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第二十話 想定外を楽しもう
しおりを挟む一瞬にして距離を詰め、地響きと共に地上に降り立った。ワイバーンが目の前に現れ、人は腰を抜かし、馬は一目散に逃げようとしている。辛うじて戦う意思のある冒険者たちが前に出るも、その巨躯に、その殺気に、その激声に絶望を感じていた。
ワイバーンは選りすぐるように人間を見て廻り、後ろから迫りくる厄介者どもが邪魔する前に、事を終わらそうと行動に移した。
「戦えー! 武器を持って戦えー!」
俺たちの前を走るグラバーの声は、戦意喪失した者たちには届いていない。
ワイバーンが一人の冒険者に目を付け、その前に立ちはだかる。形だけだが、手に持っていた杖は足元に転がり、完全に戦意喪失してしまったようだ。標的にされた冒険者は、確か、前の街『サウント』の食事の際に絡んできたパーティーメンバーだ。
「ジェシカー! 逃げろー!」
遠くからパーティーメンバーのミケルたちが声をかけるも、ジェシカには届いていないだろう。目をギュッと閉じ、自分の最後が苦しくないよう願っているようだ。
「シルフ、ウンディーネ――お願い! ウォーターカッター!」
シルフの力を借りて、誰よりも早くワイバーンを射程圏内に入れたレイラは、自身の得意とするウォーターカッターを放った。
水と風の刃はワイバーンの外皮に傷を付けたが、行動を止めるまでには至らなかった。
邪魔するなと言わんばかりに、ファイヤーブレスをレイラに放つ。
「くっ、ウンディーネ!」
間一髪のところでウォーターウォールを作り難を逃れた。しかし、長期に及ぶ戦闘で、レイラの魔力も底をつき始めていた。
ファイヤーブレスを防ぎきると、レイラも片膝をついて疲労の色を滲ませていた。
ワイバーンがジェシカに視線を戻す。
どうする。向こうのメンバーは誰も動けないでいる。こちらもワイバーンまではまだ距離がある。
グラバーが苦い顔をし、マアムが悔しさに声を荒らげ、大分後ろに居るシェリーとブラベルは、詠唱しながら移動しているが距離が遠すぎる。
残る手は、俺の魔法だけ……。
だが、炎じゃダメージは与えられない。ウォーターカッターの威力でも切り傷程度だった。
ワイバーンの動きを止めるには……これしかない!
(おおおおぉぉぉ!)
集中しろ!
狙うはワイバーンの鼻先!
(喰らえ! 『炎輝』)
目くらましにと炎輝を放つ。対象はワイバーンのみ。試した事は無いが設定すれば、対象以外は眩しく無いかもしれない。
ワイバーンの頭部と同等の『炎輝』が眼前に現れる。蒼白い光は一瞬にしてすべての者の視界を奪った。
俺は念のため下を向いていたが、自分が光に包まれて行くのを見て、慌てて眼を閉じた。
あちこちから悲鳴が聞こえる。ほぼ全員が炎輝の光にやられてしまったに違いない。
だが、ワイバーンに効いたかどうかはわからない。ひょっとしたら全く効いていないかも……そう考えると不安に駆られ、すぐに炎輝を消した。
時間にして五秒ほどだったと思うが、光が消え視界が戻ったのを足元で確認し前を向くと、そこには頭の無いワイバーンが身体をぐらつかせ、その場に倒れこんだ。
見えない視界、ワイバーンが倒れる轟音と衝撃に、皆がパニックに陥る。
しかし、その後の物音がまったくしないのと、徐々に視界が開けてきたことで、皆は次第に落ち着きを取り戻してきた。
「どうなってんだ……」
ワイバーンを足元に、グラバーのやるせない思いがこぼれた。まるで玩具を壊された子供のような顔をしていた。
他の面々も徐々に事切れたワイバーンの元に集まりだした。
安堵よりも、喜びよりも、疑問が皆の頭に渦巻いているようだ。
「ケンタ様、あれはケンタ様が……?」
(あぁ……)
レイラの耳打ちに頷く。
「やはり――でも、どうやって……?」
その問いには答えられないでいた。俺もまだ理解していないからだ。
俺は『炎輝』――ただの光を使っただけだ。
……いや、待てよ。
そういえば、色によって温度が変わると、学生の頃習った気がする。確か寒色系の方が温度が高く、暖色系の方が温度が低かったはずだ。とすると、今まで使用していた赤い炎は温度が低く、今使った炎輝は温度が高いってことになるな。
学生時代に習ったことを、失念していたなんて情けない。この事を思い出していれば、エラストで犠牲者を出さずに街の襲撃に対処出来ただろうし、今も俺の一撃で終わっていたはずだ。
「ケンタ様、大丈夫ですか?」
俺が自責の念に囚われている事に気付き、レイラが心配そうに覗き込んできた。
……わかっている。過去を『たられば』で話しても無意味だ。それよりも今後だ。
これからは、強い敵やちょっとでも危ない時には、魔法を積極的に使っていこうとと思う。
自分が死んでしまっては元も子もないし、自分が力を抑えて誰かが怪我をしたり、死んでしまったりしたら、それこそ一生後悔してしまうだろう。
この世界を楽しみたい。
レイラとの旅を楽しみたい。
魔法も剣技も、楽しい事も辛い事も全て楽しみたい。
俺は決意新たに、力強く前を向いた。
その後、倒したワイバーンはその場で解体された。ワイバーンの素材を持ち運べるだけ持ち、残りは他の魔獣などが寄ってこないうちに、焼き払い地面に埋めた。
今回の一件で、犠牲者が一人も出なかったのは、不幸中の幸いだろう。
残りの山岳ルートも、危険な魔獣たちが現れたところで、四十人以上の大所帯になったレイドの敵ではなかった。そして、誰一人欠ける事なく無事に街へ帰還した。
「おーし、グラスは行き渡ったか? それじゃあ、犠牲者無しでの救出達成に乾杯!」
街に着いた夜、酒場をギルドが貸切、宴が開かれた。グラバー率いた救出メンバーを始め、救出対象のレイドメンバーや、タダ酒にありつきたい者などで満席状態だ。
俺とレイラも隅の席でタダ飯タダ酒を堪能している。
今回の強制依頼で得たものは大きい。一つはお金だ。グラバーは声を上げて危険を呼び込んだ商人に、言葉通りワイバーンの素材を倍の値段で買い取ってもらった。そのお金は強制依頼の報酬として参加者に分配された。その額は一人当たり金貨5枚にもなった。
二人で金貨10枚になり、これで道中お金に困ることはなさそうだ。
今回得たもので一番大きいものは、やはり自分の魔法だろう。ワイバーンを一撃で倒せるその威力は、上級魔法と言っても過言ではないだろう。そういった意味では、あの時大声を出した商人には感謝しなくちゃならないな。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
声をかけられ振り向くと、そこにはミケルとそのパーティーメンバーが立っていた。この場面デジャビュだな……。
「何か御用でしょうか?」
ツンとした態度でレイラが応対する。俺を罵った彼らに対し、警戒の色が見て取れた。
「あの、先日は助けて頂き、ありがとうございました。それと、前の街での失言を謝らせて下さい。ケンタさん、本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
ミケルに続き、他のメンバーも深々と頭を下げた。酒場の隅とはいえ、四人の謝罪は好奇の目に晒され、喧騒の中でも注目を浴びている。
レイラと顔を合わせ、彼らの謝罪を受け取ることにした。これ以上やられては、悪いウワサが広がりそうだし、こんな人目の付く場所での謝罪に、彼らの誠意も窺えたので良しとした。
「顔を上げてください。ケンタ様はもう気にしてないそうです」
「ありがとうございます。レイラさんもありがとうございました。あの時レイラさんの魔法が当たってなければ、ジェシカは今頃……」
その時のことを思い出したのか、後ろにいたジェシカは両手で身体を抱き身震いしていた。それを見て、レイラも表情を緩め、子供をあやすようにジェシカに寄り添った。
それからミケルたちも輪に加わり、六人で楽しいひと時を過ごした。とは言っても、俺は聞くばかりだが、彼らは俺たちに色々なことを話してくれた。全員幼馴染で冒険者成り立ての頃に、先輩冒険者に色々言われた事。舐められない様に虚勢を張ってきた事。打ち解けてくると、彼らの素が見え始めた。
強くなりたい、有名になりたい、お金持ちになりたい、みんなと一緒にいたい。それを聞いて、すごく羨ましくなった。この厳しい世界でやっていける実力もちゃんとあるし、自分たちの実力をちゃんと理解し行動している。今回も、セオリー通りレイドを組んでデヴァイトに挑んだが、想定外の事態にあってしまっただけで、彼らの行動に落ち度は無かっただろう。
俺にはそんな親友が居なかった。友人知人は居たが、ミケルたちの関係を見ると、俺と友人の関係なんてとても希薄に思えた。もう今頃言っても……友人たちとの関係を密にする事は出来ないだろう。
もう向こうの世界には戻れない気がする。
……だったら、それなら! こっちの世界でそれを築こう。向こうの世界での後悔は、こっちの世界で晴らそう!
やるぞ!
やってやるぞ!
親友作るぞ!
彼女作るぞ!
一人立ち上がり新たな決意を胸に燃える俺に、ミケルたちの視線が厳しかった。
「えと、その……仮面の呪いの影響なんです」
ええ子やなぁ……。 レイラのフォローに視界がぼやける。
「それじゃあ、失礼します。今日はありがとうございました。もし、どこかで会ったら、また声を掛けていいですか?」
「えぇ、もちろんです」
一頻り会話を楽しんだ後、彼らは他の冒険者たちに挨拶をするため、その場を後にした。今までの賑やかさの反動からか、二人のテーブルは少し寂しく感じた。
「彼らはこれから強くなりますよ。四人で切磋琢磨して、どんな困難も切り抜けて行くと思います」
(そうだな)
「そうね。でも私の方が強いわ!」
口をモグモグさせながら、彼女は俺の向かいに腰を掛けた。
(リタ!?)
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「このお肉おいしいー!」
やらなくちゃいけない事って、全国グルメ旅……じゃないよな?
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