17 / 38
第十七話 危険地帯を楽しもう
しおりを挟む冒険者ギルドの扉を開けると、そこは一つ前の街『エラスト』と同じような作りになっていて、そこを利用している冒険者の、俺たちに対する反応も似たようなものだった。
冒険者たちには目もくれず、一直線に受付カウンターに向かう。
「い、いらっしゃいませ。ギルド証の提示をお願い致します」
「はい、お願いします。ダイアウルフの毛皮がありますので、買い取りをお願いします」
ゴブリンの両耳は討伐依頼があるはずだが、もうすでにCランクになってしまったので、その依頼は受けられないとの事だった。毒にも薬にもならないゴブリンの両耳は、他の冒険者に売るかあげるか、捨てるかする予定だ。
「分かりました。少々お待ちください――確認が取れました。『ニュービー仮面』のケンタ様と『治癒天使』のレイラ様ですね。査定のほうを確認して参りますので、もう暫くお待ちください」
(ニュービー仮面て……変なアダ名付いてるじゃん! レイラは治癒天使か……街中での救援活動がその二つ名を生み、知らしめたのだろう)
「お待たせいたしました。ダイアウルフの毛皮の査定結……どうなさいました?」
(いや、気にしないでください)
多分ニュービー仮面がツボに入ったんだろう。崩れ落ち、笑いに震えるレイラをスルーして話を進めた。
「え、えぇ、わかりました。ええと、査定結果はダイアウルフの毛皮一枚銅貨15枚、十二枚で銀貨1枚と銅貨80枚になりますが、よろしいでしょうか?」
エラストよりも査定額は低いな。ここでの需要よりもエラストの方が人口も多いだろうし、その分使い道もあるんだろう。俺はそれでいいと頷き、話を先に進めた。
「では、こちらが銀貨1枚と銅貨80枚になります。ご確認お願い致します」
銅貨は10枚単位で縛ってあり、それが八つと銀貨1枚。確かにある。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
冒険者ギルドを出ると、日もゆっくりと傾き始めていた。まずは宿屋を確保して、その後、ご飯にしようと、想いを馳せながらレイラを見ると……やべっ、放置したままだった。
「す、すみません。ご迷惑ばかりおかけして……」
ギルドに戻ると軽く人だかりが出来ていて、その中心にはもちろん、あの時のまま、笑いに震えているレイラがいる。強引に人だかりを掻き分け、レイラの首根っこを掴んでそそくさとその場を後にした。
可愛らしい一面でもあるが、大事な時に発症しないよう気をつけなければ……。
宿も一晩予約が取れ、この町唯一の食事処で一息ついた。酒場に似た喧騒も、俺たちの入店ですぐにお通夜モードになったが、しばらくすると、また何事もなかったように賑やかさを取り戻した。
エラストの屋台でもそうだが、この世界のご飯は俺の好みに合っている。あまり食事に拘りのない生活を送ってきたが、この小さな宿場町でこの旨さ。幸福感と次の美味しい料理への探究心が湧き出てくるようだ。ネットがあったら、確実に写メって呟いているだろう。
俺のこの幸福感がレイラにも伝わっているのか、彼女もニコニコしながら俺との食事を楽しんでいるようだった。
「あの、ちょっといいですか?」
不意に声を掛けられ振り向くと、幼さが残るがキリッとした清潔感溢れる好青年が立っていた。その装備品から冒険者だと一目で分かる。そして後ろには、三人のこれまた同い年くらいの男女の冒険者が立っていた。男性二人、女性二人のパーティだ。
「何でしょうか?」
「お二人は『ニュービー仮面』のケンタさんと『治癒天使』のレイラさんですよね? 実はご相談がありまして――」
「……どういったご用件でしょうか?」
「僕はミケル。後ろは僕のパーティーメンバーでジェシカ、フェン、ゴルバートです。今僕たちは、この先のデヴァイトを越えるために、レイド仲間を集めています。今集まっているのは僕ら含めて四パーティーで、総勢十五人になります。明日の朝出発予定ですが、もし都合よければ一緒にレイドを組んで頂けると有難いのですが」
デヴァイトというのはこの先の危険地帯のことで、山岳ルートと湿地ルートがある。山岳ルートは馬車も通れる広めの街道だが、B級魔獣のグリフィンやD級魔物のサーバルという中型の猫っぽいのが出没するらしい。対して湿地ルートはC級魔物のリザードマンやD級動物のワニ程度で、個体数も少ないらしく、少人数で行く人はこっちを選ぶらしい。
しかし、本来ならこれは願ってもないお誘いだろう。二人より十七人の方が確実にリスクが下がる。しかし、俺のせいでそのリスクを高くしてまでも二人で進まないといけない理由がある。
レイラも気付いているだろう。俺の魔法が普通じゃないって事を。多分これを知られてしまうと厄介なことになるだろう。その為、極力他人との接触は避け、当面の目的である仮面の解呪を済ませたい。その後は、俺がどんな扱いを受けようとも、最悪、レイラと距離を取れば、巻き込む心配もないだろう。
俺はレイラに頷き、レイラも同じ思いなんだろう、好青年に頭を下げて丁寧に断った。
「お誘いありがとうございます。でも、すみません。こちらのケンタ様は仮面の呪いで、声を発することが出来ませんし、視野の狭さから距離感も掴めませんので、接近戦も難しいようで――」
「えぇ、それは存じております。しかし、それで尚、世間に知らしめるその強さが、僕たちには必要なんです」
力説するミケルとは正反対に、後ろの三人は乗り気じゃない様だ。
「あぁ、その噂は聞きましたね。声が出せないのに魔法を使ったとか、怪しさ大爆発だね」
「全身真っ黒で、初めて見たわ。気味悪いです」
「あんな美人を奴隷にしているから、罰が当たったんだ」
後ろ三人のヒソヒソ話、聞こえてますよー。というか、ワザとっぽいな。
「皆さんのご迷惑になること間違いないので、とても参加できません。私たちは、この町でもう少し稼いで、馬車で越えようと思っています」
「……そうですか、わかりました。じゃあ、エラストでの彼の戦果はウソだったという事ですね。残念です」
「そ! それは……ちがっ!」
俺を立てるか、俺を守るか……レイラの葛藤がこちらにも伝わってくる。悩んだ末の沈黙は、ミケル達に肯定と取られ、蔑む視線を浴びながら俺たちは店を出た。
「すみません」と悔しさ滲むレイラの手を取って、早々と宿に戻り、明日からの旅に備えることにした。
翌朝、昨夜言い合ったミケル達が出発するのを見届けた後、俺たちもデヴァイトへ足を踏み入れた。ミケル達のレイドは、最終的には馬車一台、荷馬四頭に、冒険者は三十人近く居たようだ。
レイラの話によると、レイドは馬車護衛の依頼を受けている場合が多く、それに便乗する形で後を付いて行き、危険を回避する冒険者も多いそうだ。レイド側も冒険者も双方メリットが大きいので、容認する形になっているみたいだ。
宿場町を出発して数時間経った頃、運命の分かれ道が目の前に迫ってきた。登り坂は道が広く、余裕で馬車が三台ほど並びそうだ。逆に下り坂は段々と道が狭くなっており、馬車一台程の幅しか無い。前も後ろも人は居ない。俺たちはアイコンタクトで意志の疎通をはかり、下り坂へと足を進めた。
湿地ルートと言っても、全て足元が緩いわけじゃなかった。確かに辺り一面湿地帯が続いているが、俺たちはその横に続く、二メートル弱幅の道を進んでいる。湿地帯には確かにワニが見えるが、水鳥を狙っていたり、ひなたぼっこしていたりと、俺の知っているワニと対して変わらないようだ。この調子なら何事も無くデヴァイトを越えていけそうだ。
この道中でも槍の修練と魔法の練習は怠らなかった。しかし、槍の修練は宿場町までの道中と違い、襲い掛かってくる魔物も現れないので、主に型の練習に費やしていた。魔法の方も、場所が場所だけにレイラの睡眠も浅く、あまり派手なことは出来なかった。その為、槍の修練も魔法の練習も、少々物足りなさを感じている。
道中のレイラとの会話は特に無い。話題を振ろうにも喋られないし、何日も代わり映えしない湿地帯に、質問も底を突いた。唯一の会話は槍の修練時のアドバイスだけだった。そんな会話のない日々でも、レイラは嬉しそうに、楽しそうに毎日を過ごしていた。この平凡な日々が最も幸せな時間であることを知っているんだろう。だが、本当に何も無いこの日々に、レイラの表情が徐々に曇り始めた。
「聞いた話ですと、二、三日に数匹はリザードマンを見ることがあるそうなんです。けれど、もう六日が過ぎようとしていますが、まだ一匹も発見できていません。しかし、ワニなどの他の動物は普通に生活しているので、この前のような事にはならないと思いますが……念のため、用心しておきましょう」
そう言って俺たちは警戒心を強めたが、東の宿場町『イニスト』に着くまでに、リザードマンを見ることは無かった。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる