花に溺れ恋に純情~僕様同期御曹司の愛が私を捕らえて離さない~

美凪ましろ

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愛にまみれた日々

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「まったくあの子ったら……突然結婚するだなんて。それも二月に挙式するのをキャンセルだなんて。いったいなにを考えているのかしら」

「いいじゃないか。我が息子ながらあっぱれだ。……結局お披露目パーティはするのだから、目的は果たせている」

「でも、あの子ったら……美里香《みりか》さんのことはどうなさるのかしら。まったく、心配だわ」

「恋生の決めたことだ。親がどうこう言うものじゃないだろう? いまはそんな時代じゃない」

「ですけども、やはり、……会ったこともない女性と息子が結婚するというのは……」

「恋生なら週末に連れてくると言っていたぞ」

「……初耳にございますが」

「恋生のことだからちゃんと考えているに違いないさ。……さぁ、あの子のサプライズを心待ちにするとしよう。珈琲でも淹れようか」

 天下の神宮寺財閥を取り仕切るキーパーソンであるにも拘わらず、神宮寺光則みつのりは自らハンドドリップコーヒーを淹れる。他のことは使用人に任せるが珈琲に関しては頑として譲らない。出社する際にも自ら淹れた珈琲を水筒に入れて持ち込むくらいである。

 妻の美砂子《みさこ》は、瀟洒なアイランドキッチンにて慣れた手つきで珈琲を淹れる夫を振り向きざまに見、それから手元の雑誌へと目を戻す。夫である光則のインタビューが掲載された雑誌。思う存分事業に力を入れる夫を支える一方で美砂子は夫のインタビューに一通り目を通すとテーブルに雑誌を置き、それからもう一つの雑誌へと目をやる。娘の恋乃が表紙の雑誌。

 出来ることなら手元で育てたかった。恋生の双子の片割れである池水恋乃を手放したことをいまだ美砂子は悔いている。もし、京都の実家になどやらなければ、あんな痛ましい事件に巻き込まれることなどなかったかもしれない。何度考えても美砂子は同じ思考に至る。

 だが恋乃は障害をものともせず一流のビジネスパーソンと活躍し、雑誌の表紙をかざるくらいである。美砂子の目に、その姿が眩しくも痛ましくも映る。

 長男は既に神宮寺財閥を拡大すべく、戦後はかつて互いにしのぎを削った、いわばライバル企業の娘と結婚し、三人の子を授かっている。孫は男の子が二人、女の子がひとり。女孫のほうが勝ち気な性格で男の子たちはたじたじだという。

 いつの時代も子に対する悩みは尽きない。いまは孫の祖母としての役割を全うすることの多い美砂子でも、特に、恋生の子育てには悩まされた。一流の財閥の息子だというのに、破天荒なところがあり、親をはらはらさせた。いつあの子が突然髪を金髪に染めてバイクを乗り回してもおかしくはなかった。そんなことをすれば親族が黙っていない。

 ただし、少年時代に破天荒を貫いた恋生のほうがむしろいまは事業家として安定しているから不思議なものである。突然海外でヒッチハイクをしたり、K高とは無縁の高校に突然留学を決めたりと、幾度となく美砂子たちをひやひやさせたものであるが……。長男と三男が比較的親の言うことや望みを知り自然と神宮寺財閥をより繁栄させる道を選んでいたのに対し、恋生は独自の道を貫く。その姿は、なんとなしに、親の言われるままに、光則と婚姻した美砂子にとっては、異質なものに思えた。

 果たして息子はどんな相手と結婚するのか。週末が待ち遠しくももどかしくもある。

 *

「みなさまお世話になりました。ここで教わったことを活かして次の職場で役に立てればいいと思っております。みなさま、本当に、ありがとうございました」

 面前で深く頭を下げる。派遣先での契約は年内までと決まった。

 こうして、一介の派遣社員でも、みなの前で挨拶の場を設けるあたり、大切にされていたのだとは感じる。

 ただ、やっぱり、仕事でもっともっと、誰かの役に立ちたい。必要とされる考えが強かった。

 最終日は午後三時に挨拶をすることが決まっていたのでもう二時には後片付けをスタートさせていた。自分で持ち込んだ備品、会社で借りた備品を分別し、会社のものは所定の場所へと戻し、自分のものはバッグに入れる。エコバッグをふたつ持ってきておいてよかった。ペン立てなど案外支給されないものが多く、そういったものが案外かさばる。ペンを置くトレイや、百均で買ったかごなんかも。……まぁあんまり活躍出来じまいだったけれど。新天地での活躍を願おう。

 きっかり五時に退社した。するとあなたから電話があった。

「お疲れ様。今夜、なにか、食べたいものはある?」

「……焼肉かなぁ。おしゃれな感じの」

 くつくつと喉で笑うあなた。普通、あなたみたいなセレブが彼氏であればもっと、高級なお店とかを選ぶんだろうけれど。あなたは私の、こういった、庶民じみたところごと愛してくれている。

「分かった。じゃあ、西新宿まで車で迎えに行くよ。あと三十分かなぁ。どこかでお茶していても構わないよ。ぶらぶらしていてもいいし」

「うん。じゃあ、着いたら連絡ちょうだい」

「OK。じゃあ、また後で」

 キスの音がしたものだから本気で携帯を落としそうになった。うわうわ。相変わらずである。相変わらず神宮寺恋生は絶好調である。

「花が帰ってくるまで料理の味がしなかった」

 一時的にアパートに戻り、一人きりの日々を過ごし、自分を見つめなおしつつ、転職活動を進めていた私に比して、あなたといえば、私がいなくなったマンションでめそめそ過ごしていた……どこまで本当かは分からないが……らしい。

 確かに、マキノさんが定期的に来てくれ、マンション室内が手入れされているとはいえ、帰ってきてみて驚いたのは、カップラーメンが大量に棚の中にあったこと。防災対策と思える量ではない。

 ――なんか、元気が出なくってさ。いろいろ考えたんだよ。

 実際すこしあなたの筋肉は落ちてしまっていたけれど、私が戻ってきてもう二週間。ばりばりのバッキバキである。

「やっぱりプロテイン飲んで動いてなんぼのもんだねえ」とあなたは笑っていた。いつものように。

 自宅マンション内のジムで連日一時間汗を流すあなた。その習慣は私がいないあいだにすこし、途絶えてしまった。

 ……私も戻ってきてから、鏡の間で運動を重ね、Win-Winである。

 アパートにいる間は、転職活動や、自分と向き合うことに忙しく、あまり運動は出来なかったが、戻ってくるとやっぱりほっとした。ここは私の場所なんだと感じた。

 ホテルのスイートだと何泊もすると落ち着かないだろうが、ここはあまりにも居心地がいい。

 清潔で、気品があって、瀟洒で、なのに穏やかさがあって。まるであなたみたい……。

 新宿の地下でぶらぶらウィンドウショッピングをしているとあなたから連絡が来た。それから一緒に車で、目的地へと向かった。

 *

「お疲れさま。しばらくは、ゆっくりしてね」

 ビールジョッキをかつんと合わせる。あなたはノンアルコールだけれど。私は遠慮なくあなたの言葉にあまえて生を頂く。

 くぁあー。仕事終わりのビールってなんでこんなに美味しいんだろう……。

 顔をしかめているとあなたが笑う。喉をくつくつと鳴らして。

「……なによ」

「いや。花は心底美味そうに飲むよね。元々ビールは、そんなに、だったよね?」

 そういえば、新卒で入社した会社では飲み会がやたらと多く、同期の飲み会に参加していたときに、甘いカクテルばかりを飲んでいたことを思い返す。誰とも喋らずに。壁の花と化していたあの頃。

「うん。二十代半ばになって急にビールに目覚めた感じ。仕事終わりにおじさんがかーっ、とビールを飲むあの感じ……が、分かるようになってきたかも……」

「花のなかのおじさんが目覚めちゃったか。よしよし」

「勝手に愛でるな!」

「女王様の花もぼくは好きだよー。よしよし」

 頭を撫でてくるものだからそれにあまえる。悪い気はしない。あなたはいつも、私をいい気分にさせてくれる、唯一無二の男。

 お皿に乗った肉が次々運ばれてきたのでどんどんあなたは焼く。なんというか……ペース早くない?

 普通、お金持ちって、ゆっくり、じっくり、たしなむものかと思っていたけれど。

「焼けたよー。ここ置いておくねー」

 セレブと飲んで食べているというよりも、大学生男子みたいなパワーで笑えた。するとあなたは不思議そうな顔をする。「うん? どうした?」

「なんでもない。二杯目行ってもいい?」

「勿論。注文するね」巨大な横に長いディスプレイがあってそれをタップすれば注文出来る。今日日、ファミレスでタブレットを導入していることは知っていたが……あれはコスパがいいから……こんな巨大なディスプレイでメニューを見るのは初めてで驚いた。

 ぼんやりしていたら皿にどんどん肉が乗ってどんどん食べる。うう。食欲万歳。煩悩がすべて。

 あなたといると七つの大罪すべてを犯している気がするけれど。悪くない。正直な自分が好きである。

「花はいつもしっかり食べてくれていて、見ていて気持ちがいいよ。……幸せだ」

 目を合わせてウィンクをするあなたは、

「そんな花も、ぼくは大好きだ」

 ああもう。キスしたい。

 いますぐ私を連れて帰って、めちゃくちゃに愛しこんでくれないかな。

 その夜もあなたは激しかった。私がいくら無理と言っても離さず、何度も愛を貫いた。

 一緒のベッドで絡まり合ってひとつになって熱に浮かされる。つき合いたての恋人同士が味わう独特の新鮮さに酔いしれる。
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