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02 やさしく語りかけましょう。

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 隠れていたアナルにシルク越しの指先が触れる。わずかに膨らんだそこをそろりと撫でたら、緊張からか少し汗ばんでいたアナルにシルクがひたりと貼りついた。
「あ、あっ、」
 細切れにあがる小さな喘ぎは、ほとんどの音を枕に吸われてしまいくぐもっている。そのことを残念に思いながら、指はまだじっと、動かさない。
 すると、触れるだけの俺の指を振り払いたいのか、それともその指に押しつけたいのか、幸成の細い腰が上下左右に不自然な動きを繰り返しはじめた。

 うつ伏せた幸成の横に肘をついたままで、可愛いダンス越しに日向を見ると、真っ赤な顔をして膝に押しあてたこぶしをぎゅっと握りしめている。その視線は幸成の上をあちこちとさまよって忙しない。きっと、どこを見ていればいいのか、それとも見ちゃいけないのか、混乱しているんだろう。

 日向が幸成を見なければ意味がない。そのためにコイツはここにいるんだから。
 頭ではそうとわかっていても、腹の底ではジリッと何が焦げていた。

 幸成の過去に男がいることは仕方がない。考えだせば脳は煮えるが、結局は幸成の悩みを知りつつもどうすることもできなかった過去の自分に腹が立つだけだ。
 でも、現在と未来の幸成は、誰にも譲らない。全部俺のものにする。幸成の相手が俺でもいいんだとわかったときに、そう決めたんだ。

 なのに、日向に幸成を見せなきゃならないなんて……。


 きゅっと、指先をやわらかな肉に食いしめられて、ハッとした。慌てて日向から幸成へと視線を戻す。
 ヤバかった。あのまま日向を見ていたら、視線にも指先にも、よけいな力が入ってしまうところだった。

 いつのまにか幸成の腰の動きはとまっていた。枕をキツく抱きしめ、尻に力を込めて俺の指を封じている。
 こんなことは無駄な抵抗だと、している本人もわかってるんだとは思う。だがまさか、こうした反応すべてが可愛く見えてしまう俺を喜ばせているとまでは、思っていないだろう。

「なあ、ゆきなり。キスしたい」
 幸成のうなじに顔を埋めてそう囁くと、吸気に混ざって甘い香りが鼻をくすぐった。
 幸成の体臭は、不思議と甘い。何をつけているわけでもないから、実際に甘いのか、甘いような気がするだけなのかは不明だが、いつまでも嗅いでいたいいい香りだった。

 そうしてうっとりと香りを楽しみながら、「ここにしていいか?」と、柔肉のあいだでそっと爪先を立て、シルクの上からカリリとアナルをひっかいた。
 するとたちまち、
「ひあッ、大悟ぉっ」
 と、悲鳴にも近いギブアップとともに、幸成が上体を捻って上を向く。
 想定内のその動きに合わせて指を抜き、すかさず幸成の上に覆い被さった。ベッドに両腕を着き、そのあいだに幸成を閉じ込める。そうしてやっと見ることの叶った愛しい顔を、沁々と見おろした。


 幸成を見ているだけで、ゆるゆると顔がゆるんでいく。
 以前はこんな表情で見つめることは叶わなかったけど、いまは幸成への気持ちを隠す必要もない。俺が笑えば幸成が喜ぶと知っているから、ゆるんでいく頬をとめる気は起きなかった。
 たとえ幸成が(なんてことをしてくれるんだ)とでも言いたげに、早くも涙の滲んだ瞳で俺を睨んできていてもだ。

 それでもやはり、そう長くは睨んでいられなかったようで、幸成は俺を見あげたまま視線から力を抜いて、瞳をさらに潤ませまた。次いで、とても困ったような、もしくは悔しそうな……そんな顔になる。
 もしかして意地悪しすぎただろうか?

 さっき日向が教えてほしいと言った通り、日向にとって幸成は、同級生でありながらネコとしての先輩にあたる。さっきもバスルームに二人で籠って、事前準備についての講義をしていたようだった。
 幸成は、そんな相手を前にセックスをして、乱れてみせようとしてるんだ。もしかすると羞恥だけじゃなく、先輩としてのプライドとも葛藤しているのかもしれない。


「ゆきなり、どこにキスしてほしい?」
 ことさらやさしい声音で囁いた。途端に幸成の固い表情がふにゃりと崩れる。

 幸成はどうやら俺の声が好きらしい。
 そのことに気づいたのは、恋人として付き合い始めてしばらくたってからのことだった。セックスの最中に幸成があまりの羞恥に動けなくなったときや、お泊りコースをねだるときに、こうした声音を駆使すると思った通りの反応が得られることがあったんだ。

 以来、幸成のことが心配でならないからと、俺の要望を訴えるときなどにも応用している。
 だがいまは、幸成の気持ちを宥めてやりたい……ただそれだけだった。


 けれど、やわらかに崩れたはずの幸成の表情は、すぐにくしゃりと歪んでしまった。
 その変化に驚きながら見入っていると、戦慄く唇が声を紡ごうとゆっくり動きだす。
「大悟……」
 喉を引き絞ったような震え声だった。
 そこまで緊張してるのか、幸成。

 いまは、「大悟としかしたくない」、「アナニーも悦くなくなってしまった」と、貞淑ぶりを見せるようになったが、もともとは男漁りをするほど性に対して奔放だった。そんな幸成が、人前でセックスすることに抵抗があったとしても、相手は俺だ。ここまで抵抗を示すとは予想外だった。

 肘を折り幸成との距離を詰めながら、そっと髪を撫でる。すると幸成は、ふたたびふわりと脱力し、目を閉じたままじっと動かなくなった。
 まるで、そうして心を鎮め、葛藤を丸呑みするための準備でもしているみたいだ。

 そんなにキツいなら、やめにするか?
 俺の目論みなんて、どうでもいいよ。幸成がつらい思いをするくらいなら、そんなものは諦める。
 俺が知る以上に事情持ちらしい日向には悪いが、今回の公開セックスはとりあえずなしだ。


 そうして、中止の提言をしようと、幸成の頬に手を寄せようとしたときだった。
 幸成がふいっと横を向き、日向と視線を交わした。その視線は、目を閉じる前とは違い、強い光を放っている。
 一方、日向は、その視線を戸惑いながらも受け止めていた。顔には「ごめんなさい」と「お願いします」がびっしりと書かれているようにも見える。

 しばらくのあいだ、二人は静かに見つめ合っていた。その間、幸成の頬に届くことのなかった俺の手は、宙ぶらりんのまま行くあてもない。
 幸成の身体に触れて、一度は冷え固まった焦げ痕が、ゆらりと黒い煙を吐いた。そのことを、ヤバい、マズいとは思うものの、幸成はまだ俺を見ない。

 ジリジリと熱をあげてく腹の底を持て余しかけた頃、ようやく幸成がこちらを向いた。
 いや、実際にはそんなに長くはなかったかも知れないが……やっと俺と合ったその視線は、その奥に痛みか何かを潜めながらも、強い決意に満ちていた。
「はじめよう。大悟」
 声ももう震えてはいない。

 喜べ。ここは喜ぶところだ。
 なのに、
「キスして、大悟……」
 そう言って、俺の首へと腕を回してきた幸成が、少しだけせつなそうな顔を見せるから……。

 そうまでして、日向のために?

 俺は、ブスブスと腹が焦げつく音を聞きながら、幸成のやわらかな唇に咬みつくようなキスを贈った。
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