたい。
静かにさざめく、透明な青の海を前に思う。
「もっと……知りたい」
*
お花畑を踏みしめる靴底越しの感触。草木の特有の匂い。田舎を思わせる。
美術館近くのベンチにハンカチを敷いて、午後ティーを飲みながらすこし休んでいる。こうしてぽかぽかお日様のひかりを浴びているとこの世の戦争などなかったかのように思えてくる。原発の事故も。恐ろしいパンデミックも。
こうして平和に世の中が流れているように見えても、裏で血を流し涙するひとたちがいるのだ。
池水恋乃のことを思い返す。どのタイミングであの状態になったのか。そこまでは分からなかった。図書館などで過去の新聞記事を辿れば見つかるだろうか……いや。なんだか気が引ける。遺伝性の病気であれば恋生にも関係することなので調べる必要はあるのだが。
恋生に、留守にすることはLINEで伝えたが、ちゃんと顔を見て目を見て話せたわけではない。私の一存で勝手にしていることだ。責任は私にあるし、私が負うところであるが、やましいことはしたくはない。
美術館の外観を改めて見てみるとやはり、田舎に突然現れた宇宙船のような風貌だ。ただ、室内はどこか、恋生宅に似たものを感じさせた。無駄を徹底的に省き、美しさを追求し、意匠を重んじる点において。相違点といえば、美術館内が無機質で硬質的な一方で、恋生宅内には花や植物があって、あたたかみを感じさせる。ここでは、花畑がその役割を担っている。花を見て草木に触れると人間は元気になれる。
シロツメクサで花のかんむりを作っている少女を見てなにか――引っかかりを覚えた。
家族連れでレジャーシートを敷いて。楽しそうに、サンドイッチを食べて笑いあって……。
砂浜。誰かといた記憶。いや、誰か……海で泳いでいて私は……。
「あ、もしかして……」
*
能登の海のほうが深い、緑がかった青い色をしていて、一方で、海野小島の海は澄み渡っている。テレビで見る外国や沖縄の海のようで。小石の隙間で水が遊んでいる。この石の敷き詰められた海岸に、来た記憶がある。記憶というより体感で覚えている。
この潮の香り。緑川のとはまた違ったすこし澄み渡った空を思わせる、フレッシュな香り。緑川の海岸はもっと、腐ったものが入り混じった異様な香りがするときがある。海の向こうの国からプラスチック容器が辿り着いたりしている。その昔、緑川の海にいると北朝鮮に連れ去られるぞ、なんて祖父母世代が言っていたものだが、あれが本当だったと知るのは自分が小学生だった頃の話。
時々、現実のほうに違和感があって現実味がなかったりする。実際に起きたことなのにファンタジーで描かれる絵空事のように感じられることがあるのだ。例えば、いま起きている戦争など。国と国がいまだにいがみ合って戦いを続けている。
無意味で――無目的な。
こんな透明な海の色を見ていると戦争などばからしくなってくる。国の偉いひとたちもそう思えたらいいのに。ちょっと海を見に行きませんかなどと言って一緒に笑いあえる、そんな世界が生まれるといいのに。
一方現実世界での人間たちはそんな余裕などなく、手の中のスマートフォンに夢中でその世界に没頭し続ける。時々、スマホ歩きをしているひとを見るとふと、このひとはスマートフォンに全脳細胞を支配されているのではないか? と思えることがある。そのくらいにみな、のめりこんでいる。そことは距離を置くようにしている。友達からSNSを開設しましたと言われても見逃す程度には。
手紙。恋生は恋乃にどんな手紙を送ったのだろう。禅雨という偽りの名前を使って。
池水恋乃と実際会ってみて、彼女は恋生の双子のきょうだいだと確信した。
恋生が意図的に残したであろう、棚にあったスクラップ記事によると、恋乃は京都で生まれ育っている。ならば、双子の片方が両親のもとで育ち、一方の恋乃は、親戚の方に引き取られたということだ。
それを知って、なにも感じないはずがない。大人の策略かなにかでそうなったとしたら、運命を憎むはず……。
どこかの段階で生き別れの妹がいると知った恋生は、そうと悟られないように、恋乃に手紙を送った。そして、恋生と恋乃は私と同じ旅に参加した。二人が同じ旅に同時に参加したのが偶然であるはずがない。つまり、小学四年生の頃には既に、恋生と恋乃は互いの関係性に気づいていたということだ。
私は理生を名乗る恋生と出会い、禅雨を名乗る恋乃と出会っていた――。
今更この海を辿ってもなんのヒントも生まれないとは思うが、来ないではいられなかった。
知りたかった。すこしでも、愛するひとのなにかを。自分のことを。
愛するとはつまり、自分を愛することと同義で。愛するひとに愛される自分をちゃんと愛してあげないと、愛は成立しえない。
だからこそ、もっと、ちゃんと、自分のことを知りたいと思った。あなたに向き合うために。
そのための旅。
オフシーズンということもあり、海岸にひとは少ない。美術館やその周りにひとが多いのとは対照的に。九月の中旬から急に寒くなり、酷暑から秋を通り越して初冬へと切り替わった。風邪を引くひとや体調を崩すひとも目立つ。電車に乗るだけで案外世界のことは伝わる。
恋生は、朝からランニングをして、自宅にトレーニングルームを置くくらいのひとだから、ほぼ年中体調を万全にしている。なにせ留学をしていたから、必然、体調管理には厳しくなったとのこと。そもそも神宮寺という名門に生まれ育った時点で、自分の体調との向き合い方を徹底的に教え込まれる……そうな。私には縁のない世界だが。
ただ、体調を崩した私に恋生は色々と教えてくれた。ストレッチやヨガが健康に繋がるということ。Youtubeにどんなチャンネルがあって、こういう動画がメンタルに効くんだとか。
からだとこころは繋がっており、体調を崩すと必然的にメンタルも悪くなる。メンタルが悪いと苛々してからだに悪い症状が出る。あの職場にいた頃の私がまさにそれだ。常に苛々しており、神経を尖らせて、ミスを起こすたびにヒステリックになって……。
この三ヶ月の恋生の態度を思い返そう。彼は、私を責めることなど一切しなかった。本当に、優しくしてくれた。彼氏でもないのに、色々と世話を焼いてくれて……名門財閥の御曹司なのに、あんな安アパートに毎日仕事帰りに立ち寄って、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて。
私が恋生だったらそこまで出来ただろうか? 分からない。
恋生がそこまでしてくれる理由の裏付けにあの頃の旅が隠れているはず。――知りたい。
静かにさざめく、透明な青の海を前に思う。
「もっと……知りたい」
*
お花畑を踏みしめる靴底越しの感触。草木の特有の匂い。田舎を思わせる。
美術館近くのベンチにハンカチを敷いて、午後ティーを飲みながらすこし休んでいる。こうしてぽかぽかお日様のひかりを浴びているとこの世の戦争などなかったかのように思えてくる。原発の事故も。恐ろしいパンデミックも。
こうして平和に世の中が流れているように見えても、裏で血を流し涙するひとたちがいるのだ。
池水恋乃のことを思い返す。どのタイミングであの状態になったのか。そこまでは分からなかった。図書館などで過去の新聞記事を辿れば見つかるだろうか……いや。なんだか気が引ける。遺伝性の病気であれば恋生にも関係することなので調べる必要はあるのだが。
恋生に、留守にすることはLINEで伝えたが、ちゃんと顔を見て目を見て話せたわけではない。私の一存で勝手にしていることだ。責任は私にあるし、私が負うところであるが、やましいことはしたくはない。
美術館の外観を改めて見てみるとやはり、田舎に突然現れた宇宙船のような風貌だ。ただ、室内はどこか、恋生宅に似たものを感じさせた。無駄を徹底的に省き、美しさを追求し、意匠を重んじる点において。相違点といえば、美術館内が無機質で硬質的な一方で、恋生宅内には花や植物があって、あたたかみを感じさせる。ここでは、花畑がその役割を担っている。花を見て草木に触れると人間は元気になれる。
シロツメクサで花のかんむりを作っている少女を見てなにか――引っかかりを覚えた。
家族連れでレジャーシートを敷いて。楽しそうに、サンドイッチを食べて笑いあって……。
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「あ、もしかして……」
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