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第十九話 共闘を楽しもう
しおりを挟む改めてワイバーンを観察する。外皮はくすんだ緑色をしていて遠目からでも鱗のような模様が見て取れた。両翼は大きく、翼膜には所々に破れが見える。
巨大な身体を支えうるだけあって、後ろ足はかなり大きく、爪も巨大で人間なら一突であの世行きだろう。
前足は無く、両翼の途中にツノっぽい爪が何本か生えている。眼光も牙も鋭く、氷の壁もワイバーンの牙に掛かれば、リンゴや梨を食べるかのように、シャリっと抉り取られていた。
尤も、抉り取られた瞬間、内側からの魔法により氷の壁も元通りに戻っているので、一撃の威力に優れているワイバーンも、攻めあぐねている状態だ。
「よし! ウォーターボールの詠唱開始だ!」
グラバーの合図で魔法が使える冒険者達は一斉に詠唱を始めた。
『水の精霊ウンディーネよ、我が魔力を糧として、敵を滅する弾となれ!』
数十個の水球が術者の周りに浮遊している。中には二個、三個制御できる者もいたが、俺やレイラのように、自分で形を変えるような事は出来ないみたいだ。
そういえば、イフリータが言っていたな……人間族は魔力の総量が少ないから、精霊に形を変えてもらうって。
全員の魔法詠唱が終わり、生唾を飲み込みながら、グラバーの合図を待った。
ワイバーンが氷の壁にファイヤーブレスを放った瞬間、高々と上げられたグラバーの剣が、ワイバーンを勢いよく指した。
「撃てー!」
『ウォーターボール!』
数十個のウォーターボールがワイバーン目掛けて射出された。ワイバーンも危険をすぐさま察知し、飛び立ち逃げようとするも、ファイヤーブレスを放っているせいで、数秒だが動作が遅れた。
衝撃音と共に、水しぶきが辺りを包みこむ。遠目からだが、おそらく八割程攻撃が当たっていたように見えた。
「よし! 各部隊移動開始! 死ぬなよ!」
グラバーの合図で、冒険者はそれぞれの役割を果たすため足を前に出した。
俺とレイラもグラバーのパーティーに続き、ワイバーンとの距離を詰める。辺りに立ち込めた水しぶきが霧となり、辺り一面の視界を奪った。
濃い霧は互いのハンディになるが、こちらは位置の把握をキッチリとし、散り散りに動いているのでこの戦況は有利に働くはずだ。
「シェリー! ウォーターボール!」
「了解! 水の精霊ウンディーネよ、我が魔力を糧として、敵を滅する弾となれ! ウォーターボール!」
移動中、ワイバーンの注意をこちらに向けるため、定期的に攻撃をして相手の動向を探っているが、ワイバーンに動きは見られないようだ。
もしかして、初撃で倒してしまったのか?
数分経つと霧も晴れ、辺りの様子が浮かび上がってきた。
ワイバーンは両翼を盾に、亀のように丸まっていた。救出部隊はすでに指定ポイントまで移動完了しており、あとはワイバーンを待避所の入口から遠ざければ、救出活動が開始できる。
ゆっくりとワイバーンが両翼を広げ起き上った。目の色は変わり、全身を使い猛々しく息巻いている。剥き出しの牙の隙間から洩れる炎は、徐々に勢いを増してきていた。
「キシャアアァァァ!!」
けたたましい咆哮が辺り一面を支配すると同時に、反撃の狼煙を上げた。
計画通りこちらに迫り来る巨大なワイバーンに、本能的に身体が萎縮するのが分かる。そんな危機迫る中、グラバーは両手剣を背に構え、嬉々としてワイバーンとの距離を詰めて行く。
グラバーはワイバーンに正面から戦いを挑んでいる。他のメンバーのシェリーとブラベルは水魔法を準備し、マームはその長い槍で、グラバーに噛み付かんとするワイバーンを牽制している。
長年こうやって戦ってきたのだろう。流れるような連携や阿吽の呼吸に、他の冒険者たちは見惚れているようだった。
思うように攻撃できない事に苛立ち、痺れを切らしたワイバーンは大きく息を吐き、尻尾の先まで取り入れんばかりに空気を吸い込み、同時に身体を起こしてグラバーと対峙する。
「ファイヤーブレス! 来ます!」
レイラの呼びかけにシェリーとブラベルがウォーターウォールを展開。その直後、ファイヤーブレスが辺りを火の海にした。二人のウォーターウォールはファイヤーブレスを受け、勢い良く蒸発するが、魔力を絶えず供給しているため消える事は無い。また、空に向かい斜めに生成したことにより、炎の何割かは何もない空に誘導され、威力も軽減されている。
ブレスが途切れたのを見計らって、グラバーとマームは左右に分かれて攻撃を続けた。
ワイバーンの攻撃は多彩なものだった。上空に羽ばたき、滑空から鋭い爪を構えて一気にグラバーに攻撃を仕掛けるが、風魔法をワイバーンに当て降下速度を落とす事で、グラバーは難なく避ける事ができた。また、両翼による突風も風魔法をぶつける事で相殺できた。
防御面は順調だ。救出部隊も順調に作業にあたっていて、数人が待避所から避難を開始し始めたようだ。
しかし、ワイバーンには有効なダメージを与えられないでいた。ワイバーンを倒せなければ、グラバー達が囮にならなければならないので、早く向こうのレイドと合流し、一気に攻勢を仕掛けたいところだ。
ちなみに俺は空気だ。魔法もレイラから禁止され、槍は念のため持ってはいるものの、グラバーの隣に並ぶには自分でも時期早々だと理解できる。
声も出せないので連携も取りづらいし、注意喚起もアドバイスも出来ない。何も出来ない自分に握る拳に力が入った。
徐々にワイバーンの攻撃が掠(かす)るようになってきた。時間にして数十分、前線の四人は絶えず動き回っているので、疲れの色が濃く出ている。レイラや他のメンバーによる回復魔法も、傷は治すが体力は回復できない。
疲れが焦りを呼び、焦りがミスを誘発する。
「しまった!」
ワイバーンの一撃が、判断を誤ったグラバーを捉えた。遠心力を最大限に生かした尻尾の鞭は、とっさに剣の腹で受け止めたものの、十数メートル先まで吹き飛ばされてしまった。
マームはグラバーの穴を埋めるため、シェリーとブラベルの前に立ちはだかりワイバーンと対峙するが、一人では長く耐えられないだろう。レイラはグラバーに駆け寄り、回復魔法を使用するが、その険しい表情から、すぐの復帰は難しそうだ。
俺は気付いたら、マームの隣でワイバーンに槍を向けていた。何の躊躇もなくこの場にいる事に、自分自身も心底驚いた。
「ケンタ様! ダメです! お下がりください!」
悲鳴にも似た叫びに、片手を上げて答える。大丈夫だと言ってやりたいところだが、この場合はもう遅いと言った方が良さそうだ。
ワイバーンの殺意は、すでに俺とマームに向いていた。
「この状況で前に出てくるなんて、アンタやるねぇ!」
(貴女も一人でワイバーンと戦おうなんて、無茶しますよね)
「おっと、喋られないんだっけ。 まぁ終わったら酒でも酌み交わそうか!」
そう言い終わる前に、ワイバーンに向かって攻撃を仕掛けた。先程まではグラバーのサポートに徹していた彼女だが、攻撃に転ずるとグラバーにも劣らずの猛者だとその動きを見て理解できた。
俺の槍より倍ほどの長い槍が、まるで身体の一部であるかのような扱い方だ。また身のこなしもレイラのように無駄がなく、洗練された剣舞に見入ってしまうほどだった。
立っているだけの状態だった俺は、何とか攻撃しようと一歩前に出てみるが、戦っている最中に、どう割り込めばいいのか判断できないでいた。
しかし、この優柔不断な行動が、ワイバーンの注意を逸らす妙手となり、奇跡的に彼女のサポートとして勤め上げられていた。
……どのくらい経ったのだろう。徐々に動けるようになっている自分に驚いている。基本を真面目にやってきたからだろうか。もともと素質でもあったのだろうか……それはないな。何故かはわからないが、考える間もなく本能や直感で動けている感じだ。
「やるじゃねぇか! 仮面の!」
「もう! 無茶しすぎです! ケンタ様!」
グラバーとレイラが前線に復帰したのを確認し、安堵が頭をよぎると、大きな震えが身体を襲い、思わず尻もちを着いてしまった。
情けない。でも、よくやったと自分を褒めてやりたい気分だ。それと同時に自分の判断力の無さを痛感した。今回はたまたま、運良く、奇跡的に助かったにすぎない。明らかに力量不足だし、何も考えずに前に出てしまった。この世界をもっと楽しむのなら、もっと臆病になるか、もっと強くなるかしないとな……。
「後は任せな。 レイラ! 主人を守ってな」
「わかりました」
レイラに肩を貸してもらい起き上がり後退する。振り向き視界に入るのは、グラバー達とワイバーン、そしてその奥に救出部隊と閉じ込められていたレイドだ。馬車の馬も荷馬も嘶かない様に、口元を押さえられていた。彼らが無事に避難出来れば、問題が一つ解決だ。しかし、ワイバーンを倒すという一番の難題が残っている。ここは俺も魔法を使って、少しでも戦力の足しにならなくてはと、想いを心に置いた。
「ここで少し休んでいて下さい」
レイラはそう言って俺を座らせると、またグラバー達をサポートする為に前線に赴いた。
また戦場が拮抗する。この状態のまま、無事に避難が完了すると思っていた。その時……。
「おおぃ! そのワイバーンの素材は、わしが全部、相場の二倍で買い取るぞ! だから早く倒してくれ!」
その大きな声に、俺もレイラも、グラバー達もワイバーンでさえも一瞬動きが止まった。
声の主を見ると、商人だろうか――小太りで背の低い男性が他の冒険者たちに押さえつけられていた。
「くそっ! 馬鹿野郎が!! 全員総攻撃!!」
グラバーは悪態をつきつつも、ワイバーンに攻撃を仕掛ける。マームも一瞬遅れて走り出し、他のメンバーも魔法詠唱を開始した。
しかし、遅かった。ワイバーンが笑みを零したかのように見えた瞬間、大きく羽ばたき上空へ急上昇した。そして、目掛けるは捕食対象の群れへ……。
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