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01 なんでいっしょに!?
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ちゃぷん、ちゃぷ、と……水面に波の立つ音がする。
ふわふわと心地のいい感覚にたゆたいながら、僕はその安心感に身を任せていた。
身体がだるい。でも、気持ちのいいだるさだ。このだるさには覚えがあった。キングと抱き合ったあとがいつもこんな感じだ。
そうだ……そうだった。
今日は、キングの姉のメアリーと彼女の子どもたちがバカンスを終えて、自宅へと帰るのを見送ったんだ。それで、途端に寂しくなってしまった僕を、キングがいろいろと慰めてくれたんだった。
メアリーたちを見送ったあと、空港のモールで本屋へ寄って、ケント先生から頼まれてた新しいテキストを一緒に探して買った。途中、人魚をテーマにした画集を見つけて、「まだ先の話だけど」と、ニーナたちのクリスマスプレゼント用に買い込んだ。
帰り道の途中では、屋台で美味しいジェラートを分け合って食べた。「少し遠いけど」と、キングが通っていた高校のそばのジェラート屋さんにも連れて行ってもらう約束をした。
ジャックとの散歩ではフリスビーを教えてもらった。ジャックも僕も大はしゃぎしてちょっと疲れてしまったけど、とても楽しかった。
そのあと、夕食を作ってくれるアンナをふたりで手伝って、夕食のあとにはシアタールームでイルカの出てくる映画を一緒に見たんだ。
でも、僕が映画を見ているあいだ、キングはずっと僕を見ていた。『この映画はもう何度も見たんだ。いまはベリルを見ていたい』と言って。
それから……映画が終わると同時にベッドへと運ばれた。
『ルークやニーナたちのかわりにはなれないけど……俺がいるから』
『しあわせにする。約束だ。きっと必ず』
『あんな映画、見せるんじゃなかった。そばにいてくれ、ベリル。もうどこにもいかないでくれ』
激しく揺さぶられながら耳にしたキングの声は、聴いてるだけでとてもせつなくなった。
そのときは、膨れあがる快感に翻弄されて思うように言葉を紡げなかったけど、それでも僕の中にあるありったけの愛を、唇で、指先で、キングの肌へと囁き続けた。
起きたらちゃんと伝えよう。
大丈夫だよ、キング。心配しないで。僕はずっといる。キングのそばにずっと。
たとえ出ていけと言われたって居座ってやる。僕はキングのいない世界じゃきっと息もできない。童話の『人魚姫』じゃないけど、キングのそばに居なければ、僕は泡みたいに空っぽになって、ぱちんと壊れてしまうから。
だから、僕のほうこそお願い。ずっと一緒にいてよ、キング。
それから、僕も約束する。キングをきっとしあわせにする。僕みたいな出来損ないには無理かもしれないけど、しあわせにできるよう最大限の努力をずっとずっとし続けるから。
心配なんかしないでいい。不安になんてならなくていい。そんな顔はやめて。いつもみたいにカッコよく笑ってよ、キング。
ねえ、笑って、
「……キング」
「ん、ベリル? 目が覚めたのか?」
耳のすぐうしろから聞こえたその声に驚いた。ついで、パチリとひらけた視界の隅で跳ねた湯気を含んだ水面にも。
「ッッッ! やっ、やだっ!」
慌てて身体を捻ったせいで、銀色の尾びれが浴槽のお湯をバサリと薙いだ。弾かれたお湯が大きなアーチを描いて、洗い場の向こうの壁まで飛んでいく。
どうしよう。お風呂のお湯が、ごっそり減ってしまった。これじゃ、人魚の尻尾を隠せない。
「ベリル。落ち着け。大丈夫だから」
背後からまわされた長い腕でぎゅっと抱きしめられたけど、ライトで照らされた明るい浴室に、逃げ場のないバスタブの中、澄んだ湯から半分ほどはみ出てる銀の尾びれの、どこにも大丈夫だと思える要素なんてない。
「やだやだっ。見ないで、キングッ」
暴れれば暴れるほどお湯が減っていく。そうとわかってても、できるだけキングの視界から尻尾を遠ざけたかった。
「ベーリル?」
ふたたび、わずかに苦笑いを含んだ声で窺うように呼ばれた。そのやさしい響きに動きをとめる。もとより、どんなに慌てたところで、こんなところに大きな尻尾を隠す場所なんてあるわけがなかったんだ。
僕は、おばあさまにもらった薬で人間になった人魚だ。研究途中だったその薬は未完成で、僕は水に濡れると人魚に戻ってしまう。
キングは「いまのままのベリルがいい」と言ってくれるけど、やっぱり役立たずな人魚姿を見られるのは恥ずかしかった。
人魚にオスは生まれない。
僕が生まれ育った人魚の里では、数百年ものあいだオスは生まれてこなかった。人魚岩がメスに授けてくれる赤ちゃん人魚の数も減る一方で、人魚の一族は絶滅の危機に瀕していた。だから、赤ちゃん人魚を授かれる繁殖期のメスはとても貴重で、人魚岩さえあればオスは不要だったんだ。
そんな人魚の里で、僕はオスとして生まれた。
人魚岩が寿命を迎えて一族に未来がないと思われたとき、里のみんなは不要者として育ったオスの僕を必要としてくれたけど、僕はみんなの期待には応えられなかった。
僕の心と身体が、メス人魚との交尾を受け付けなかったんだ。そのときすでにキングと出会っていた僕は、彼を愛していたから。
人魚岩があろうがなかろうが、人魚の僕は役立たずの不要品でしかない。キングがどんなに人魚の僕を愛してくれていても、僕はそんな自分を誇れないでいる。
だから、できることならキングにこの姿は見られたくないのに。
「……なんで?」
なんで、キングと僕が一緒にお風呂に入ってるの?
ここはキングの屋敷のメインバスルームだ。数人が一度に入浴できるような大きさで、洗い場の中央にある半分ほど埋め込まれた円形のバスタブもかなりのサイズだ。
キングと想いが通じあってから、何度か一緒に入ろうと誘われた場所でもあった。でも、僕はそのたびに嫌だと断っていたのに……。
「ベリルをきれいにしてやりたかったんだ。よく寝てたから、大丈夫だと思ったんだけど」
起きちまったな、と小さくつぶやいたキングが、バスタブ横のパネルを操作した。ゴポポポと音を立てながら少なくなったお湯がその嵩を増していく。透明なお湯じゃまったく隠せていないけど、それでも尻尾が水面下にあるだけでいくらかホッとした。
「じつを言うと、これまでにも何回か、一緒に入ってるんだぞ」
「えぇっ!?」
初耳だっ。いつの話? まったく身に覚えがない。
「ベリルは熟睡してたからな」
ということは、たぶん抱き合ったあとだ。
たくさん愛されたあとは、たいてい疲れ果てて寝入ってしまう。ときどきは極まりすぎて、まだ最中だというのに前後不覚になることもあった。そんなときには何をどうしても目を覚まさないらしいから、きっとそのときだろう。
そういえば、目が覚めたときにはたいてい肌が清められていた。てっきりきれいに拭いてくれたんだとばかり思っていたけど、そういうことだったのか。
「ベリルは覚えてなくても、俺はしっかり覚えてる。ベリルの尻尾の肌触りも、銀の鱗の輝きも、尾びれの繊細な美しさも。人魚に変身する様子から人間に戻る様子までじっくりとな」
だから、僕が恥ずかしいと騒いだところでいまさらだと言いたいんだろう。
でも……。
「まだダメか? 俺に人魚姿を見られたくない?」
キングの声が浴室に悲しげに響いて、慌てて背後を振り返る。見れば、やっぱりキングは、切なげな表情をしていた。
こんな顔をさせたくないと思っていたはずなのに、僕がさせてるなんて。
「ごめんなさい。キングを拒みたいわけじゃないんだ。けど」
「わかってる。ベリルは俺を愛してる。それはちゃんとわかってるから」
緩められていた腕の中でまた抱き寄せられて、そのまま唇を寄せられる。人魚姿のままでのキスに一瞬だけ怯んだけど、こうしてキングの視界を塞いでしまえばキングから尻尾を隠すことができると気がついた。
うん、これはいいアイデアだ。
キングの首に抱きついて、キングの唇を塞ぐ。こんな僕でごめんね。それでもキングを愛してる。そんな想いを込めながら丁寧に唇に触れた。
キスは好きだ。もしかしたらキングとの交尾よりも好きかもしれない。
キングとの交尾は、気持ちよすぎてつらいことが間々あった。力が入りすぎてガクガクと痙攣したり、逆にまったく力が入らなくて頼りなくなったり、キングがくれる刺激と自分の反応に翻弄されて、いつもわけがわからなくなる。
でもキスは違う。キングとくっついて唇をついばみ合うだけでも気持ちが満たされた。互いが互いを想い合ってることが触れてるそこから伝わってきて、一緒にいてもいいんだと実感できる。
でも、たいていの場合、キスだけでは終わらなかった。
ふわふわと心地のいい感覚にたゆたいながら、僕はその安心感に身を任せていた。
身体がだるい。でも、気持ちのいいだるさだ。このだるさには覚えがあった。キングと抱き合ったあとがいつもこんな感じだ。
そうだ……そうだった。
今日は、キングの姉のメアリーと彼女の子どもたちがバカンスを終えて、自宅へと帰るのを見送ったんだ。それで、途端に寂しくなってしまった僕を、キングがいろいろと慰めてくれたんだった。
メアリーたちを見送ったあと、空港のモールで本屋へ寄って、ケント先生から頼まれてた新しいテキストを一緒に探して買った。途中、人魚をテーマにした画集を見つけて、「まだ先の話だけど」と、ニーナたちのクリスマスプレゼント用に買い込んだ。
帰り道の途中では、屋台で美味しいジェラートを分け合って食べた。「少し遠いけど」と、キングが通っていた高校のそばのジェラート屋さんにも連れて行ってもらう約束をした。
ジャックとの散歩ではフリスビーを教えてもらった。ジャックも僕も大はしゃぎしてちょっと疲れてしまったけど、とても楽しかった。
そのあと、夕食を作ってくれるアンナをふたりで手伝って、夕食のあとにはシアタールームでイルカの出てくる映画を一緒に見たんだ。
でも、僕が映画を見ているあいだ、キングはずっと僕を見ていた。『この映画はもう何度も見たんだ。いまはベリルを見ていたい』と言って。
それから……映画が終わると同時にベッドへと運ばれた。
『ルークやニーナたちのかわりにはなれないけど……俺がいるから』
『しあわせにする。約束だ。きっと必ず』
『あんな映画、見せるんじゃなかった。そばにいてくれ、ベリル。もうどこにもいかないでくれ』
激しく揺さぶられながら耳にしたキングの声は、聴いてるだけでとてもせつなくなった。
そのときは、膨れあがる快感に翻弄されて思うように言葉を紡げなかったけど、それでも僕の中にあるありったけの愛を、唇で、指先で、キングの肌へと囁き続けた。
起きたらちゃんと伝えよう。
大丈夫だよ、キング。心配しないで。僕はずっといる。キングのそばにずっと。
たとえ出ていけと言われたって居座ってやる。僕はキングのいない世界じゃきっと息もできない。童話の『人魚姫』じゃないけど、キングのそばに居なければ、僕は泡みたいに空っぽになって、ぱちんと壊れてしまうから。
だから、僕のほうこそお願い。ずっと一緒にいてよ、キング。
それから、僕も約束する。キングをきっとしあわせにする。僕みたいな出来損ないには無理かもしれないけど、しあわせにできるよう最大限の努力をずっとずっとし続けるから。
心配なんかしないでいい。不安になんてならなくていい。そんな顔はやめて。いつもみたいにカッコよく笑ってよ、キング。
ねえ、笑って、
「……キング」
「ん、ベリル? 目が覚めたのか?」
耳のすぐうしろから聞こえたその声に驚いた。ついで、パチリとひらけた視界の隅で跳ねた湯気を含んだ水面にも。
「ッッッ! やっ、やだっ!」
慌てて身体を捻ったせいで、銀色の尾びれが浴槽のお湯をバサリと薙いだ。弾かれたお湯が大きなアーチを描いて、洗い場の向こうの壁まで飛んでいく。
どうしよう。お風呂のお湯が、ごっそり減ってしまった。これじゃ、人魚の尻尾を隠せない。
「ベリル。落ち着け。大丈夫だから」
背後からまわされた長い腕でぎゅっと抱きしめられたけど、ライトで照らされた明るい浴室に、逃げ場のないバスタブの中、澄んだ湯から半分ほどはみ出てる銀の尾びれの、どこにも大丈夫だと思える要素なんてない。
「やだやだっ。見ないで、キングッ」
暴れれば暴れるほどお湯が減っていく。そうとわかってても、できるだけキングの視界から尻尾を遠ざけたかった。
「ベーリル?」
ふたたび、わずかに苦笑いを含んだ声で窺うように呼ばれた。そのやさしい響きに動きをとめる。もとより、どんなに慌てたところで、こんなところに大きな尻尾を隠す場所なんてあるわけがなかったんだ。
僕は、おばあさまにもらった薬で人間になった人魚だ。研究途中だったその薬は未完成で、僕は水に濡れると人魚に戻ってしまう。
キングは「いまのままのベリルがいい」と言ってくれるけど、やっぱり役立たずな人魚姿を見られるのは恥ずかしかった。
人魚にオスは生まれない。
僕が生まれ育った人魚の里では、数百年ものあいだオスは生まれてこなかった。人魚岩がメスに授けてくれる赤ちゃん人魚の数も減る一方で、人魚の一族は絶滅の危機に瀕していた。だから、赤ちゃん人魚を授かれる繁殖期のメスはとても貴重で、人魚岩さえあればオスは不要だったんだ。
そんな人魚の里で、僕はオスとして生まれた。
人魚岩が寿命を迎えて一族に未来がないと思われたとき、里のみんなは不要者として育ったオスの僕を必要としてくれたけど、僕はみんなの期待には応えられなかった。
僕の心と身体が、メス人魚との交尾を受け付けなかったんだ。そのときすでにキングと出会っていた僕は、彼を愛していたから。
人魚岩があろうがなかろうが、人魚の僕は役立たずの不要品でしかない。キングがどんなに人魚の僕を愛してくれていても、僕はそんな自分を誇れないでいる。
だから、できることならキングにこの姿は見られたくないのに。
「……なんで?」
なんで、キングと僕が一緒にお風呂に入ってるの?
ここはキングの屋敷のメインバスルームだ。数人が一度に入浴できるような大きさで、洗い場の中央にある半分ほど埋め込まれた円形のバスタブもかなりのサイズだ。
キングと想いが通じあってから、何度か一緒に入ろうと誘われた場所でもあった。でも、僕はそのたびに嫌だと断っていたのに……。
「ベリルをきれいにしてやりたかったんだ。よく寝てたから、大丈夫だと思ったんだけど」
起きちまったな、と小さくつぶやいたキングが、バスタブ横のパネルを操作した。ゴポポポと音を立てながら少なくなったお湯がその嵩を増していく。透明なお湯じゃまったく隠せていないけど、それでも尻尾が水面下にあるだけでいくらかホッとした。
「じつを言うと、これまでにも何回か、一緒に入ってるんだぞ」
「えぇっ!?」
初耳だっ。いつの話? まったく身に覚えがない。
「ベリルは熟睡してたからな」
ということは、たぶん抱き合ったあとだ。
たくさん愛されたあとは、たいてい疲れ果てて寝入ってしまう。ときどきは極まりすぎて、まだ最中だというのに前後不覚になることもあった。そんなときには何をどうしても目を覚まさないらしいから、きっとそのときだろう。
そういえば、目が覚めたときにはたいてい肌が清められていた。てっきりきれいに拭いてくれたんだとばかり思っていたけど、そういうことだったのか。
「ベリルは覚えてなくても、俺はしっかり覚えてる。ベリルの尻尾の肌触りも、銀の鱗の輝きも、尾びれの繊細な美しさも。人魚に変身する様子から人間に戻る様子までじっくりとな」
だから、僕が恥ずかしいと騒いだところでいまさらだと言いたいんだろう。
でも……。
「まだダメか? 俺に人魚姿を見られたくない?」
キングの声が浴室に悲しげに響いて、慌てて背後を振り返る。見れば、やっぱりキングは、切なげな表情をしていた。
こんな顔をさせたくないと思っていたはずなのに、僕がさせてるなんて。
「ごめんなさい。キングを拒みたいわけじゃないんだ。けど」
「わかってる。ベリルは俺を愛してる。それはちゃんとわかってるから」
緩められていた腕の中でまた抱き寄せられて、そのまま唇を寄せられる。人魚姿のままでのキスに一瞬だけ怯んだけど、こうしてキングの視界を塞いでしまえばキングから尻尾を隠すことができると気がついた。
うん、これはいいアイデアだ。
キングの首に抱きついて、キングの唇を塞ぐ。こんな僕でごめんね。それでもキングを愛してる。そんな想いを込めながら丁寧に唇に触れた。
キスは好きだ。もしかしたらキングとの交尾よりも好きかもしれない。
キングとの交尾は、気持ちよすぎてつらいことが間々あった。力が入りすぎてガクガクと痙攣したり、逆にまったく力が入らなくて頼りなくなったり、キングがくれる刺激と自分の反応に翻弄されて、いつもわけがわからなくなる。
でもキスは違う。キングとくっついて唇をついばみ合うだけでも気持ちが満たされた。互いが互いを想い合ってることが触れてるそこから伝わってきて、一緒にいてもいいんだと実感できる。
でも、たいていの場合、キスだけでは終わらなかった。
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