碧の青春【改訂版】

美凪ましろ

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第二十七章 天然というのも罪ですね

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 二月十二日金曜日。
 明日は第二土曜日で学校がお休み……去年と同じだったなあと思いつつ教室へと。
 午前七時二十二分。
 注目を集めるのは気のせいではなく、窓際にたむろしている男子の声が大きくてテンションが高くてこっちまで聞こえてくる。さっと本か教科書だかに目を戻す男子の挙動も不自然だし。
 こういうときに男の子に生まれなくてよかったなあと痛感する。
 貰えるか貰えないかを気にしつつ過ごすのは私の性分では無い。
 コートをロッカーに仕舞いこの日にお約束のピンクの紙袋とかばんとを机に置く。……お隣さんは窓際でバンド仲間とつるまずに静かに本、いや雑誌を読んでいる。そのタイトルは、
「……『snoozer』?」
「うっほわ」鼻の穴が開いた、勢いで長い前髪が揺れた。「びぃっくりさせんといてやぁ都倉さぁん」
 顔にかかるストレートヘアを払いのけ、そして入念にセットされていたヘアスタイルを取り戻そうとする。
「ごめんごめん」
 伊達眼鏡を外し忘れ彼が熟読するのはどうやら音楽雑誌だ。
 試しに和貴みたく間近で驚かしてみたのだがこれまた、私の性に合わない。
 熟読する人間の驚きへの変化は興味深いものがあるが、顔を近づけることへの羞恥が勝る。驚かす側はこの羞恥に耐えうる心性の持ち主なのだろう。
 あるいは、楽しめるという。
 私は紙袋から出した一つを坂田くんに手渡した。「……すごい集中力だったね。はい、これ」
 おおきに、と片手で受け取り坂田くん。「どしたが都倉さん。オレに告白?」
 目を丸くしてる坂田くんがすこし笑えた。「ううん。あのね、バレンタインだから……告白すると義理」
「おあッ」しもた、と広げた雑誌を机に置いた。やっぱり、――
「オレとしたことが、……すっかり忘れとった」
 貰えるかどうか終日気にして過ごすよりかそのほうが気楽だ。
「モテん男ってつく、づく、気の毒やわねー。和貴なんか朝から呼び出されっぱなしなんよ? あんたなんかどーせ本命の一個も貰えんがやろ」
 敵意を含んだこの台詞は私のものではない。
「み、やざわ、さぁあ~んっ!」
 飛び上がって抱きつこうとする坂田くんに裏拳を見舞い、紗優は挨拶もそこそこに「パソコンルーム行かんか」と私に持ちかけた。
「……どうして」
 パソコン部男子のぶんのチョコは私も紗優も用意している。が、朝一でなくともよさそうなのに。
 鼻を押さえてうずくまる坂田くんのダメージのほどを気にしつつ訊くと、
「みんな……つうか」紗優は気まずげに廊下側に視線を逸らし、鼻の頭を親指の爪で引っ掻く。「タスクと安田と川島でな、たまーに部室の片付けをしとるんよ。ほら、学祭やら体育祭やらで紙の資料いっぱい打ち込んどったやろ? あれそのままにしとったもんで、下田先生だけやなくって委員会からもクレーム来たんよ」
 初耳だ。
「……私も手伝わなくていいの」
「タスクがみんなに黙ってろって」紗優が舌を出す。舌苔が目立たず綺麗なピンク色をしている。「安田への引き継ぎ兼ねとるし、マキと真咲は受験本番やったから」
「だってタスクこそ……」難関の国立大の受験生なのに。
「だーからたまにやて。そんな顔せんと」
 もっと心配してるはずの紗優が気丈に振る舞うのに、私が曇らせてどうする。
「……じゃ、差し入れもなんか買ってこうか。飲み物とかいいかもね」
「うんそーしよ!」
「あんのぉーみ、み、宮沢さぁん。オレには」
 オレにはぁ……。
 うめきつつ手を伸ばす哀れな子羊に猫の女神は無視を貫いた。

「誰もおらんね。隣やろか」準備室に続く扉をおもむろに紗優が開けば、途端に、埃が舞い上がる。肉眼で分かる量の。
「うっわ、埃っぽ」
 手を横に振り、紗優が咳き込んだ。私も顔をそむけた。くしゃみが出た。
 八畳もない部屋には床が見えないほど段ボールが山積みで。緑川に来たての私の部屋ばりに悲惨だ。……これでは下田先生が本当に仕事をできない。
「あれ。こんちはー」
「どしたんすか」
 全員がマスクをしているのはホコリ対策でか。
 けだし川島くんの巻くハチマキにはなんの意味があるのだろう。気合を入れるためか。……少なくともこちらの笑いを誘うのに効果的だった。
「じゃ、じゃーん! 差し入れでぇーっすっ!」
 自由の女神みたく紗優が紙袋を掲げた。私と紗優からのチョコと下で買った飲み物入りの。
「あ、……りがとうございます」川島くんはぽりぽりと頬を掻く。安田くんは俯いて顔を赤くする。一方で、
「……休憩にしましょうか」
 お久しぶりですね、宮沢さん、都倉さん。
 と付け足すのも我らが部長はいつもどおりだった。

「あーいぎがえるぅー。ちょー美味いっす」
「よかった」
「宮沢先輩、都倉先輩、ありがとうございます」安田くんは律儀に頭をさげる。
 場所を隣のパソコンルームに移しティータイムにしている。
 本来はこの部屋での飲食は厳禁なのだが、パックの飲み物を頂く程度ならと、部長が臨機に許可をした。ただし、パソコンから離れ、教卓を囲む、立ち飲みのかたちだ。教卓のうえのチョコのひとつに手をかける川島くんをタスクが軽く睨むが彼は気に留めず。板チョコを食べるひと独自の小気味いいリズムが室内に満ちる。
 私が手にするのは紗優と同じくいちご牛乳で、男子三人には麦茶にした。甘いものには甘くないものが合う。……私は、タスクと自分以外の全員が勢い良く飲み終えたのを確かめ、どうやら紗優がタスクになにか話をしている様子を見、意識的に安田くんに話しかけた。「……隣の荷物、あれどこから来たの。すごい量だね」
 積極的な親友の行動を妨げぬよう。
「パソコン部っていろんな団体の文章打ち込んだじゃないですか。打つだけ打ってほったらかしだったんです……どっかの目立たない部の部室や生徒会室の隣にごそっと。年度末ですし、分別しろ捨てるもんは捨てろとお咎めが来ました。……先輩、笑い事じゃないですよ。だって頼んだのは生徒会の連中なんですよ。委員会や部活の打ち込みもやりましたが依頼を受けたのは全部生徒会経由です。なのになんの礼もなく手のひら返したようにこれ仕分けしろ、ですよ。……体の良いパシリ扱いじゃないですか」
 怒るということは、なにかを大切にすることの証。
 パソコン部がそれだけ安田くんにとっての価値を持ったということだ。
「私ね、来週から部活に来れると思う。一緒にパシられに来るよ」
 教卓に手をかけ、なにげなく体重を預けると蹴りそうになり、足を後ろに引っ込めた。
「都倉先輩にそーゆー力仕事はさせられんです」
 後ろで扉の音がする。紗優とタスクが出ていったようだ。
「どうして?」
「……タスク先輩の言いつけっすから」指を舐める川島くんはおそらく気づいていない。
「私も同じパソコン部員なんだから、するべきだよ」
 ……板挟みにさせちゃったかな。
 困り顔で坊主頭を撫でる川島くんを見ていると、なんだか自分が板さんにクレームをつける嫌な客に思えてくる。
「作業は主に三人でしているんだよね」話の力点をずらそうと思い、安田くんを見た。「部活のあいだじゅう石井さんは、なにをしてるの」
「記録係です。段ボールに中身を書いたり……つっても」パックの角を持つ安田くん。歯でストローを噛みつつフラットに畳み、「……意味なくプリクラ貼りだすわ字ぃ書くの馬鹿丁寧でおっそいわで、ぶっちゃけ頭数に入りません」
「同意」川島くんがうんうん頷き、食べ終えた包装を両の手でぐしゃっと丸め、続いてチョコレートマフィンに手をかける。男の子はつくづく、食べるのが早い。
 私なんか牛丼屋に行ったら食べるのが遅すぎて、浮きそうだ。そんな連想が働く。
「でも、体育祭や学園祭のデータを纏めて電子化したんでしょう。ほとんど三人だけで……すごいよね」私も親指でストロー口を押さえつつパックを畳んだ。その親指を舐めようと思ったが、……自粛した。「タスクがパソコン部作ろうって言ったのも、元はといえば体育祭がきっかけだったし」
 ……懐かしいな。
 ふと安田くんと川島くんを見たところ、揃って解せない顔色をしている。
「あれ。知らないんだっけ、タスクが部活を作ったいきさつ」
「知らんです」
「そっか」
「……あの蒔田先輩をタスク先輩がどうやって取り込んだのかに僕は興味がありますね」
 そこは知らないんだ。「安田くん、知ってたっけ。マキの趣味……」指先に目が行く。それだけで安田くんは読み取ったようだ。「勿論です」と勢い込んで返す。「けどですね、中学の時はあんなことしてなかったはずなんですが……」
 安田くんは自分の指先に目を落とす。人差し指と中指とをくっつけては離す。
「なんの話っすか」と川島くん。
「それをネタに先輩がゆすったってことですか。下田先生の前でとか」
「惜しい。宮本先生だよ」
「だーからなんの話っすか」
 私は明かした。
 和貴の、戸倉さんがどうのって言われた話と、マキの、部活に絡む悲しげな表情と、彼の、川島くんの知らない秘密の趣味を除いて。
 ひとが増えることは秘密を増やす。
 打ち明けることがときに接近に繋がる、
 されど守るために私たちは時折隠す。大切なことを。
 そこを外した打ち明け話に、「タスク先輩らしいっすね」と声を立てて笑う川島くんや、「僕宮沢先輩が絵が下手なの前々から気になってたんですよ」と目尻に皺を寄せて語る安田くんを見ていて――

 みんながタスクの意志を継いでくれる。

『学校行事の手伝いや啓蒙活動を通じて、パソコンの扱いに慣れ。情報処理能力を高められればいいのではないかと』
 タスクのしたいことの半分もできたか分からない。人数も、時間も、タスク以外の人間の技術力も不足していた。大会に無縁の文化部であれば三年の五月にもなればひっそり引退するというものなのに、タスクは二年の秋から部活を作り、土台を築いた。
 そんな彼はいまも折を見て後輩の指導にあたる。
 タスク先輩、と慕う彼らを見ていて――
 タスクの蒔いた種が根を張り、いつか地上へと芽を出し、いつか。
 小さくてもいい。花となって咲いて欲しい。
 そう願ってやまなかった。
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