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第二話 森を楽しもう

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 種族選択を間違ったのか?
 そうです魔族です、とでも言った方が良かったのか?
 早速後悔の念が押し寄せた。

「ケケンタよ、おぬしに恨みはないが、掟なんじゃ。すまんのう」

 長老(仮)がそう告げると、隣のエルフが両手を前に構えた。
 長老が謝り、俺の後ろが空き、エルフが武器を持たずに構えた。
 名前の間違いを訂正したいところだが、そういう雰囲気じゃないのは俺でもわかる。

「風の精霊シルフよ――」

 風の精霊!?
 ……魔法なのか?
 どんな魔法が来るのか検討もつかな……いや、考えろ!
 風の精霊――切れ味の鋭い突風が考えつく。
 竜巻なんかもありそうだが、ここは室内だ。被害が周りのエルフ達にも及びそうだから違うだろう。

 相手は両手を左右に開いた。
 両手の間には何も見えないが――いや、よく見ればうっすら緑掛かった煙みたいなものが渦巻いているのが見える。
 横型の鋭い突風が来る確率が高そうだ。

 足の震えが止まらない。
 今までこんな死に近づいたのは初めて……じゃないか、ついさっき遭ったじゃないか!
 あの時の自分はどうだった? ガクガクと足を震わせ何もできないでいたか?
 そう、俺は生まれ変わったんだ。俺はやれる。やれば出来る子だ!
 心を奮い立たせ、あとはタイミングだ。

「死ね――」

 エルフは広げた両手を胸の前で交差させた。
 俺はその瞬間、身を屈めエルフとの間合いを詰めるため走り出した。
 胸の高さから放たれた斬撃は、首か胴体を狙ったものだろうと高を括って行動に出た。
 攻撃してきたエルフに向かって行ったのは、単純に出口がそっちにあるからだ。
 左か右に逃げて、他のエルフ五人程度相手するよりも、魔法を使った直後の、多少は無防備になるであろう一人を狙った方が、抜けられる確率が高いと踏んだ。

 案の定、魔法を使ったエルフは俺の体当たりをまともに受け意識を飛ばし、俺は勢いを止める事なくそのまま部屋を出て走り去った。

 室内から出て辺りを見渡すと、松明に照らされた数軒の家が並び、その外は暗く深い森に囲まれていた。
 エルフは森に住む。
 この王道的な仮説も間違いなさそうだ。
 俺は追っ手を巻く為、人のいない方へ走り、集落の囲いを乗り越え森を進む事にした。
 囲いを乗り越え、真っ暗な道無き道に悪戦苦闘しながらも前に進んだ。


 体力も限界近くなった頃、大きな木の根元に、朽ちて出来た穴だろうか――俺はそこに入り息を整えることにした。

「――どうなってんだよ」

 不意に出てしまった言葉に、辺りを警戒するが、人の気配は無いようだ。
 枝を数本折り、不自然にならないように、外から見えない死角を穴の中に作った。



 少し落ち着いたところで情報の整理をする。
 ここは異世界。
 ファンタジーの世界だ。
 これが夢だという可能性も否定できないし、最先端の技術や、超巨大なセットの可能性もある。
 そんな映画を前に見たことある。
 ただ、ひとつの仮説だけを元に行動していくのはリスクが高い。
 あらゆる事案を想定して、最善を尽くしていきたい。

 あとはエルフに狙われている事。
 掟の為に俺を手に掛けると言っていたので、エルフの集落に他族を入れてはいけないとか、この森に入れてはいけないとかなら、森さえ抜ければ大丈夫って事になる。
 夜の内は森に入らないのか、追っ手の気配が全くないので、夜が明けてから特に警戒をしよう。

 あれやこれやと考えていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
 目が覚めれば、変化に富んだ一日が待っているはずだ。





 森に逃げ込んでから五日たった。

 この五日間でわかった事がある。
 この森は迷いの森だ。
 どの方角に進んでも、寝床として使っている大きな木に戻ってきてしまう。
 エルフが追って来ないわけだ。

 この森の仕組み(ループ)について考えてみた。
 色々と浮かんだが、最終的に三つに絞った。

 一つ目は、森の中で俺の迷う範囲がたまたまここになった。
 日が出ている時間が十二時間くらいとして、休憩を入れつつ一日中歩きまわっても、三~四回スタート地点に帰ってくる。
 そうすると、俺の迷う範囲は半径一時間半から二時間って事になる。
 抜け出す方法を探さなければ、一生ここから出られないだろう。

 二つ目は、朝を迎えた場所が迷いの中心となる仕組みだ。
 俺は安全の為、夜は寝床に帰り動いていない。
 確率的には低そうだが、この可能性もあるはずだ。

 三つ目は、この寝床を中心として東西南北に行く順番が決まっているパターンだ。
 昔遊んだゲームがこのパターンがだった気がする。

 二つ目なら今夜にでも検証できるが、夜の行動はリスクが高い。
 それに、先に進めたとして、安眠できる場所を失うのも痛い。
 せめて、もう少しサバイバル技術を身に付けてから先に進もうと思っている。
 とりあえずは三つ目の案を検証していくことにする。

 魔法についても考えてみた。
 風の精霊シルフ。
 この世界の魔法は精霊の力を借りるようだ。
 いや、エルフの魔法だけが精霊の力を借りるかもしれない。
 現に人間の俺がエルフのマネごとをしても、魔法は使えなかった。

「か、風の精霊シルフよ、力を貸してくれ! 風の精霊シルフよ、お願いします! 風の精霊シルフ様、どうかおねげぇしますだ」

 精霊と契約が必要なのか、マジックポイントが足らないのか、他に何か必要なのか……魔法は発動しなかった。
 試しにゲームで出てきた、うろ覚えの精霊や召喚獣の名前も出してみたが、ダメだった。

「水の精霊ウェンディーよ! その力を貸してください。 ピクシー! 俺に力を貸してくれ! イフリータ! 俺と契約しその力を――あの、貸してください」

 今日はポーズも決めて試したが、虚しさが賢者モードにスイッチを入れ、軽い自己嫌悪に陥った。
 魔法は是非使ってみたいので、これにめげずに明日も色々と試してみよう。

 翌朝、食料探しに出た。
 この五日間の主食は果実だ。
 動物の食べた後があり、多分食べられるだろうと手を伸ばした。
 赤く丸い実はリンゴを彷彿させるが、味はほとんど無く、梨のような食感と水分量だ。
 その為、水分補給にもってこいだし、多く自生している為、たくさん食べれば満足感もある。
 赤梨と呼ぶ事にした。

 しかし、そろそろ次のステップに進もうと思う。

「肉が食べたい」

 思わず口に出てしまった欲求に意を決して行動に出た。
 どちらかと言えば食には無頓着な方だが、ここまで同じ物が続くと飽きが来る。

「工作なんて中学校以来だな」

 手頃な石を叩きつけて割り、折った太めの枝にツル性植物で巻きつける。
 即席だが石槍の完成だ。
 予備にもう二本用意して、石ナイフも作った。
 足元を気にせず走るには靴が必要だろうと思い、ツル性植物を足に巻き、靴代わりにした。

 森の中だ、動物もたくさん生活している。
 この五日間で見た大きめの動物は、小型犬サイズのネズミ、ツノがあるウサギ、普通サイズの青い鹿、数種類の鳥だ。
 まだ色々な鳴き声が聞こえるので、探せばもっといるに違いない。
 幸い襲ってくるような動物や、居るか分からないが、モンスターには出会っていない。

 どの動物をターゲットにするか。
 ネズミは食べたくないし、ウサギの大きさはよく見る小さなサイズだったが、万が一あの鋭いツノで突かれたら痛いどころの騒ぎじゃないだろう。
 鳥は石槍じゃ落とせないので、消去法で鹿をターゲットにする事にした。
 しかし前にテレビで見た時、警戒心が強かったので一筋縄では行かないだろう。
 まぁ、肉食で襲い掛かって来られても困るが。


 ツル性植物で石槍二本を背負い、右腰に石ナイフを携え、左腰には木の皮で作った袋に赤梨を数個入れた。
 テンションも上がってきた。
 頭の中では、昔遊んだRPGの音楽が鳴り続けている。

「『困難さえも楽しもう』だ! よし、行くか!」

 今出来る万全の体制で狩りに出かけた。

 
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