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第十六話 道中を楽しもう

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「おかえりなさい、ケンタ様、レイラ様。ご無事で何よりです」

 嬉しさ溢れる笑顔で迎えてくれた受付嬢に、俺とレイラも必然と笑みが零れる。

「ただ今戻りました。ゴブリン討伐の依頼、間に合わなくて申し訳ありません」

 レイラの受け答えに、あの戦い以前の事を思い出した。そうだった、ゴブリン討伐の依頼をすっかり忘れていた。確か期限切れたらペナルティがあるんだったな。

「いいえ、今回は問題ありません。緊急事態でしたので。街周辺の依頼を受けていたすべての冒険者は、依頼を強制的にキャンセルされ、冒険者ギルド依頼の『街の護衛』が強制執行されましたので」
「そうだったんですか」
「では、改めまして……ケンタ様、レイラ様、『街の護衛』の参加ありがとうございます。この度の活躍により、あなた方はEランクからCランクに昇格となりました。ケンタ様はC級ストーンボアーを四体討伐、レイラ様は負傷者の救援二十八名とB級アンデッドボアーの討伐が評価対象となりました」

 A級エンシェントボアーのアンデッドバージョンらしい。魔法の種類は増えたが、知能と行動力が落ちたことからB級に位置付けされたらしい。

「Cランクに昇格となりましたので、依頼達成回数はリセットされます。また、報酬は参加報酬としてEランク者は一人銀貨50枚になります。それと、C級ストーンボアー四体の討伐報酬は銀貨48枚、B級アンデッドボアーの討伐報酬も銀貨48枚です。すべて合わせて金貨1枚と銀貨96枚になります」
(おぉ! 二人で約金貨2枚じゃん!)
「わかりました。ありがとうございます。ケンタ様! 金貨2枚もあれば、十分に旅の支度も整えられます。ケンタ様の体調が回復次第、先に進みましょう」
(わかった、そうしよう。――この後ちょっと付き合ってくれないか)
「はい!」




 街から出て、少し歩く。そこは草原が広がり、気持ちのいい風が絶え間なく吹いている。
 俺はレイラを真っ直ぐ見ると、レイラも俺の真剣さを汲んでくれたのか、ジッと俺の言葉を待っているようだった。

(俺に武器の使い方を教えてほしい)
「ケ、ケンタ様!? 槍の使い方ですか? 私も父に少し教わっただけなんで、ほとんど我流になりますけど……」

 頭を下げて願いを乞うと、どうして良いのか迷っているレイラが、オロオロとしたステップを踏むのが見てとれた。
 武器の扱いは初心者だ。独学でも時間をかければどうにかなると思うが、この危険な世界で時間をかけるというのはリスクが大きい。それに、目の前に立派な師となる人物がいるのに、師事して学ぶ他は無い。

「あの、あの! わかりましたから! 頭を上げて下さい!」
(あぁ、よろしくお願いします)

 こうして、奴隷に師事を乞うという、傍から見ればおかしな関係が始まった。
 さっそく槍の稽古に入った。一対一の時、一対多数の時、乱戦時の使い方など、まず、どういう時にどういった使い方をするのか、から教わった。
 基本は突き……かと思ったが、敵が多数の場合は突くよりも、払ったり叩いたりする方が多いらしい。それらの基本的な動きをひたすら反復練習する。
 まだ身体が本調子ではないので、軽めの基本動作がほとんどだ。
 ひと通り練習を繰り返し、空が茜色に染まり始めた頃、お腹のサイレンが二人の間に流れたのを合図に、二人笑いながら街に戻った。
 俺の体調が完全に回復するまでこの日々を繰り返した。飯代も宿屋代もファルゴ持ちなので体力回復と槍の練習に没頭できた。
 




 五日後、体調も完全に回復し、必要な食料品や旅道具も買い込んだ。

(それじゃあ、行こうか)
「はい、皆さん短い間でしたが、色々とお世話になりました」

 門前に街の代表ファルゴをはじめ、ギルド支部長や受付嬢、宿屋の女将さんに、確か、ティナとメグだったっけ、二人の冒険者も顔を出してくれた。
 一介の冒険者の旅立ちに、こんな大勢の人が見送りに来てくれるなんて聞いたことがない。いや、まぁ本やゲームの中の話だけど。

「家もすでに押さえてあるので、いつでも帰ってきてくれて構わないですよ」
「ファルゴさん、ありがとうございます。その時はよろしくお願い致します」
(すごい腕の買われようだな。でもまぁ、ありがとう)

 街の人に手を振り、俺とレイラは歩き始めた。
 復興が進んでいる畑に取り組む人々も、手を止めて別れのあいさつを交わしてくれた。
 また機会があれば、この街に立ち寄りたい。温かく、優しく、人情味あふれるこの街を、これから俺の故郷にしよう。




 道中、レイラと槍の特訓をしながら進んだ。定期的にダイアウルフやゴブリンなど、練習相手にちょうどいい敵が出てきたので、槍の練習が捗った。
 道は軽く整備されており、商人の馬車や他の冒険者など、日に数十人とすれ違った。夜は互いに交代で火の番をし、盗賊や魔獣の襲撃に備えている。
 
 俺はこの火の番の時に、魔法の練習に取り組んでいた。別にレイラに隠れてやることでもないが、レイラには槍術を教わりたいし、魔法の練習は一人でも出来るので、この形を取っているだけだった。

 レイラの魔法詠唱を見て、そしてティナって魔法使いの一言で予感が確信に変わった。
 俺は魔法を使えない。精霊にお願いして魔力を渡し、魔法を受け取る事が出来ない。いや、しなくてもいい。
 俺はマナの物質変換が出来るらしい。なぜ出来るのか理由は一つ。
 リタの血肉が俺の中に入っているからだろう。
 今まで感じていた物はマナと、物質変換した魔法だろう。

 この事実を認識してから、魔法が格段に向上した。どんな大きさの火でも出せるようになったし、魔法のターゲットの法則も徹底的に検証して、ターゲット以外には無害な火も出せるようになった。
 一番大きいのは回復できる火が使えるようになった事だ。狙って使ったわけじゃないが、リタが一番最初に現れた時の黒い炎をイメージしたら、道中に負った腕の切り傷が治っていった。
 回復の程度はまだ分からないが、過大評価して身の危険に繋がらないよう、軽い傷が治る程度と思っておこう。ちなみに名前は『炎癒えんゆ』だ。

 今取り掛かっているのは、爆発の生成だ。エクスプロージョン。バースト。
 俺の魔法は燃やすだけなので、覚えられるなら爆発なども覚えておきたい。
 ただの火を生成し、弾けるイメージを思い浮かべ、対象としている岩に投げた。火は岩に当ると……霧散した。弾けるというより散ったという表現が合っている。一応通常よりは周りに影響を与えそうだが、迫力が皆無だ。もっと広範囲に、もっと瞬間的に弾けるイメージを持って、次の火を撃った。
 火は岩に当ると、一瞬のうちに消し去った――と思ったが、よく見ると薄紅色のついた霧が、辺り一面に広がっていた。試しに対象を地面の草に設定すると、瞬く間に火の海が出来あがった。

 あかん。これ、あかんやつや……。

 一応『炎霧えんむ』と名付けたが、人相手には使うまいと心に決めた。これと同時に『炎癒』での炎霧を『黒炎霧こくえんむ』とした。こっちはかなり役に立つんじゃないかな。

 単体へは『火炎弾』、複数には『火炎弾』の連発か『炎霧』、回復は『炎癒』か『黒炎霧』。様々な状況下で対応できるよう、種類を増やしていきたい。あとは補助系と相手が火属性だった場合の魔法くらいかな。
 この日も空が白んで来るまで、魔法の練習に勤しんだ。



 そんなこんなで、街を出発してから十日が過ぎ、ようやく次の町『サウント』に到着した。
 簡単な柵に家が十軒ほど建っている、小さな宿場町といったところだろう。そんな小さな宿場町は結構な賑わいを見せていた。
 
「ケンタ様、ここより先は魔物や魔獣が格段に強くなります。通常、ここで冒険者たちはパーティーやレイドを組んで先に進みます。私達の場合は多分二人でも問題なく進めると思いますが、どういたしましょう?」

 安全に行くならレイドに加わるのが一番だろう。しかし、レイドに加わって、何事も無くやっていけるのかが不安だ。日本でも、人間関係が一番の不得手とするところだった。それに、俺の魔法はマナを直接変換するので、傍目から見て良しと思わない人も出てくる可能性がある。外的要因を極力減らすため、二人で行けるというなら、そっちを採ることにしよう。
 俺たちはここの宿屋で一泊し、食料品などの補充と体力の回復をし、これからの険しい道のりに万全を期すことにした。
 この町には宿屋をはじめ、冒険者ギルド、食事処、武具屋、酒場、教会などが、ひと通り揃っている。
 俺たちはダイアウルフの毛皮やゴブリンの両耳など、ここに来るまでに得た戦利品を手に、ギルドに顔を出すことにした。

 
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