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第六話 別れを楽しもう

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「種族って人間とエルフ、魔族の他にはいるの?」

 リタのニコニコ顔に気付いた俺は、恥ずかしさから次の質問に慌ててうつった。

「ドワーフね。あとは動物や魔物。聖獣、魔獣かな」
「精霊や伝説級、神級は?」
「実体を持たないからちょっと違うかな。それにこことはちょっとズレたとこに住んでるの。だから互いに干渉できないし、出来ても魔力と魔法の受け渡しくらいね。その点私はあっちからも干渉でき――」

 ズレた世界か……鏡の中の世界みたいな感じかな。
 嬉々として自分の強さを話し出して止まないリタに次の話を振った。

「せ、勢力的にはどう?」 
「え? 勢力? 流石にそこまでは分からないわ。特に人間はすぐに数が増えたり減ったりするし」
「そうか、そうだよね」
「でも、多分人間が一番弱くて数が多いわ。逆に魔族が一番少なくて強い。これは多分今も変わってないと思う」

 それぞれ一人ひとりの強さは魔族が一番強くて人間が一番弱いのか。エルフが俺に対してああいう対処をしたのも納得は出来ないが理解は出来る。
 もし俺が本当の魔族だったら、一人であの程度の集落はどうにでも出来る程度強いんだろう。
 リタは棒を拾い、地面に地図を書き始めた。比率的に二対五程度の横に長い大地だ。

「今はどうなっているか分からないけどいい? 今いるところはエルフ領、この地図の南西ね。ここは間違いないと思うわ。あとは当時は北西にドワーフが居て、人間が中央から南東まで暮らしていたわ。魔族は北東から南東にかけて山があるんだけど、その向こうに住んでいたわ」

 それぞれの領域は、この長方形の大地を二対五の割合で十等分すると、エルフとドワーフがそれぞれ一つ分、魔族が二つ分、山脈が二つ分、残りの四つ分が人間だ。
 人間は人口が多い分、領土も大きいな。魔族は山脈の向こう側で、確かにエルフの森に魔族がいるのはあまりにも可怪しく感じる。
 小競り合いがあるとすれば、人間対エルフとドワーフの勢力だろうか。

「それぞれの勢力は敵対しているの?」
「表立って敵対はしていなかったわね。でも小さな衝突や他種族への偏見なんかは多分今でもあると思うわ」

 魔法、勢力、地理は大体分かった。あとはそれぞれの種族の特徴と、リタについて色々と聞こう。

「じゃあ、次は――」
「よし、じゃあそろそろ行くね」

 唐突の申し出に思考も身体も固まってしまった。考えてみれば当たり前か。呼ばれて役目を果た助け出せばせば、あとはバイバイだ。
 だけど、何故か俺はこれからもずっと一緒に居られると思っていた。一緒に旅を……冒険をして、仲良くなっていくものだとばかり思っていた。

「やーね、そんな悲しい顔しなくても。また呼んでくれればちゃんと飛んでくるわよ。――私ね、向こうには帰らないから。……こっちでやらなくちゃいけない事があるの」
「なら! 俺も一緒に――」

 無意識的に言葉が出た。

「ケンタは自分の道を行きなさい。貴方のやるべき事があるはずよ。それが何か分からなくても、ケンタが自分で決めて行くの。私の行く道はケンタの道じゃないわ」

 首を横に振る彼女に俺は黙って俯くだけだった。



 別れは呆気ないものだった。彼女は森の奥に消え、残された俺は焚き火が消えないように薪をくべ続けた。

 失恋にも似たこの感覚に戸惑いながら、これからの事を考える。
 当初の予定通り、衣食住の確保と魔法の練習、あとは石槍とナイフの練習もしよう。
 いつになるか分からないが、俺が強くなってリタの足手まといにならなくなったら、彼女を手伝いたい。
 これは俺の意志で俺の行く道だ。俺の行く先にリタが居たってだけのこと。
 俺のこの気持は多分本物だ。彼女の後ろに居たくない。横に並びたい。
 俺は新たな決意を内に秘め、夜が明けるのを待った。




 空が白み始めた頃、俺は早速食料と寝る所を確保するため歩き始めた。
 進路を南からリタが向かった東に変え、足場を慣らしながら進んでいく。とは言っても、ループしているので西からまた元の川岸に辿り着いた。ここで、森の出口までは連れてってくれとお願いすれば良かったなぁと後悔した。

 この辺りも前のループとさほど変化はないようで、赤梨の木も容易に見つけることが出来た。
 日が暮れ始め、寝床となるような場所は見つからなかったので、昨日一晩明かした場所で過ごすことにした。
 リタに点けてもらった火はもう消え、火種も残っていない。とうとう自分で魔法を使う時が来た。
 昨夜彼女から色々教わったが、初めての魔法は火と決めていた。しかし、森の中での初魔法は色々と危ないのでこの川岸で試そう。
 まずは、自分の指先に小さな火を灯すことにした。

「火の精霊サラマンダーよ、力を貸してくれ」

 身体の内に何かの力が入ってくるのがわかった。これが火魔法の元か。俺はそれを指先から発するようにイメージする。
 指先から火が……いや、炎が立ち上った。周りの木々を優に超え、マンションで言ったら五階くらいは行ってそうだ。

「わっ! わわっ!」

 俺は慌てて炎を消すイメージをして事無きを得た。
 その後何度も挑戦してみたが、どんなに小さくイメージしても結果は同じだった。どうやら蛇口が壊れているようだ。
 考え方を変えて、今度は形をイメージしてみた。球体、ファイヤーボールだ。
 垂直に伸びた炎をクルクルと丸めるようなイメージを描く。これが上手くいき、綺麗な球体が出来た。ただし、球体の中はもの凄い勢いで渦巻いており、今にも弾け飛びそうに見えた。

「おぉ……これは、ヤバそうだな」

 ひとまず、そのファイヤーボールで薪に火を点け霧散させた。俺の理想としては、寝ても消えずに敵襲には自動的に対処してくれる炎を出したいのだが、これは道のりが長そうだ。
 川の中に保存しておいた猪の肉を堪能した後、日が落ちるまで、他の属性――風水土と試してみたが全滅だった。
 ウンディーネは、まぁわかる。俺がずっと名前を間違えて呼んでいたからだ。リタに続きウンディーネにも本当に申し訳ない事をしてしまった。
 シルフとノームが力を貸してくれないのは何故だろう。ここはエルフ領、シルフに領内又はこの森の中では他族に力を貸すなと頼んでいても不思議じゃないな。
 ノームは……イマイチわからないな。情報が少なすぎるのが原因かもしれないな。
 当面は火だけで事足りそうなので、火魔法の強化練習を続けていこう。あとは引き続きサバイバル技術の習得と基礎体力の向上、行動の最適化や何かあった時の対処の仕方も決めておこう。
 イザという時にテンパらないように、実力を十分発揮できるように。

「よし、やるか!」

 そして、いつかはリタの隣に。

 
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