碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第十五章 マキが幸せでいてくれれば

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「それでは石井さんから順に、自己紹介をして頂けますか」
 倍率がとんでもないことになったために結局書類選考となった。入部希望者が書いたのは、パソコン部を志望する動機と入ってしたいこと、この二点。
 選考は主にタスクが行った。私たちも最初はチェックしたものの……
 仏頂面な彼は「何を基準にすりゃあいいか分からん」と投げ気味だし、
 フェミニストな彼にいたっては「僕女の子を振り分ける趣味なんかないしタスクに任すよ」と更に投げ気味だし、
 タスクはタスクで「ではその間に、このテキストの課題をマスターして頂けますか、二週間で」とちょっとした課題をふっかけるし。
 それでも私たちは二十頁余の課題を選んだ。
 ふるい落とすことへの恐怖心があったのかもしれない。
 タスク一人に押し付けることにこそ罪悪を感じなくもないのだが、一方、絶えず微笑を浮かべる長谷川祐の胸中は彼にしか分からない。
 さて宮本先生と下田先生を迎え、いざ部員のお披露目ときたものなのだが。

「石井ななみでぇーすぅいまちょープリクラハマっとんのぉーこないださー美白モードで撮ってみてんてー完全鈴木その子でさーあっれ、マッジですげくね? つかもーすぐ三千枚なんよーセンパイさーあまっとんのあったらくれる?」

 ガングロギャルです。
 センター街うろついてそうな感じむしろ私懐かしいです。
 和貴ばりのキンキンですけれど緑川高校は染髪禁止ですよね宮本先生、いいんですか。
 金に近い巻き髪を指先で弄ぶ。コテみたくくるくる巻いてる。流石に手鏡は持っていないけども、
 ……一体何を書類に書いたのだろう……。

「あ。川島(かわしま)です」出番に気づくのに遅れた、プリクラ何枚持ってるか頭のなかでカウントしてたのかもしれない。「川島|秀作(しゅうさく)です。二年です。えとパソコン詳しくないんすけどおれ頑張ります。よろしくお願いします」
 いがぐり頭の彼は、
 言ってもいいですか。

 寿司屋さんです。

 頭にハチマキ巻いたら完璧に板さん。もみあげの短さと剃り残しの青さ加減といい。
 目が合う。細い目を細める人のいい笑顔を返された。へい! らっしゃい! い、……いかんいかんこれでは。

「一年四組の安田|裕幸(ひろゆき)です。よろしくお願いします」

 簡潔に最低限を述べた彼は、部活見学の際に私が応対したので記憶している。
 部活で覚えた操作を駆使したつもりが彼のほうが千倍早くて逆に恥をかいた気分だった。
 タイピング技術で彼が周囲の女の子の注目を引いたわけではなく。
 要するに、かっこいい。
 つり目のややキツい目元が適度にとっつきにくく、レイヤーの入った前髪が散らされてるのがまた似合ってる。JUNON辺りの街頭スナップで捕まりそう、前の学校にこんな感じの子がまさに載っていたのを思い出す。
 凝視するのが私の悪癖であり、
 視線がかち合った。
 綺麗なアーチに整えられた眉が寄る。
 深い皺が刻まれ、……顔ごと逸らされた。

「以上が今年の新入部員です。では、先生方から何かありましたらお願いします」
 タスクがやや身を浮かせ宮本先生のほうを窺うと、

「うむ。部活のことはすべて長谷川に任せきりでおれにはなんも分からん。せいぜいみんなで頑張ってくれ」

 一同ずっこける。

「み。宮本先生それはあの……」本当に椅子から落ちた下田先生が立ち上がると、満足気に宮本先生は肩を揺らす。「私にパソコンの知識はないからな。その方面で頼るんならこちらの下田先生が適任だ。……部長の長谷川から聞いとるやろが」正面を向いて座り直す。「うちの学校にパソコン部は無かったんだ。言うなればきみたちより半年だけ先輩っつうぴっかぴかの二年生や。なにをやろうかってのにおれらは一切口出しはしとらん。データ管理すべきとこがあればしますよ、つって先生たちの仕事手伝うが考案したんも彼らや。おれがしたんがは首を縦に振るか横に振るかだけやったな。ほんでも、……立派にようやれたもんや。いままでに前例の無いことに、ここにおる先輩たちは果敢にトライしている。石井、川島、安田。きみたち新入生も先輩方の姿から学んで、やがては追いぬくことを意識してほしい」
 三人が背筋を正して「はい」と答えた。
 困り笑いをするひとがただ一人、
「……そこまで言われてしまうと僕の言うことがありませんよ」
 がははとまた宮本先生が笑い飛ばした。
 眼鏡の縁に触れ、下田先生は授業をする時の顔へと切り替える。「副顧問の下田です。……知っての通り情報処理の授業を受け持っています。分からないことがあれば何でも聞いてください。授業のこと以外でも部活や学園生活のこと、……何だって構いません。つまらない疑問だともし思えたとしてもそれを持つことが大切です。何故、と疑問を持つ所から科学はスタートしたのですから。……時々皆さんの様子を見に来ます。その時は気軽に話しかけてくださいね」
 緑高の先生のなかでもかなり若い。二十七八歳だろうか。
 いつも淡いグレー系のスーツを着ていて、長身。メタルフレームの眼鏡が似合いだ。女子生徒に最も人気のある先生だと思う。
 下田先生のそんな理知的な微笑を見ていると、……マキも将来こんな感じになるのかなと、他の子とは違う意味でどぎまぎしてしまう。

「宮本先生。下田先生。ありがとうございました」顧問を兼任ということで他の部で似たり寄ったりの行事があるらしく、先生方は足早にパソコンルームを出ていく。
 出ていくのを見送り、タスクは小さく息を吐く。「さて。することが山積みですね。連絡網や名簿の作成。座席決めにIDの取得……」
 楽しげとも憂鬱とも取れるため息だった。
 振り返ると、彼は教壇にせせこましく座る新入部員に気づいて微笑みかけた。
「先ずは席割りを決める所から始めましょう」

 ――新しい座席は。
 私と紗優の間に寿司屋な川島くんで、私の左隣につり目の安田くんとなり。
 私の向かいがマキというのは変わらないけれど、その後彼は和貴との間に座るギャルな石井さんにかかりきりとなり。
 離席率が高くなり、彼を視野に入れられるチャンスが減った。
 帰り道は、川島くんと石井さんとは和貴たちと同じ方向だから校門で別れるけれど、タスクと……やがてはマキと二人きりだった駅までの道が。
 三人となった。
 斜め後ろではなく私は海野在住の安田くんを尾行るように歩いた。

 新しい子たちの入部は嬉しかった。
 野菜室に新鮮な野菜が加わる。新しい空気が持ち込まれ、周囲をリフレッシュする。
 この気持ちのいい空気をみんなが楽しんでるのは分かってたし、タスクの負担もちょっとは減るかなと、ううんしごきに磨きがかかってる節も見られた。
 好奇心に瞳を輝かす子たちに教えるのにもやりがいを感じた。

 一方で。

 マキと過ごせる時間が激減した。
 そのことに対し、苛立ちを感じる自分が存在した。

 私は、彼の、何者でもない。
 大切にしているひとがいるそれは分かっている。恋心を押し付ける腹心など持たない。
 単なる同じ部活の部員で……友達と呼べる親しさなどなくっとも、
 ガラスケースの向こうの決して、この手に触れてはならないまばゆさを眺めているだけの。
 ひとときさえあれば、それで十分だった。

 みんなの前で彼を好きな言動を取ってはならないし。
 唯一、彼と二人になれるときが……すこしは。
 共通項を持つ間柄としてかすかな、素直さを出せる瞬間だった。
 自分だけを見てくれ、話しかけてくれ、たまに笑いかけてくれる。
 その感情が私とは異なる種の仲間意識であっても、
 滅多に顔を出さぬ満月のひかりのように、
 それを浴びれるのがほのかな私の幸せだった。

 ――
 この考えに至る度に私は自分を嫌悪する。
 二面性。二重性。本音と建前。罪と正義。天使と悪魔そして裏の顔を。
 みんなが勉強目的で臨んでるさなかに私は別種のやましさを持ち込んでいる。
 本音の志望動機を書かされれば私は先ずここに居られないことだろう。
 和貴やマキ目当てで入部志望した子たちのほうがよっぽど正直だ。

 好きな人と一緒にいたい。

 こんな、誰にも言えないものを隠し持つ。
 この隠し持つ罪悪を、積極的な他者への親切なりに転換することで解消しているのではないのかと。
 自分さえも疑えるようになった。
 これは例えば、紗優が積極的な好意を表して私が応えていた、そしてすこしずつ彼女に興味を持ち始めた段階とは違う。
 私の意識を変えた要因は、他者の実在だ。
 つまりは、――

 マキに彼女さえいなければ。
 新しく入ってきた子たちさえいなければ。

 いままでどおり、私は彼を好きでいられる。

 ここまで考え至り、自分が恐ろしくなった。
 誰かから私は存在を否定されれば苦痛を感じる。小澤さんのことがなくっともそんなのは分かっている、なのに。

 私はこころのどこかで誰かにそれを強要している。

 だから、どう振る舞えばいいのか分からなくなる。

 彼と。
 彼の関わるところに居る、すべてのひとに対して。

 偽善の仮面を被った、自分の醜さに気づいた私は。

 こんな葛藤など。

 誰にも打ち明けられるはずがなかった。
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