困難って楽しむものでしょ!

ポッチー

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第二十一話 余韻を楽しもう

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 久々に逢ったリタは何も変わっておらず、その可愛さと愛嬌の良さに、多くの野郎共が下心丸出しで近寄ってくる。しかし、今は俺という得体のしれない番犬が、彼らの行動を抑制している。

「リタさんは今までどうしていたんですか? あのワイバーンに襲われたレイドにいらっしゃったんですか?」
「え? 違うわよ。湿地ルートって所を進んでたんだけど、沼地から来たリザ―ドマンが私のワンピースを泥で汚したの」

 そう言ってひらりとワンピースの裾を持ち上げると、綺麗なおみ足が……じゃなく、十円玉サイズの泥が付着していたようなあとが薄っすら見えた。

「ね! 付いてるでしょ! だから、あの湿地に居るリザードマンを、一匹残らず消し炭にしてやったわ」

 腕を組み、ドヤ顔で自らの武勇伝を語るリタに、俺とレイラは若干引いてしまった。ヤバい、可愛さにほうけて忘れていたが、彼女は炎神。俺たちとは価値観も違うだろうし、その強さも桁違いだ。
 軽々しくタメ口で喋っていたが、これは改めた方が良さそうかな……。

(リタ様が通った後だったから、僕たちが通った時はリザ―ドマンが一匹も居なかったんですねー)
「ケ、ケンタ様、リザ―ドマンが居なかったのは、リタ様が討伐してくださった……からみたいですねー」
「……何よ、二人して気持ち悪い喋り方しないでよ」

(す、すまん)
「ごめんなさい」

 ほっぺを膨らませて怒るリタは、やはり敬われる事を望んでいない様だ。下手に怒らせないよう気をつけよう。……あと、舐めるように見るのも程々にしよう。




「楽しそうでしたね。きっとケンタ様に逢えた事が嬉しかったんですよ」
(いや、きっと美味しい物を、いっぱい食べられたからだと思うよ)

 楽しく騒いで上機嫌だったリタも、眠気には勝てなかったようで、今は俺の背中にヨダレを垂らしながら、おんぶされている状態だ。背中に感じるマシュマロの感触が魅力的だが、隣から殺気とも思える刺すような視線と、取って付けたような笑顔に、俺の顔は引きつったままだった。

 レイラ……コワイヨ。

 リタをベッドに寝かせ、あとの事はレイラに任せた。俺は久しぶりに参加した宴会の熱冷ましにと、外をブラつき夜風に当たることにした。



 夜もかなり更け、あれだけ賑やかで明るかった街も、今は数軒の店の灯りと、降り注ぐ月の光が家々を蒼白く染め上げていた。その家の間を、火照った身体に心地良いやわらかな風が通り抜ける。

 向こうの世界では、あんなに嫌だった飲み会や宴会が、こっちの世界ではすごく楽しく感じた。理由は何となく分かる気がする。多分、それを楽しもうとしているか、していないかの差なんだと思う。
 会社の飲み会に参加する時は、欠席する理由を考えたり、早く帰る言い訳を考えたりと、飲み会を楽しもうという気持ちが一切無かった。

 今日はどうだった?

 行くのは少し億劫だったが、席に着いてからは、レイラとの食事に夢中になったり、ミケルたちとの会話を楽しんだり、あと、リタとのやりとりを楽しんだり出来た。

(楽しかったなぁ)

 ひょっとしたら、会社の飲み会も、俺の気持ち一つでもっと楽しめたのかもしれない。先輩たちと楽しく飲んで、騒いで、もっと仲良くなっていれば、仕事の方も、もっと良い方向に進んでいた気がする。
 ここ最近の充実した生活に、日本で暮らしていた頃の――バカな自分に対する後悔の念が、日に日に強くなっていく。
 いくら辛い毎日だったとしても、今がすごく充実していても、やはり日本での日々が思い浮かぶ。辛いことも、のど元過ぎればと言うし、ほんの少し、日本に未練が生まれてきたのかもしれない。

(やっぱり、日本に帰りたいのかな……)

 自分の気持ちがよく分からない。俺は、最終的にはどうしたいんだろう……。


 部屋に戻った俺は、ベッドの上で繰り広げられていた、『ドキッ! 女性オンリー! 魅惑のプロレス』に釘づけになりながらも、何とか理性を保つためもう一度部屋を出て、槍術の練習に勤しんだ。
 いや、ただ単にリタがレイラを、抱き枕にしていただけなんだけど、リタの手付き、レイラの悶える声、服がめくれ上がって見える禁断の――ヤバイ、もう思い出すのは止めよう。
 下半身の槍に振り回され、前屈みになりながらも、俺はレイラ直伝の、槍術の型を繰り返した。



「こんな日の、こんな時間まで研鑽してるのかい? 今の冒険者連中に見せてやりたいね」

 ワイバーンと共に戦ったギルド職員のマームが、お酒片手に姿を見せた。柔らかい表情とラフな格好から、あの時の猛々しさは微塵も感じられず、あまりのギャップに槍が手からこぼれ落ちた。

「おいおい、大事な相棒だろ。……へぇ、手入れが行き届いてて、良い槍じゃん」
(あぁ、手入れはレイラにやってもらってるんだ)

 転がった槍を拾い上げ、幾つかの型を見せてくれた。多分それは、何万回、何十万回と繰り返してきた型だろう。あまりにも滑らかで無駄がなく、そのため凄まじく速く、風を斬る音を聞けば、その一撃が必殺の域に達していることは容易に理解できた。

「ほら、飲みな。帰ってきたら一杯やる約束だっただろう?」
(あぁ。 そうだったな)

 お酒は弱いほうだが、こういう酒は美味しい酒に間違いない。コップを受け取り、グイッと一気に流し込むとと、喉が焼けるような感覚に、顔をしかめながらも飲み干した。空になったコップを彼女に渡し、軽く咽せながらも、美味しかったと礼をした。

「あはは、酒は苦手だったかい?  冒険者たる者、酒も嗜むようにならないとダメだよ」
(……善処します)

 身体が熱い。かなり度数の高いお酒だったようで、景色が回り、足元もおぼつかない。

「おいおい、大丈夫かい? 仕方ないね、宿屋まで連れて行ってやるよ」

 彼女に肩を借りながら、千鳥足で宿屋に向かった。

「今回のワイバーン、それにエラストの件、ここ最近、魔獣どもの様子がおかしい。次の街まで十分に気をつけて行くんだよ。そして暇があったら、またこの街に寄ってくれよな。今度はジュースで乾杯しよう」
(あぁ、ありがとう)



 翌朝、朝食を済ませた俺たち三人は、当初の予定通りグランディに向けて、街を後にした。
 二日酔いが残るかと思ったが、意外にもスッキリと目も覚めたし、体調も万全だった。
 リタもグランディに行くというので、行動を共にする事になった。女性二人に俺一人……否が応でもテンションが上がるし、悦に浸ってしまう自分がいる。
 一人はハーフエルフの美人、もう一人は金髪美少女と来たもんだ。
  男ならこの両手に華の状況に、お金を払っても良いくらいのシチュエーションだろう。

 共に行動する事になり、リタにはギルドパーティーに加入してもらう事にした。冒険者の身分証や報酬などメリットが大きいからだ。
 こういうのを嫌がるかと思ったが、意外と乗り気で、出来上がった身分証を「見て、見てー!」と俺たちや、見知らぬ人にまで見せびらかしていた。


 グランディまでの約十日間、旅は順調に進んでいった。

 道中、俺は二人に新戦力となった『炎輝えんき』を披露した。
 レイラには共に戦う為、知っていて貰いたいし、リタにはこの魔法がどの程度のレベルなのか教えて欲しいからだ。

「えっと、眩しすぎてよくわからないですね。威力は素晴らしいですが、倒した相手の素材が取れなくなってしまうので、出来れば緊急時のみ使用していただけますか?」
「眩しすぎ、効率悪すぎ、威力弱すぎ! 千点満点中、三点ね!」

 誰か、俺に優しい言葉をかけてくれ。そしてこの涙を止めてくれ。

 それからの道のりは、女性二人で何やら話が盛り上がっているようで、俺そっちのけでズンズンと歩きながら、楽しそうに互いの距離を詰めているようだった。俺相手だと、どうしてもレイラから話す一方になってしまう。なので、レイラもちゃんとした話が出来るので、楽しいに違いない。

 俺は一人、魔法の練習に没頭し、寂しさを紛らわせた。
 威力と発光は、『炎輝』の練りこみ具合で、調整が可能だが、威力と発光は比例していて、威力を上げると発光も強くなった。どうやったら眩しくない『炎輝』を作り出せるのか、お手上げ状態だった。

 レイラとの会話で忙しいリタにも、煩いと一蹴され、当初思い描いていた、両手に華とは程遠い理想と現実のギャップに落胆の色を隠せないでいた。

 早く仮面の呪いを解呪して、彼女たちの会話の輪に加わりたい。

 そんなこんなで街を出てから九日目、俺たちはグランディに辿り着いた。

 
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