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第十八話 救出を楽しもう

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 太陽も地平に隠れ、空のグラデーションが一色に染まる頃、デヴァイトの東に位置する宿場町『イニスト』に辿り着いた。
 夜の宿場町は賑わいを見せており、楽しそうに夜を満喫している人たちを見れば、約十日間の旅の疲れも和らいだ。それに、長かった野営生活から解放されたと思うと、宿屋に向かう足取りも軽くなる。
 俺とレイラは、宿屋の女将に案内された一室に入ると、皮装備を脱ぎ捨てベッドに倒れこんだ。この四日間は最大限に警戒を強めて進んで来たため、肉体的にも精神的にも疲労がピークに達していた。


 次の日、俺が目を覚ましたのは、夕日が窓の正面から差し込む頃で、朝昼晩兼用の食事を食べた後、また深い眠りについた。
 翌朝、ようやく疲れも取れて、本格的に活動が出来るようになった。今日は、武具の手入れや消耗品の補充、情報収集などに充て、着いて早々ではあるが、次の日の朝にこの町を発つ事にした。

 デヴァイトの道中、一度も戦闘も無かったので、武具の手入れや消耗品の補充には、さほど時間も掛からなかった。午後からは冒険者ギルドに顔を出し、半日で出来そうな依頼を探すことにした。本来の予定では、デヴァイトでの戦闘でワニやリザードマンの皮だったり、リザードマンの収集物を現金化して、路銀にするはずだったので、その当てが外れた今、多少でも稼がないと今後の旅に支障が出るかもしれない。

 冒険者ギルドに入ると、二十人ほどが受付に詰め寄っていた。
 様子がおかしい。
 ギルド特有のワイワイとした雰囲気は無く、冒険者は誰ひとり声を出せない重苦しい雰囲気の中、一人の男性職員の声が建物内に響いていた。

「おう、お前らも冒険者だな。今から強制依頼の説明をするから、こっちに来い」

 男性職員に手招きされ、俺とレイラも冒険者たちの輪に加わった。
 周りの冒険者たちが見せる真剣な表情が、事の大きさを窺わせている。

「俺はこの街の冒険者ギルドで支部長をしているグラバーだ。早速強制依頼の話をする。今回、デヴァイトの山岳ルートを通っている一組のレイドから救助依頼が来た。A級魔獣ワイバーンに襲われて待避所から身動きが取れないらしい」

 ワイバーンと聞いた冒険者たちは一様に反応を見せた。驚愕、恐怖、不安といったところだろう。
 本来デヴァイトには居ない魔獣、レイラの予感も当たっていたようだ。

「ワイバーンを倒す必要はない。注意を逸らせてその隙にレイドを救出する。詳しい流れは道中に話す。出発は今日の昼だ。さっそく準備に取り掛かってくれ」

 冒険者たちは煙のように散り、ギルドに残ったのは、俺たちと、どうにかして強制依頼を反故しようとグラバーに言い寄っている数名だけになった。
 俺はレイラにワイバーンの特徴や、この強制依頼の危険性を確認した。

「ケンタ様ならワイバーン相手でも大丈夫……と言いたいところですが、ワイバーンは火属性の魔獣で、火耐性もかなり高いです。ケンタ様の火魔法との相性は……良くないでしょう」
(接近戦はどうかな? 最近、槍術もさまになってきた気がするんだが)
「接近戦も気を付けて下さい。鋭いキバに爪、両翼から放たれる突風に、尻尾には毒もあります。私たちのような皮装備では、死にに行くようなものだと思って下さい」

 いつになく真剣な表情で、俺に行動を自制するよう言葉を選んでいるようだ。俺も死にたいわけじゃないし、レイドの人たちには悪いが、まったく知らない赤の他人のために命を賭けるほどの正義感も持ち合わせていない。今回はレイラが言うように、後方でじっとしていよう。




「よし、これで全員だな。パーティー五組、ソロが六人で合計二十四人だ。これだけ集まれば、ワイバーンすら倒せちまうかもな! ハッハッハ!」

 確かに人数的には多いと思うが、一人一人の顔を見ると、不安の色が濃く見える。実戦経験も乏しく、力量も不足している冒険者の方が多いと俺にでもわかった。

「ケンタ様、このレイドでは明らかに戦力不足です。素早く救援先のレイドと合流しないと、最悪全滅も考えられます」

 耳打ちされたレイラの情報では、Aランクが一人、Bランクが三人、Cランクが十人、Dランクが七人、Eランクが三人で、この強制依頼のレイドは構成されているらしい。
 ちなみにAランクはギルド支部長のグラバーで、Bランク三人もギルド職員だったりする。なので、実際の冒険者はCランク以下となり、レイドメンバーの士気は必然的に低くなっている。
 いくらレイドを組んでいようと、Cランク以下がA級魔獣に挑むなど、死にに行くのと一緒だからだ。




 道中、B級魔獣グリフィンや、D級魔物のサーバルなどが、何度か襲いかかってきたが、さすがはAランク率いるパーティ、流れるような連携に、グリフィンもサーバルも瞬殺だった。
 これを見た冒険者たちは、少しずつではあるが、この強制依頼に希望を見出し始めていた。

 その晩、焚火を囲み、対ワイバーン戦の戦略を話し合った。

「いいか、ワイバーンは知能の高い魔獣だ。ファイヤーブレスやファイヤーボール、岩も砕く爪やキバ、尾先の毒や尻尾自体での薙ぎ払い、翼を羽ばたかせて突風を発生させたりと、多彩な攻撃手段を取ってくる」

 焚火に照らされた冒険者たちの赤い顔が、青く染まっていくように見える。ワイバーンの攻撃手段はレイラから聞いていたが、俺でもどう対処すればいいのか考えあぐねている。

「作戦はこうだ。マアム、シェリー、ブラベル、そして俺グラバーのギルド職員四人でワイバーンの相手をする。回復できる奴、攻撃魔法が使える奴は、少し離れた場所から援護を頼む。その他の奴は待避所からレイドの救出を頼む」
「ケンタ様、私はギルド職員の援護をしようと思います。ケンタ様はどうなさいますか?」

 安全策を取るのなら、レイラと共にワイバーン戦の援護に回るのがいいだろう。しかし、残りのメンバーで待機所から救出できるのかに、一抹の不安を感じている。散々悩んだ挙句、俺は当初の予定通り後方支援に徹する事にした。

「後方支援は、俺たちが攻撃を食らったら回復してくれ。水が使える魔法使いは、ファイヤーブレスが来そうな時は俺たちの前にウォーターウォールを出すか、回復をしてほしい。攻撃は俺の合図を待っていてくれ。救出組は、ワイバーンが俺たちに向かってきたのを確認してから、救出に向かってくれ。待避所内には十四名居るはずだ。その全員を頼む。待避所から出られたら、俺たちの事は構わず、そのまま来た道を戻って街まで行ってくれ」

 ここで俺は気付いた。ワイバーンを倒さない限り、ギルド職員たちは街への帰還が出来ない。ギルド職員の帰還は、ワイバーンを街に連れて行く事になるからだ。ギルド職員が、そんな被害を拡大させるような事をするはずがない。
 倒せなかった時、グラバーたちは自らが餌となる気でいるんだ。その事実にレイラも気付いているらしく、厳しい表情をしている。
 死を覚悟している人を前に、俺には何か出来る事があるのだろうか。
 同じ火属性で、生半可な攻撃も効かない相手。俺はワイバーンを無事に倒せる事を祈るしかないのか……。




「で、……でかい」

 冒険者の呟きに同意せざるを得ない。ワイバーンは予想よりも遥かに大きく、エンシェントボアーの倍はありそうだ。練磨されたその風貌に、怒りに任せたその叫喚に、尻もちを着く者もいた。
 ワイバーンのすぐ傍に、氷で覆われた山肌が見える。あそこが待避所だろう。ワイバーンのファイヤーブレスや、爪や尻尾での物理攻撃で崩れかけても、すぐに修復される所を見ると、待避所内の魔法使いたちが相当頑張っているに違いない。

 冒険者達は勇気を奮い起こし、武器を構えた。
 攻撃部隊はグラバーのパーティー四名、攻撃補助部隊は二組のパーティーと俺とレイラのパーティーで十名、救出部隊は残り一組のパーティーとソロ六名で合計十名だ。

「よし、じゃあ予定通り行くぞ! ワイバーンに勝つ必要はない! だが、負けてやる必要もない! さぁ、俺たちの武勇伝の始まりだ!」

 
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