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第二十三話 特訓を楽しもう

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 時間にして十分程度の、俺とレイラの物語を語り終えた。
 大司教の反応は無いが、レイラの言葉は確実に届いているだろう。

「お願いします。どうかケンタ様の呪いを解いてください」
(お願いします)

 一通り話し終わると、俺とレイラは改めて解呪をお願いした。男はまた窓の外を眺め、何かを考えているようだった。



「よしわかった。……ただし条件がある。不本意で主従関係になったのなら、その奴隷を解放しろ。問題無いだろう?」

(あぁ、元々そのつもりだったから、何の問題も無い。なぁ、レイラ?)

「あ、はい。問題ありません」

 どこか浮かない顔のレイラに少々引っかかったが、ようやく話も纏まり、呪いの解呪の目処も立った。
 奴隷の解放にはここから一番近い首都『サンクテレシア』の奴隷商まで向かい、そこで奴隷の首輪を外してもらう事で晴れて奴隷解放となる。



 その後、俺たちはこの街からすぐ出て行くよう命じられた。必要最低限の旅支度を済ませ、兵士たちに囲まれながら、罵声のまない通りを抜け、街を去った。



 夜も更け、唯一街道を照らしている月明かりだけが、俺たちの味方のように感じた。
 激動の一日というか、半日だったな。今まで奴隷に対してリアクションも殆どなかったので、てっきり受け入れられている存在だと思っていた。
 しかし、何にも反対意見はあるわけで、こういった反応も想定内だ――想定していなかったけど。

 あれ? 逆に奴隷の存在を否定しているので、人道的には一番正しい意見だな。奴隷に肯定的になっていた俺の方が、非人道的であり、本来ならば許されない行為だよな。
 異世界という環境下で、そういった道徳概念が麻痺してきているのかもしれない。考えてみれば、俺はすでに人も殺している。相手は盗賊で、しかも不可抗力で起こった爆発によるものだが、殺人は殺人だ。
 死んでいた護衛の防具も剥ぎ取り、この世界に来てから犯罪ばかり犯している。

 俺はどこかで、異世界だから何をやってもいいやと、まるでゲームのような感覚でいた。自分さえ楽しくこの異世界ライフを堪能できればそれでいいと、そう思っていた。

 違うだろ! 確かにこの世界を楽しみたいし、何をやってもすべて自己責任で、上手く立ち回れば情報社会の日本のように、すぐ捕まる事もないだろう。
 だけど、人の気持ちは向こうもこっちも変わらないはずだ。人が死ねば悲しいし、死んでいた護衛に家族が居たかもしれない。もしかして、今もまだ帰りを待ち続けているのかもしれない。途中で捨ててしまった着崩した護衛の防具も、残された家族には大切な思い出の品だったのかもしれない……。

 自分の犯した過ちに、後悔の念が押し寄せた。足がすくみ、体が震え、息ができない。立っている事もままならなくなってきた。突如思い浮かぶ彼らの死に顔に込み上げるものがあり、その場で吐いてしまった。

「ケンタ様! 大丈夫ですか?」
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

 駆け寄るレイラの手を取り強く抱きしめた。最初は戸惑っていたレイラも、俺の異様なまでの震えに気付き、優しく俺を包み込んでくれた。
 リタも傍らで俺の頭を撫で続けてくれている。そんな優しさに溢れた状況に、俺はようやく落ち着きを取り戻した。

(すまないレイラ。もう大丈夫だから……。リタもありがとう。おかげで落ち着いたよ)
「まだ顔色が優れないですね。もう少しこのままでも、私は大丈夫ですけど」
「あまり無理しちゃダメよ。怪我なら簡単に治せるけど、精神的なものは私には無理だからね」
(あぁ、ありがとう、二人とも)

 正直、落ち着きはしたが、心に抱えたこの問題は、この後もずっと俺の中にあり続けるだろう。



「首都『サンクテレシア』までは約三十日ほどかかります。途中にある『アグコルト』という小さな街ですが、そこで消耗品などを補充してから向かいたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
(うん、それでいいよ。レイラが居てくれて本当に助かってるよ。もし俺一人だったら、多分今頃野垂れ死んでるよ)
「ねぇねぇ、レイラ! そこは何が美味しいの? お肉? それともお魚?」
「え? 確かあそこは一角ウサギのラグーが凄く美味しかった記憶があるけど……」
「ラグー! ねぇケンタ! ラグーって何? どこの部位?」
(え? ……どこだろ? 耳かな?)
「あ、ラグーは煮込み料理のことですよ。長時間じっくりと煮込んであるんで、お肉も凄く柔らかくて、口に入れた瞬間溶けて無くなるほどでしたよ」
「うぅー。レイラ! ケンタ! 早く行こ! さっ! 早く早く!」

 レイラの話を聞いて居ても立っても居られなくなったのだろう。二人の背中をグイグイと押してくるリタに、俺とレイラは互いに顔を合わせ、笑みを浮かべた。




「じゃあ、ダッシュもう十本追加でお願いします」
(ま、マジか……死ぬ……)

 首都までの道のりは俺にとって、とても過酷なものになった。グランディでの失態にリタがオカンムリだったからだ。俺を鍛える名目で、リタとレイラの地獄の特訓が始まった。
 レイラは主に基礎体力と筋力の増強のため、俺をひたすら走らせ、槍を振るわせた。体力が無くなるとリタの魔法で回復させ、また走り出す。クソッ、なんでリタの回復魔法は体力まで回復するんだよ! 回復魔法って怪我や傷だけじゃないのか!?
 しかしそんな万能そうに思えたリタの回復魔法も、数十回と繰り返すと回復しなくなった。これでやっと終わるかと思いきや、そこからレイラとの模擬戦を、文字通り倒れるまでやらされた。

 次の日は筋肉痛でまともに歩けない状態になるので、リタとの魔法の特訓になる。
 まずは自身の回復魔法『炎癒えんゆ』をバックグラウンドで常に自分に使う。そのうえでリタの放つ魔法を打ち消す訓練だ。
 これは魔法を自由自在に使うための訓練で、大きさ、威力を瞬時に読み取って対応しないと、すごく熱い目にあう。威力が弱すぎればリタの炎で身を焦がし、こっちの魔法が強すぎてリタの炎に打ち勝ってしまうと、もれなく彼女の熱い一撃がタライのように天から降り注いでくる。

 食い意地を張っていても、彼女は炎神。俺の魔法とは威力の桁が違う。指先でピンっと弾いてできた炎は、あのワイバーンを一撃で葬った俺の最強炎と同等程度の威力があった。
 死に物狂いでリタの放った炎を消して行く。初めはバスケットボールほどのファイヤーボールを、ノロノロ速度で撃ってくれて対応し易かったが、今はソフトボールほどの大きさで、速度もかなり早い。ここまで来ると、『考えるんじゃない、感じるんだ!』の域に達してきている。


 二十日ほど経った。通常は十四、十五日程度でアグコルトに着くのだが、特訓をしながらなので、進むスピードが遅れてしまっていた。

「うんうん、まぁまぁね。炎の光も落ち着いたし、生成速度も及第点ね」
「えぇ、ケンタ様の炎はもう眩しくないですね。基礎体力の方もかなり付いてきました。槍術の方は……成果が出るのはもう少し先ですね」
(あ、ありがとう……ございます)

 満身創痍で、今さっき何をやったかすら思い出せない。しかし身体には、この十数日の特訓の日々が刻まれているはずだ。



「明日のお昼には、街に着けると思います」
「ようやくね! ようやくラグーが食べられるのね!」
(やっとこの地獄から解放されるのか!)

 思わず出てしまったガッツポーズを見て、リタがまた特訓用の炎を俺に向けて撃ってきた。その表情は怒っているというより、俺の反応を見て楽しんでいるようだった。

「地獄って何よ! こんな美女二人を両手にして、どこが地獄よ! 天国の間違いでしょ!」
「ケンタ様、ダッシュ十本追加です……ふふっ」

 地獄にある天国なのか、天国にある地獄なのかは分からないが、今日も笑顔で進めそうだ。

 
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