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26-相手の気持ちを確認しましょう。

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「幸成、俺をセフレにしてくれ」
 玄関のドアが閉まるのと同時だった。靴を脱ぐ暇もない。

 やっぱりそうくるか……。
 大悟のセフレになる。その覚悟を決めるために、タクシーに乗ってるあいだずっと、この瞬間をシミュレーションしていた。
 だけど、俺の気持ちがセフレという選択肢を拒んでいるせいか、どうしても大悟とセフレという単語が繋がらなくて、違和感ばかりが残ってしまった。

「なあ、大悟。セフレってなんのことかわかって言ってる? その言葉、誰から聞いた?」
 もし、大悟がこんなことを言い出した原因が、大悟に無理やり跨った俺にあるというのなら、甘んじてそのポジションに収まろう。

 でも、あのとき俺はひと言も『セフレ』とは言わなかったはずだ。奥手で知識も経験もないはずの大悟は、どこでこんな言葉を仕入れてきたんだ?


「…………」
 俺の問いかけに、あからさまに不機嫌な空気を漂わせた大悟は、ムスリと黙り込み口を開こうとしない。
「言えないのか?」
「言いたくない」
「それは、俺には言いたくない。知られたくないってこと?」

 もしそうだとしたら、ちょっと哀しい。大悟にずっと隠し事をしてきた(つもりの)俺がそんな風に感じる資格なんてないんだろうけど、大悟のプラスな感情もマイナスな感情も、大悟のことならなんだって知りたいのに。

「違う。思い出したくない。口にしたくないってことだ」
 え、それって、どういうことだ?
「……言わないとダメか?」
 大悟の瞳に深い苦悩が浮かんでいる。そこまで大悟が嫌がることだなんて、いったいなんなんだ? 

「無理にとは言わない。でも正直、すっごく気になる」
 俺がいまの心情を素直に添えると、大悟がさらにムスッとしながら考え込みはじめた。


 病院でも思ったけど、大悟はこの数日でかなり変わった。
 昨日、今日と、会社の接待に回っていたと言っていた。吉沢さんの態度から察するに、大悟への信頼は篤そうだ。ということは、得意先の相手も上手にこなしたんだろう。

 大悟は、まったく話せないわけではないんだ。もともと頭はいいし、言葉だってたくさん持ってる。
 ただ、自分の言葉を口にすることに抵抗があるのと、自分の感情を押し殺すことに、悲しくなるほど慣れ過ぎてる。

 接待での成功に自信を得て、俺の小言がきっかけになったんだろうか。大悟は、言葉を呑み込まずに口にするようになった。父親に言い返せたことで、きっとさらに大悟の言葉は自由になるだろう。

 言葉だけじゃない。大悟の感情も表面に出やすくなったように思う。
 これまでは、自分の感情なんて最初からなかったとでも言いたげに無視して押し隠してきた大悟だったけど、いまの大悟はとても感情豊かだ。
 嫌だと思えば抵抗し、欲しいと思えば手を伸ばす。

 『後悔するのは嫌だ』と言っていたから、意識してそうしているのかもしれない。だから『セフレに』なんてことも言い出したんだろうか。

 ん? 待てよ?
 大悟が言葉を諦めなくなったのは、確かに俺の小言がきっかけだった。
 でも、大悟の感情表現が豊かになったのは、もっと前からだっただろ。俺とセックスをした土曜の夜にも、いつになく大悟の感情が豊かだと感じていたじゃないか。

 自分の感情を感情として、無視することなく大悟が拾い始めたきっかけは、なんだったんだろう?


 俺がそうして考え込んでいると、頭上からぼそりと大悟のつぶやきが聞こえてきた。でも、よほど言いたくないのか、声が小さすぎて聞き取れない。
「え……なんて? もう一回」
「田崎、先輩……」

 げっ。
 そうだった。あのやろう、大悟に何か言ったんだよな? 確か『村谷をもらう前に一応断っとこうと思って』って。いったい何をどう断ったんだ?

「先輩が、幸成をセフレにするけどいいか、って」
 …………ダイレクトだな、おい。
「前に、幸成と寝たこともあるって」
 ああ、一度だけな。もう二度とないがな。
「可愛く喘ぐのが堪らないって」
 抹殺! 完全犯罪なんてどうでもいい。田崎は、即、抹殺で決定だっ!

 頭に血がのぼりすぎて目眩までしてきた。くらりと揺れた視界に目を閉じて、背後の壁に寄りかかる。
 そういえば、俺たちはどこでなんの話をしてるんだよ。まだ玄関で、靴も履いたままなのに、セフレだの、喘ぐだの。マジで頭が痛くなってくる。


「幸成が可愛く喘ぐってどんなだろうって考えた。でも、わからなかった」
 複雑だ。大悟にそんなことを考えられてたなんて。
「だから調べた。男同士のやり方を。ネットで」
 ああ、そうかっ。猥談する相手がいなくたって、いまどきはネットで調べりゃいくらでも情報が手に入る世の中だった。

「幸成が男と寝てることはなんとなくわかってた。でも実際にどんなことしてるのかは、調べて初めて知ったんだ」
 そう言いながら、大悟はひどく思い詰めたような顔をする。

 やっぱり知られてたんだな。俺の男好きのことも、男とやってることも。
 でも、これまでは『なんとなく』だったんだ。ネット情報で具体的に知ったとき、大悟はショックを受けたんじゃないだろうか。親友がこんなことしてるなんて、って。


 まさか、そんなショックが、大悟の感情表現に影響を与えたなんてことはないだろうな?

 大悟の感情が解放されるようになったのは、いいことだと思う。だけど、自分でもその存在に気づけないほど押し込めることが習いになってた感情だ。それが露わになるなんて、生半可な変化じゃない。

 もし、親友の爛れた性生活を知ってしまったことが、その変化のきっかけだったとしたら、大悟はどれほどショックを受けたんだろう。ショックと同時に、俺への嫌悪感も湧いたんじゃないだろうか。

 そんな『もし』の想像に、胃の裏あたりがひやりと冷たくなっていく。
 いや、違うだろ。ちゃんと思い出せよ。

 土曜の夜、大悟は跨る俺を拒絶せずに抱いてくれた。さらには、仕事で疲れていても写メをくれ、親父さんと対峙したときは俺の励ましも受け取ってくれたじゃないか。
 何よりも、俺をセフレにしようとしてるんだ。少なくとも嫌われてはないはずだ。


 とりあえず、まずは情報収集だ。大悟がどうして俺をセフレにしたがるのか。それを知らないことには、俺も先には進めない。

「それ、いつの話だ?」
「先輩に宣言されたのは先週の水曜日だ」
「ネットで調べたのは?」
「水曜と、木曜と、金曜の夜に」
 三晩もネットで調べりゃ、知識だけはエキスパートか。

 え、あれ、ってことは?
「おまえっ、知っててやったな!? 『駅弁』!」
「え、ああ、うん。便利だと思ったんだけど」
 と、濁した言葉に続けて、ごめんと謝られた。幸成があんなにへばるとは思ってなかったと、かなり反省している様子だ。

 知ってはいても、結局狙ってした訳じゃなかったってことか。それにしても、こいつ。駅弁を『ハメたまま歩けて便利』だなんて、どこまで天然なんだよ。

「木曜と金曜はランチ一緒だったじゃん。おまえいつもと変わらなかったよな?」
「ああ、ポーカーフェイスは得意だから」
 そういう問題か? 少なくとも、隠せる程度のショックで済んだってことかな?
 俺のせいで大きなショックを受けたんじゃないなら、それに越したことはないけど。

「頭のなかは、幸成のことでいっぱいだった。どんなふうに喘ぐんだろうって」
 ショックなし!? 順応性高すぎだろっ!


 大悟の思考に羞恥を感じつつも、大悟をここまで変えたのが親友への嫌悪じゃなかったことにホッとした。
 でもじゃあ、大悟が自分の感情を知覚し、表現できるようになったきっかけって、なんだろう?

「田崎先輩には渡したくない。ほかのどんな男にも……幸成のセフレには俺がなる」
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