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第八話 人助けを楽しもう

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「お頭ぁ! あのエルフ、ちょっと味見しちゃいましょうよぉ」
「てめぇ! 大事な商品だぞ! ……俺が一番最初だからな!」
「へへっ、わかってますって」
「ひっ、……こ、来ないで!」

 もう悪党のテンプレみたいな奴らだな。
 ワキワキと指を動かし、ジリジリと女エルフに歩み寄っていく。
 盗賊たちは、馬車で積荷を漁っている奴が三人、女エルフに向かっているのが二人だ。

 行動をシミュレーションする。まず、ファイヤーボー……もとい『火炎弾かえんだん』を馬車に打ち込み盗賊の視線をそこに集める。その隙に女エルフを森に呼び込み、追ってきた盗賊を『火の壁(仮)』で囲って……焼き殺す。
 最初から囲められればいいのだが、距離が遠くなると極端に制御が難しくなる。
 まだまだ覚えたばかりだから仕方ないと自分を慰めつつ、作戦を実行に移した。
 
 渾身の『火炎弾』を生成する。大きさはバスケットボール程で、発射速度は速めがいい。
 この、魔法を打ち出すというのがなかなかの曲者で、最初のうちは全く出来なかったが、コツを覚えればもう後は自由自在だ。

「いっけえぇ!」

 あっ、魔法名言うの忘れたわ。『火炎弾』はまっすぐ馬車に向かう。女エルフに夢中だったお頭がそれに気づき、他の三人に声をかけるがもう遅い。
 スピードに乗った『火炎弾』は馬車に命中し、燃え広がるどころか大爆発した。
 馬車は木っ端微塵になり、馬車の破片や荷物の残骸が辺りに飛散した。幸い爆発の衝撃が凄まじかったからか火は点かず、延焼する事はなさそうだ。今ので傍に居た盗賊三人は派手に吹き飛ばされ、その場からぴくりとも動かなくなった。
 積荷に火薬でもあったのか、予定とは少々異なったが、盗賊三人を倒せたので良しとしよう。

「お、おい、君! 今のうちに森に逃げ込むんだ! 早く!」

 お頭とエロ子分が倒れた盗賊たちに駆け寄るのを見て、俺は女エルフに声をかけた。

「え? ……え? 誰?」

 状況を掴めていない彼女はキョロキョロと声の主を探しているようだ。できるなら出て行って手を引いてやりたい所だが、リスクが高まるし、何よりこの容姿だ。逆に逃げられてしまう可能性もある。

「早く! 山賊たちがまた捕まえに来るぞ!」
「ひっ、は、はい」

 さっきまでの状況を思い出したのか、ヨロヨロと森の方に歩き出した。
 山賊を見ると……あれ? こっちに走って来ている。ひょっとして俺の声が大きすぎて聞こえちゃったかな。

「誰だ! 森ん中から出てこい!」

 あっという間に彼女は捕まり、喉元にナイフを突きつけられ震えている。
 困った。このまま森の奥に逃げ帰るか? ……それも嫌だ。
 出て行って、俺に山賊二人を倒せるか?
 ここから不意打ちで『火炎弾』を……いや、彼女にも被害が出てしまう。何かいい案は無いか。

「さっさと出てこい! やっちまうぞ!」

 首元から一筋の血が流れる――限界か。人質がいるとはいえ、相手は二人だ。上手く立ち回れば勝てる可能性もあると思う。俺は覚悟を決めてフル装備で山賊と対峙することにした。

 俺の出現に、言葉を無くす山賊たち。

 燃え盛る炎が俺の頭からつま先まで全身を包んでいる。イメージは戦国時代の鎧兜、これが『炎纏鎧(えんてんがい)』だ。見た目は超絶カッコイイのだが、所詮ただの炎だ。物理攻撃を防いでくれるわけもなく、紙装甲……防御力ゼロだ。
 右手には今日作ったばかりの『炎花槍』、左肩には、ちょっと小振りな火の鳥が剥製のように留まっている

「お頭、こいつ、ま、魔獣かなんかですかい!?」
「わ、わからねぇ。 ただ、ヤバそうだってのは肌で感じるぜ。 お、おい!」

 女エルフは俺を見るなり意識を失ってしまったようだ。
 お頭はなんとか支えようと試みるも、俺から目を離すとヤバいと思ったのか、足元に寝かせ俺との対峙を優先させた。
 おぉ、結構ビビっているようだな。俺は畳み掛けるように、出来るだけ低い声で提案した。

「そ、そこの女を置いていけ。お前たち二人の命だけは見逃してやる」

 お頭は足元をチラリとみて一考する。

「ふざけんな! こんな上玉滅多にお目にかかれねえんだよ! 魔獣だろうが何だろうが、こっちだって毎度毎度、い、命賭けてんだ!」
「ひっ、お、お頭ぁ。そんな女あげちゃいましょうよ。ここで死んだら意味無いですぜ! 生きてればまたチャンスが来ますって!」

 ナイスエロ子分。もっと言ってやってくれ。

「ばかやろう! 女エルフと離れたら、あのバカでかいファイヤーボールの恰好の的だろう!」

 お頭バカじゃなかったか。だが、ファイヤーボールではない、『火炎弾』だ。

 何か良い案は無いか……考えろ!
 あまり時間を掛ければボロが出てしまう。
 何か良い案は……! よし! これでいこう!

「そうか、渡す気はないか。なら三人まとめて灰となれぇ!」

 慣れない大声に声が裏返ってしまったが、俺は気恥かしい思いを飲み込み、地面に手を当て三人を中心に、火で大きな円を地面に描いた。

「なっ、お頭! この一帯を焼き払う気ですぜ!」
「なに! ちっ、おい逃げるぞ!」

 さすがに死が隣に迫ると、我先にと盗賊たちは逃げ出して行った。
 後の事を考えると問題になりそうな芽は摘んでおきたいところだが、今日のところはこの子を最優先しよう。
 円の直径と同じ幅で『火の壁(仮)』を作った。高さは五メートルくらいで、それを盗賊側からみれば円内全てが燃えているように見えるはずだ。
 その間に自身のフル装備を霧散させて女エルフを担いで森へ急いだ。

 やわらかい。煩悩退散。

 あれから小一時間程経ったが、疲労も溜まっていたのだろう、女エルフはまだ起きる気配がない。
 俺は今後の展開を考えていた。
 女エルフが起きる。俺、魔族の容姿。キャー。

 うん、どうしようか……。

 毎回火を纏うのも現実的じゃないし、何か被り物でもあればいいんだけど……。
 そこで馬車に積荷が載っていた事を思い出した。俺の魔法で派手に吹き飛んでしまったが、ひょっとしたら何か兜的なものでもあるかもしれない。俺は森から出て辺りを探し始めた。

 麻袋の切れ端、樽の破片、炭と化した何かのお肉などなど、多分食料品中心の荷物だった可能性が高い。剣や装備品は爆発の衝撃で折れ曲がったりボロボロになったりと原形をとどめていない物ばかりだった。
 そんな中、一つの仮面を見つけた。
 白いシンプルな仮面で、目元が空いているだけのもので、手に取ると、鼻の下あたりから仮面が割れ落ちた。爆発の衝撃でヒビが入ってしまったんだろう。髪の毛や口元はそのままだが、相手を怖がらせないようという、こちらの気持ちが伝われば何とかなるだろう。
 早速仮面を付けてみる。って、紐も付いてないのに、どうやって付けるんだ? とりあえず顔に当ててみると嫌な雰囲気がした。
 あ、やべっ、と思った時はもう遅かった。仮面は顔から離れず、得も言えない感覚が全身を包んだ。
 すぐに呪われた装備品であることを理解し、力任せに外そうとするも、全く取れる気配が無い。
 上下左右、ひねりながら、ジャンプしながらと色々試してみたが、顔の皮膚の方がやばそうだ。……皮膚ごといくか?

「ふっ……ふふっ」

 笑い声がして振り返ると、女エルフが堪え切れない笑いをもらしていた。

「あ、す、すみません。あの、た、助けて頂いてありがとうございまひたっ」

 ペコリと頭を下げてお礼を言う。
 ……お辞儀が長いな。「表を上げぃ!」とでも言わないと上げないのかと思っていたら、肩震えてますよ。

(思い出し笑いは止めて下さい)

 あれ、声が出ない。呪いの影響であることは間違いない。とりあえず、ジェスチャーでこの女エルフに伝えてみるか。

(声が出ない。このお面のせいで)

 まだ下向いて笑いこらえていた。肩を叩いて前を向かせると、涙目でした。俺、そんな面白いことやったっけ……。
 適当なジェスチャーを何度か繰り返すと、最初は頭の上にはてなマークをつけていた女エルフだが、ようやく理解してくれたのか、わかったわかったと嬉しそうに頷いている。

「ご主人さまから聞いた話ですと、その仮面は呪いの仮面だったみたいです。教会本部にいる大司教様にお願いしないと解呪は無理みたいです。私のせいで……あの、すみませんでした」

 俺の行動理由も納得したみたいで、笑いの波が治まると、自責の念が押し寄せてきているみたいだ。
 だが、ちゃんと解呪出来るみたいで良かった。女エルフには気にするなとジェスチャーし、俺は改めて優先順位を考えた。
 大目標はイフリータの隣に並ぶ事として、今緊急性が高いのはこの仮面の解呪だ。
 彼女は……このままここでお別れも危ないな。とりあえず、近くの街まで送っていくか。

(あなたを街まで送りますよ)

 意外とジェスチャーって通じるもんだな。女エルフも了解してヨロシクと握手をした。

「私の名前はレイラです。これからヨロシクお願いします」
(よろしく。俺の名前はケンタだ。ケンタ)
「セ、センタンさんですか?」

 さすがに読唇術は難易度が高かったみたいだ。

 
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