23 / 38
第二十三話 特訓を楽しもう
しおりを挟む時間にして十分程度の、俺とレイラの物語を語り終えた。
大司教の反応は無いが、レイラの言葉は確実に届いているだろう。
「お願いします。どうかケンタ様の呪いを解いてください」
(お願いします)
一通り話し終わると、俺とレイラは改めて解呪をお願いした。男はまた窓の外を眺め、何かを考えているようだった。
「よしわかった。……ただし条件がある。不本意で主従関係になったのなら、その奴隷を解放しろ。問題無いだろう?」
(あぁ、元々そのつもりだったから、何の問題も無い。なぁ、レイラ?)
「あ、はい。問題ありません」
どこか浮かない顔のレイラに少々引っかかったが、ようやく話も纏まり、呪いの解呪の目処も立った。
奴隷の解放にはここから一番近い首都『サンクテレシア』の奴隷商まで向かい、そこで奴隷の首輪を外してもらう事で晴れて奴隷解放となる。
その後、俺たちはこの街からすぐ出て行くよう命じられた。必要最低限の旅支度を済ませ、兵士たちに囲まれながら、罵声の止まない通りを抜け、街を去った。
夜も更け、唯一街道を照らしている月明かりだけが、俺たちの味方のように感じた。
激動の一日というか、半日だったな。今まで奴隷に対してリアクションも殆どなかったので、てっきり受け入れられている存在だと思っていた。
しかし、何にも反対意見はあるわけで、こういった反応も想定内だ――想定していなかったけど。
あれ? 逆に奴隷の存在を否定しているので、人道的には一番正しい意見だな。奴隷に肯定的になっていた俺の方が、非人道的であり、本来ならば許されない行為だよな。
異世界という環境下で、そういった道徳概念が麻痺してきているのかもしれない。考えてみれば、俺はすでに人も殺している。相手は盗賊で、しかも不可抗力で起こった爆発によるものだが、殺人は殺人だ。
死んでいた護衛の防具も剥ぎ取り、この世界に来てから犯罪ばかり犯している。
俺はどこかで、異世界だから何をやってもいいやと、まるでゲームのような感覚でいた。自分さえ楽しくこの異世界ライフを堪能できればそれでいいと、そう思っていた。
違うだろ! 確かにこの世界を楽しみたいし、何をやってもすべて自己責任で、上手く立ち回れば情報社会の日本のように、すぐ捕まる事もないだろう。
だけど、人の気持ちは向こうもこっちも変わらないはずだ。人が死ねば悲しいし、死んでいた護衛に家族が居たかもしれない。もしかして、今もまだ帰りを待ち続けているのかもしれない。途中で捨ててしまった着崩した護衛の防具も、残された家族には大切な思い出の品だったのかもしれない……。
自分の犯した過ちに、後悔の念が押し寄せた。足がすくみ、体が震え、息ができない。立っている事もままならなくなってきた。突如思い浮かぶ彼らの死に顔に込み上げるものがあり、その場で吐いてしまった。
「ケンタ様! 大丈夫ですか?」
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
駆け寄るレイラの手を取り強く抱きしめた。最初は戸惑っていたレイラも、俺の異様なまでの震えに気付き、優しく俺を包み込んでくれた。
リタも傍らで俺の頭を撫で続けてくれている。そんな優しさに溢れた状況に、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
(すまないレイラ。もう大丈夫だから……。リタもありがとう。おかげで落ち着いたよ)
「まだ顔色が優れないですね。もう少しこのままでも、私は大丈夫ですけど」
「あまり無理しちゃダメよ。怪我なら簡単に治せるけど、精神的なものは私には無理だからね」
(あぁ、ありがとう、二人とも)
正直、落ち着きはしたが、心に抱えたこの問題は、この後もずっと俺の中にあり続けるだろう。
「首都『サンクテレシア』までは約三十日ほどかかります。途中にある『アグコルト』という小さな街ですが、そこで消耗品などを補充してから向かいたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
(うん、それでいいよ。レイラが居てくれて本当に助かってるよ。もし俺一人だったら、多分今頃野垂れ死んでるよ)
「ねぇねぇ、レイラ! そこは何が美味しいの? お肉? それともお魚?」
「え? 確かあそこは一角ウサギのラグーが凄く美味しかった記憶があるけど……」
「ラグー! ねぇケンタ! ラグーって何? どこの部位?」
(え? ……どこだろ? 耳かな?)
「あ、ラグーは煮込み料理のことですよ。長時間じっくりと煮込んであるんで、お肉も凄く柔らかくて、口に入れた瞬間溶けて無くなるほどでしたよ」
「うぅー。レイラ! ケンタ! 早く行こ! さっ! 早く早く!」
レイラの話を聞いて居ても立っても居られなくなったのだろう。二人の背中をグイグイと押してくるリタに、俺とレイラは互いに顔を合わせ、笑みを浮かべた。
「じゃあ、ダッシュもう十本追加でお願いします」
(ま、マジか……死ぬ……)
首都までの道のりは俺にとって、とても過酷なものになった。グランディでの失態にリタがオカンムリだったからだ。俺を鍛える名目で、リタとレイラの地獄の特訓が始まった。
レイラは主に基礎体力と筋力の増強のため、俺をひたすら走らせ、槍を振るわせた。体力が無くなるとリタの魔法で回復させ、また走り出す。クソッ、なんでリタの回復魔法は体力まで回復するんだよ! 回復魔法って怪我や傷だけじゃないのか!?
しかしそんな万能そうに思えたリタの回復魔法も、数十回と繰り返すと回復しなくなった。これでやっと終わるかと思いきや、そこからレイラとの模擬戦を、文字通り倒れるまでやらされた。
次の日は筋肉痛でまともに歩けない状態になるので、リタとの魔法の特訓になる。
まずは自身の回復魔法『炎癒』をバックグラウンドで常に自分に使う。そのうえでリタの放つ魔法を打ち消す訓練だ。
これは魔法を自由自在に使うための訓練で、大きさ、威力を瞬時に読み取って対応しないと、すごく熱い目にあう。威力が弱すぎればリタの炎で身を焦がし、こっちの魔法が強すぎてリタの炎に打ち勝ってしまうと、もれなく彼女の熱い一撃がタライのように天から降り注いでくる。
食い意地を張っていても、彼女は炎神。俺の魔法とは威力の桁が違う。指先でピンっと弾いてできた炎は、あのワイバーンを一撃で葬った俺の最強炎と同等程度の威力があった。
死に物狂いでリタの放った炎を消して行く。初めはバスケットボールほどのファイヤーボールを、ノロノロ速度で撃ってくれて対応し易かったが、今はソフトボールほどの大きさで、速度もかなり早い。ここまで来ると、『考えるんじゃない、感じるんだ!』の域に達してきている。
二十日ほど経った。通常は十四、十五日程度でアグコルトに着くのだが、特訓をしながらなので、進むスピードが遅れてしまっていた。
「うんうん、まぁまぁね。炎の光も落ち着いたし、生成速度も及第点ね」
「えぇ、ケンタ様の炎はもう眩しくないですね。基礎体力の方もかなり付いてきました。槍術の方は……成果が出るのはもう少し先ですね」
(あ、ありがとう……ございます)
満身創痍で、今さっき何をやったかすら思い出せない。しかし身体には、この十数日の特訓の日々が刻まれているはずだ。
「明日のお昼には、街に着けると思います」
「ようやくね! ようやくラグーが食べられるのね!」
(やっとこの地獄から解放されるのか!)
思わず出てしまったガッツポーズを見て、リタがまた特訓用の炎を俺に向けて撃ってきた。その表情は怒っているというより、俺の反応を見て楽しんでいるようだった。
「地獄って何よ! こんな美女二人を両手にして、どこが地獄よ! 天国の間違いでしょ!」
「ケンタ様、ダッシュ十本追加です……ふふっ」
地獄にある天国なのか、天国にある地獄なのかは分からないが、今日も笑顔で進めそうだ。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる