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第二十二話 聖地を楽しもう

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(……大きいな)

 聖地と呼ばれている街『グランディ』の中央に位置する大聖堂は、その広さはもちろん、高層ビル何十階分もの高さがあり、おのぼりさんのように口を開けてそれを上を見上げていた。

 グランディはこの大陸の中、首都『サンクテレシア』に続いて二番目に大きい街で、聖地という言葉とは相反し、その全景はまるで要塞のようのようだった。
 外周は分厚く高い城壁で囲まれ、その上には見張りの兵士が多数巡回している。外周にも隊を成した兵士が見回りしており、この街に来て数分しか経っていないが、三ケタを超える兵士を見た気がする。
 ただ他の街と違うところは、多数の兵士や門番は居るが、入る時に呼び止められることも無く、多くの人々が自由に出入りしている。教会の聖地だからか、巡礼者らしき人たちが多く見て取れた。
 街の中は活気にあふれ、東京都心の主要駅とまではいかないが、余りの人の多さにどこか懐かしさを感じた。

「ケンタ様、これからどういたしましょうか?」

 空は明るいが、西に見える陽は徐々に赤く染まろうとしている。今日はここの宿屋で一泊して、明日一番で大聖堂に行くことにした。

「じゃあ、私はこっちに用があるから、またね!」

 リタはバイバイと手を振りながら、雑踏の中に消えて……いや消えず、近くの屋台で何かを注文しているようだ。リタのグルメ旅も順調で何よりだ。何だったら俺たちも一緒に誘ってくれればいいのに。

「ケンタ様、その、リタってお金持っているんですかね?」
(……え?)

 考えてみれば、前の街で冒険者登録したばかりだったな。稼ぐ手段が全く無いとは思わないが、リタが稼いでいるとは考えづらい。最初から持っている、おねだり、恐喝、食い逃げ――天真爛漫な彼女なら、どの可能性を否定できないな。

(……様子を見に行こうか)
「……そうですね」

 レイラも俺と同じ結論に至ったに違いない。人の波を縫ってリタの入った屋台に顔を出すことにした。ついでに晩飯もそこで食べようかな。



「何これ!? すっごくおいしいぃ~!」
「そうだろ! そうだろ! お譲ちゃんわかってるねぇ! ここのチキン炒めも絶品なんだよ! おい親父! チキン炒めをお譲ちゃんに一つ!」
「はいよー! それにしても、いい食べっぷりだな! チキン炒めは俺の奢りだ! じゃんじゃん食べてくれよ!」
「ホント!? ありがとう!!」

 リタの嬉しそうな声が、屋台から聞こえてくる。屋台は大きめの屋根を備えていて、客席には十人以上座れるスペースがありそうだ。おいしいおいしいと、可愛い声で連呼するのを聞いた通行人の中には、どれほどのモノなのかと屋台に入る人もいた。
 店主をはじめ、周りの客たちに囲まれ、幸せそうに肉を頬張っていて――なるほど、彼女はお金を出す必要はないのか。

「大丈夫そうですね」
(そうだな。一緒に食事でもと思ったが、なんか邪魔しちゃ悪いかな。一応食事代としてちょっと渡しておくか)
「お金渡すんですね? じゃあ私が渡し――」
(いや、俺が行こう!)

 レイラが行ったら、余計に場が盛り上がりそうだ。リタにも必要以上にちょっかいが出ない様に、周りの客たちにも釘を刺しておかねば……。

「あ! レイラ! ケンタ! ここのご飯すごくおいしいよ! 二人も食べなよ!!」

 俺たちが近寄るよりも、リタの方が一足先に俺たちに気が付き、目と口周りを輝かせながら手を振っている。仕方なく、俺はレイラと二人でその屋台に入っていった。

 あれだけ騒がしかった屋台内が静まり返った。毎度毎度の恒例行事。ある程度慣れてはきたが、多少のストレスが軽く神経を逆なでている。
 だが、今回は違った。客の目は俺じゃなくレイラに向けられ、その表情は驚きから軽蔑へと変わり、再び戻った喧騒は、レイラを傷つける言葉で埋め尽くされていた。

「奴隷だ! 奴隷が居るぞ! ここから出て行け!」
「目障りだ! 早く視界から消え失せろ!」
「この街に来るな! ここは聖地! お前のような奴隷が来て良い場所じゃない!」




 それからの事は覚えていない。




 気が付いたら俺は鉄格子の中に追いやられていた。

 ここはどこだろう。窓も無く、暗くジメジメした空気が漂っている。鉄格子の中には、多分トイレと思われる穴が一つ空いているだけで、その他には何もなかった。
 頭を始め、身体のあちこちが軋む。打撲や打ち身に切り傷程度だが、多分ボコボコに伸されたのだろう。このままでは行動に支障をきたすので、回復魔法の『炎癒えんゆ』を使い完全回復した。

 あの時の状況を必死に思い出してみると……どうやらレイラを罵倒された事にキレてしまったらしい。情けない、感情の一つもコントロール出来ないなんて。
 いくらレイラの事を言われても、冷静に考えてその場をすぐに離れたりすれば良かっただけなのに……。レイラやリタが無事だといいけど。
 それに俺は武器は使ったのかな……魔法は使ったのかな、怪我人が出ていないといいけど……。

「おい、出ろ」

 部屋の隅で感傷にひたっていると、一人の兵士に連れ出された。
 どうやら俺が居たところは街の中心にある大聖堂の中らしい。廊下の途中で窓の外を覗くと、夜でも活気溢れる街の声が、この石造りの建物内にも聞こえてきそうだった。



「失礼します。例の者を連れてまいりました!」

 重厚な扉を前に、兵士が声を上げ扉を開けた。

 中は赤い絨毯が敷かれており、家具や装飾品は高級感で溢れている。その中に一人、窓の外を眺める若い男性が立っていた。

「お前が弱いくせに、多数にケンカを売ったバカか」

 視線は窓の外に向けながら、呟くように男は言った。俺は返事も出来ないのでそのまま無言を貫くことにした。

「おい、何とか言ったら……へぇ、その仮面、呪われているのか!」

 俺を見た男はすぐに仮面の呪いに気が付き、嬉しそうに俺に詰め寄ると、じっくりと仮面を吟味している。

「大司教様、危険です!」
「大丈夫だ。お前はもう下がっていいぞ」
「で、ですが……」
「ん? 聞こえなかったか?」
「い、いえ、わかりました。失礼致します」

 コイツが大司教か。俺が呪われている事も一目見てわかったのも頷ける。俺と同い年くらいの若い大司教は、中肉中背の黒髪で、その容姿はイケてるメンズと言わざるをえない。
 ひと通り仮面を調べ尽くすと、テーブルの上にある書類に目を通し始めた。恐らく、俺のことについて何か書いてあるに違いない。

 何故こうなってしまったのか、順を追って思い出していこう。まず、俺はあの罵声を浴びせてきた客達に突っかかっていき、返り討ちにあった。確か一番手前の客の胸ぐらを掴むと、すぐに横から他の客が体当りしてきて倒され、その後はモミクチャにされて……意識が無くなった後、兵士なり、なんなりにあの部屋というか檻に連れて行かれ、今に至ると。

 不明な点はレイラとリタの所在と安否だ。まぁ二人とも強いから、あんな連中に遅れを取るとは思えない。逆に客たちの安否の方が心配だが、この男の俺に対する反応を見れば、特に問題なかったに違いない。死人が出ていれば、不用意に近づいたりしないはずだ。
 これからについては、とりあえずレイラたちと合流して、コイツに解呪を頼んで……って、今頼めばいいのか!

(あ、あの、貴方にこの仮面の呪いを解呪してほしいんですが)

 俺の視線に気が付いた大司教に、あくまで下手に、相手の機嫌を損ねないように低姿勢で懇願した。
 大司教は俺が言わんとする事を理解し、視線を落としていた書類をテーブルに放り投げた。その行動一つ一つに苛立ちが見えた。

「俺はな、奴隷が嫌いなんだよ。クセーし、汚ねーし、バカばかりだし、人間じゃねぇんだよ! 家畜以下だ! だから、この街の住民たちにもそれを刷り込んだ。奴隷はサイアクだってな。お前の奴隷も家畜以下だってな!」
(てめぇ……!)

 怒りで身体が震えてきた。これほど本気で人を殴りたいと思ったことはないだろう。だが冷静な面も辛うじて残っていた。ここでこいつを殴っても何もならない。俺の為に、レイラの為に、俺は怒りを奥歯で噛み締め、改めて頭を下げて懇願した。

(お願い……致します)

「……ふん、何度頭を下げようとダメだ。お前は奴隷を買い、所有している。俺は奴隷が嫌いだ。だから必然的に奴隷を買ったお前も嫌いだ」
「待って下さい! ケンタ様は何も悪くありません! すべては私の責任です! 私がここから去りますから、どうかケンタ様の呪いを解呪してください!」

 入口の方を見ると、小走りで駆け寄ってくるレイラと、その後をリタが、その後ろには兵士たちが十数人も後を付いていた。多少強引にここまで来たんだろう。兵士たちの顔色が強張ってみえる。

「ふん、奴隷の声など俺には届かん。この大聖堂が穢れる、ここから立ち去れ!」
「そんな! お願いです! どうかケンタ様は私の為に――」
「あ? 聞こえなかったか?」

 今にも攻撃して来そうな程の殺気を込め、男はレイラに詰め寄ろうとしている。

「まぁまぁ、そう言うな。――聞け」
「な!? くっ!」

 二人の間に割って入ったリタに、男はレイラに詰め寄るのを止め、そばの椅子に荒々しく腰を掛けた。
 傍観者を決め込んでいたリタだったが、レイラを守るためか、かなりの殺気を放ち大司教の行動を抑制した。

 それから、レイラは俺たちの出会いからこれまでの事を大司教に話した。

 
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