恋人の望みを叶える方法

藍栖 萌菜香

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03 約束をしましょう。

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 幸成をセックスに夢中にさせたい。日向の存在なんか忘れさせたい。
 そんな想いで始めたキスは、すぐに深くなっていった。

 それが、いつもより息継ぎの多いキスになったのは、俺の方こそ日向を意識している証拠なのかもしれない。互いを求めあって舌を伸ばす様を日向に見せつけたい。幸成は俺のものだと知らしめたい。たぶんそんな意識が働いてるんだ。

「大悟……だいご……」
 そんな尖った意識が、キスの合間に俺を呼ぶ幸成の声に宥められていく。
 そうだ。幸成がどれだけ日向を思いやっていても、いつもなら弱音を吐く羞恥に自ら挑んだのだとしても、幸成の欲に応えられるのは俺だけだ。
 その期待だけは裏切れない。しっかりしろ、俺。


 キスをしながら幸成の頬から首、そのまま胸へと手のひらを滑らせる。途中途中で、幸成の弱い箇所に指先を踊らせるのも忘れない。
 いまなお研究中だが、幸成の弱点はよく知っているつもりだ。幸成は性感帯が多いうえに、感度もいい。そして、乳首は最も弱いポイントのひとつだ。

 ガウンの胸元を割り、片手を差し込む。いつもより強い鼓動を手のひらに感じながら手を滑らせると、目的の場所に辿り着く前に幸成の手に捕まった。
「ゆきなり?」
 指先を握りしめられて、キスを解き軽く身を起こすと、眉尻をさげた困り顔の幸成がそこにいた。
「……だめ」
 日向に聞かせたくないのか、ごくごく小さな囁き声だ。
「だめ?」
「そこは……今日はナシにして」
 恥ずかしそうに頬を染めながら、顎を引いた上目遣いでそんなお願いをされた。その可愛らしさにクラリと眩暈を感じつつ、少しだけホッとする。
 日向のためにという意気込みも、やはり幸成の羞恥心までは凌駕できなかったらしい。


 幸成は、乳首が本当に弱い。以前セックス中に、「幸成の乳首を開発したのは誰だ」と問い質したときには、かなり渋られたが「アナニーを覚えるよりも前に自分で弄ってた」と白状してくれた。自分のペニスに触れるのが苦手だった思春期の幸成は、自然と別の場所へと性感を求めたらしい。

 触れられれば途端に乱れてしまうほど乳首が好きなのに、それを人に知られることは、どうしても抵抗があるようだ。俺に知られるのも、ずいぶんと恥ずかしかったらしい。

 幸成が自分のペニスが苦手だというその理由は、ほかの男のペニスをつい連想してしまい、やはり自分はゲイなのだと自覚を深くしてしまうからだと、以前教えてくれた。だからといって、乳首を自己開発してしまったのでは、人とは違うという特殊性から無事に逃げおおせたとは言い難いんだが……。

 幸成がそんな弱みをひた隠しにしたくなる気持ちもわからなくはない。
 でも、俺はすでにそのことを知っているし、いつもなら「舐めて、齧って」と可愛くお願いしてくれるのに、いまは乳首に触れないでくれということは、日向の存在が幸成に大きな影響を与えているということにほかならない。

 ……気に入らないな。
 という不満はポーカーフェイスの下に押し隠して、
「『愛しあう恋人同士のセックスを日向に見せたい』んじゃなかったのか?」
 と、聞いてやる。
 すると、『愛しあう』というフレーズをやや強調した俺の物言いに、幸成がハッと息を吸い込んだ。


 詳しくは知らないが、日向はセックスに抵抗があるらしい。そのせいで田崎も手を出しあぐねているようだった。

 おそらくは、幼い頃に性的なトラウマを植えつけられるような経験をしたんじゃないだろうか。衝撃的なシーンを目撃してしまったか、あるいは、実際に体験させられてしまったか……。
 実体験のほうではないことを切に願うが、日向の容姿を見る限り、日向自身が性的被害者になってしまった可能性は高いように思った。

 日向は小さい。身長もだが、頭も手足も、何もかもが小ぶりにできていて、外見だけなら中学生と言われても信じてしまいそうな体格をしている。それだけでも幼い印象を与えてしまうのに、くりくりとした大きな目とふわふわの猫っ毛がいっそう彼を幼く見せていた。
 大学一年生のいまでさえコレなんだ。幼少期の日向など、どれだけ愛らしかったかは想像に難くない。そう考えれば、幸成が「天使ちゃん」と呼びたくなる気持ちもわからなくはなかった。

 人よりずっと小柄な日向は、コミュニケーション能力だけは年相応以上に高いようだ。いつも多くの友人に囲まれ、楽しそうにしている。
 でもそれは、きっと彼の自己防衛本能のなせる業なんだろう。そうして多くのサポーターを侍らせて、ガードを固めているようにしか見えなかった。

 しかし、なんの力も持たない幼少期の彼はそうもいかなかったに違いない。保護者の目さえ盗めば、簡単に悪い大人の餌食にできたはずだ。


 想像した内容の卑劣さに、知らず背筋がゾッとする。この想像がおおかた間違っていないことは、ふるりと震えた幸成のつらそうな表情で察しがついてしまった。

 掴まれた指をそのままに、幸成の上に身を伏せて強張る身体を片腕で抱きしめる。その耳元に、幸成にだけ聞こえるよう、ひとつのルールを吐息にのせて吹き込んだ。

「『いやだ』『だめだ』は言わないこと」
 幸成は、それを身動ぎもせず聞いていた。
 『イヤならイヤだとちゃんと言うこと』と、いつもなら自分の気持ちに素直になることをよしとしている俺たちだったが、今回だけはそうもいかない。

「俺は、ゆきなりが気持ちいいことしかしない。いつもそうだろ?」
 こんなことは約束するまでもなかった。恥ずかしすぎる、気持ちよすぎてつらい、なんてことはあっても、幸成の限界を越えるほどの痛みや嫌悪を与えたことは、一度だってないんだから。


「日向に見せるのは『愛しあう幸成と俺』だ。愛する人とのセックスがどれだけ気持ちいいものか教えてやろう」
 いいな、と改めて確認すると、頬に触れる幸成のやわらかな髪がふさりと縦に揺れた。
 同時に、握りしめられていた指先がゆるりと解放されていく。

 幸成の滑らかな肌の上を、自由になった手でふたたび撫でた。まだそこに触れてもいないのに、期待から仰け反っていく背中がきれいに撓る。それを背後にまわしてあった腕で支えてやりながら幸成の横へと移動した。これで、俺の片手はいっそう自由だ。

 見れば肌蹴たガウンから、可愛い乳首が覗いている。それはまだ、色もほんのりと淡く慎ましいのに、触れてほしがって、しっかりと勃起していた。
 その様子を認めた途端、俺はまるで吸い寄せられるように身を伏せて、舌先を伸ばしていた。
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