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第十五話 生還を楽しもう

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「ケンタ様! 大丈夫ですか!?」


 目を開けると、心配そうに覗きこむレイラの顔が間近にあった。俺は返事代わりに頭を撫でてやると、ワッと涙を浮かばせ俺の胸に顔を埋めた。
 レイラの体重がかかると、左半身に痛みが走った。そうだった、アイツの隕石をまともに喰らったんだった。これからの事を考えると気が重いが、レイラも無事で俺も死ななかった事で良しとするか。
 少しずつ状況を思い出していく。そうだ、ゾンビストーンボアーと戦っている途中、レイラが来て吹き飛ばされて、最後レイラが倒して……そこで意識が飛んじゃったんだな。

「あぁ! すみません、痛かったですよね。魔法で治療したとは言え、もうしばらくは痛みが残ると想います」

 おぉ、治ってるのか! 確かに痛みは感じるものの、左手足はちゃんと動くようだ。ここで一生治らない事になっていたら、レイラにも重い責任を負わせてしまう所だったな。

「あの、私を庇ってこんな事に……本当に申し訳ありませんでした」
(謝る必要は無いよ。レイラの判断も正しかったし、俺の判断も正しかった。だから今こうしてここに居られるんだ。唯一問題があるとすれば俺が弱かった事だ。俺がもっと強ければ……)

 そう、もっと強くならなくちゃ。

 その後どうなったかを色々と教えてくれた。あの日から三日が経過していて、街はようやく元の落ち着きを取り戻してきたらしい。
 死亡者は冒険者が三人のみで、負傷者は多数居たものの、レイラと街の教会の人が治療に当たり、全員完全回復らしい。あれだけグチャグチャだった俺の左半身を治せるくらいだしな。俺も回復魔法使いたいな。
 街の被害は、街の周りにある畑を七割近く焼かれたが、門は多少、いびつになった程度で済み、城壁は一部崩れ落ちたが問題ないらしい。
 あと、この街のトップが俺にお礼を言いたいそうだ。

 大体の事は把握できた。身体を起こすと痛みはあるものの、普通に生活できるレベルにまで回復しているようだ。レイラ様様だな。
 落ち着きを取り戻したレイラと、のんびりした時間を満喫していると、俺のお腹が盛大に鳴ったので、外に出て何か入れることにした。なにせ三日間何も食べてないからな。

 いつもの屋台に顔を出すと、無愛想なおっちゃんの顔が一瞬笑顔になった気がした。食事の量もいつもより多く、心配してくれていたのかと思うと心に来るものがあった。
 外に出たその足で、ついでに街のトップの元に向かった。面倒――もとい、大事なことは早めに済ませてしまうに限る。その道中、レイラはひっきりなしに色んな人から声をかけられていた。

「ご主人様が無事に目覚めて良かったね~」
「はい、ありがとうございます」
「レイラちゃんの魔法に掛かれば、何でも治っちまうよ! ほれ、ここの傷なんてもう何も残ってねぇよ」
「本当ですね。傷も残らなくて良かった」
「あんた! 汚い肌レイラちゃんに見せるんじゃないよ!」

 完全に蚊帳の外だ。俺の話題も上がってはいるが、まるでここに居ない人のことを喋っているようだった。
 まぁ仕方ない。実際にレイラの功績は、この街で一番だろう。ゾンビストーンボアーを倒し、街のけが人を多数助けている。
 それに、俺に話しかけられても返事もできないし、レイラが良くされるのを見て、こっちも誇らしいというか、嬉しい気持ちになってくる。

 そんなこんなで、ちょっと進んでは呼び止められを繰り返して、ようやく街のトップの元についた。
 他の建物より少し大きめだが、贅を尽くしているような感じもなく、良識的な人だと外観で予想できた。
 使用人っぽい人に案内され、一室に招かれた。
 中は雑然としており、書類の束があちこちに山積みになっていた。その間から見える顔がこちらに気付き、表情をゆるめた。

「良く来てくださいました。私はこの街の管理を任されております、ファルゴと申します」
「お招きありがとうございます。私はレイラ、こちらが私のご主人様のケンタでございます」
(はじめまして、ケンタです)

 言葉は出ないが、こういうあいさつは、しっかりとやっておくようにしている。コミュ症の俺にはいい練習になる。
 ファルゴは黒髪で二十代に見えるが、落ち着きと誠実さがにじみ出ていた。その整った顔立ちは女性に人気がありそうだ。
 
「おいおい、俺も紹介してくれよ。俺はこの街のギルドの支部長をやってる、ギャンチだ」

 いつからそこに居たのか分からなかったが、大柄の男がソファに座りながらヨロシクと右手を上げた。
 こちらはファルゴとは対照的で、あちこちに傷があり筋肉隆々。冒険、戦いが大好きと身体からにじみ出ている。快活な性格なんだろう、笑顔を見せ豪快に笑っている。

「はじめまして。私はレイラ、こちらがご主人様のケンタでございます」
(よろしく、ケンタだ)
「ファルゴ、まず俺から言わせてくれ。この街を救ってくれて助かった。あんた達はうちのギルドに所属しているな。今回の件でEランクからCランクへのランクアップが決定された。いつでもいいからギルドに顔を出してくれ。あと、報酬もちゃんと出るからな」

 おぉ、俺の事もちゃんと評価してくれているみたいだ。一気にCランクか……レイラは元がCランクだから良いが、俺は実力が伴っていない気がする。

「あと、どっちでもいいから、暇な時俺と手合わせしてくれ。いつでも待ってるぜ」

 言うだけ言って、じゃあなとギャンチは部屋を出て行った。取り残された俺たちは嵐のような出来事に呆けるしかなかった。

「すまないな。アイツはいつもああなんだ。じゃあ私からも、街の代表として礼を言わせて欲しい。今回の襲撃事件で被害の少なさは、貴方達が居てくれたおかげだ。こんな田舎町のギルドと警備兵では太刀打ち出来ない相手だった。貴方達には感謝しても感謝しきれない」
「いえ、私達も街の人達にはとても良くしてもらっておりますから」
「もし貴方達さえ良ければ、この街に定住する気は無いですか? 家と必要な家具はこちらで用意させてもらいます、どうです?」

 素晴らしい提案だ。家が貰えるなんて日本では考えられないな。だけど……。
 レイラもこちらを伺い、うんと頷くとファルゴの提案を丁重にお断りした。

「そうでしたか、呪いですか。なら仕方ありませんね。無事に呪いが解ける事を願っています」
「ありがとうございます。必ず呪いを解いてみせます」

 俺よりもレイラの方が意気込んでいるようだ。自分のせいでとか思っていたら仕方ないのか……。
 その事も、今回の事も俺は何も気にしていないのに……心の負担ばかりレイラにかけている気がするな。

「まだ暫くは街に居るのでしょう? 食事処と宿屋には私から言っておきますので、どうぞご自由にお使いください」
「ありがとうございます。大変助かります」

 多忙そうなファルゴの屋敷を出て、早速、冒険者ギルドに向かった。入って早々、熱烈なレイラファンがお出迎えだ。

「レイラちゃん! あの時はありがとう。俺たちがこうしてここに居られるのは、全部レイラちゃんのおかげだよ!」
「皆さんご無事で何よりです。でもすべてはケンタ様のおかげです。ケンタ様がストーンボアーを四体倒し、エンシェントボアーを瀕死に追い込まなければ、今頃この街は全滅だったと思います」

 アイツはエンシェントボアーって言うのか……確かにアニメ映画にある神の森に居そうな風格があったな。

「あ、あの……」

 振り返ると冒険者と思しき二人の少女がいた。一人は皮の装備を身に纏った活発そうな剣士で、もう一人はローブを羽織る大人しそうな魔法使いかな。

「あの、ありがとうございました。貴方の魔法のお陰で、私達はストーンボアーに殺されずにすみました。初めての討伐で、何も分からないまま前線に駆りだされて、気が付いたら目の前にストーンボアーが迫ってて……その時、空からファイヤーボールが! すごく大きくて温かくて! すぐ傍に居たのに熱くなかったんです。でもストーンボアーにはすごく効いてて、あんなの初めてです!」
「ちょ、ちょっと、ティナ」
(お、おぅ)

 大人しそうだと思った魔法使いの女の子の、あまりの迫力に後退りしてしまう。お友達の剣士の娘も若干引き気味だった。
 
「ほら、メグもお礼言って!」
「あ、うん。あの、ありがとうございました」
(あ、あぁ……)

 どう接していいのか分からなくて、レイラにしていたように、二人の頭を撫でてやった。
 嬉しそうなティナと、少し戸惑った様子のメグだったが、次第にその心を許してくれたかのように優しく笑ってくれた。
 突然、勢いよくその手を強めに掴まれた。レイラだ。――何故か、オカンムリのご様子だ。

「こんな所で油売ってないで、早く受付に行きましょう」
(あ、あぁ)

 腕をガシッと掴まれズンズンと先に進んでいく。
 振り返ると呆気に取られている面々が佇んでいた。

 
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