24 / 38
第二十四話 決意を楽しもう
しおりを挟む振り下ろされる巨大な棍棒は、ゆっくりと弧を描いて民家の屋根に突き刺さった。
一撃で屋根が破壊され、埃と砕片が舞う中、慌てふためいた親子三人が命辛々飛び出してきた。
父親は、まだ小さな子供を抱きかかえながら、突然起こった非日常的な出来事を把握するため、周囲を見渡し……絶望した。目の前には、平屋の自宅よりも、遥かに大きい巨人が待ち構えていたからだ。
食人鬼『オーガ』
獰猛で人肉を好み、数体から十数体で村を襲い、今まで幾つもの村を壊滅状態にしている。しかし数年前にオーガ討伐隊が人間、エルフ、ドワーフの三種族合同で結成され、この大地のオーガは駆逐されたはずだった。
「パパっ! 怖いよ……」
「大丈夫。パパとママが守ってあげるから」
「あなた……」
「アマンダ――こちらへ」
妻のアマンダは夫から愛娘のサンタナを託されると、夫のやろうとすることに気がついてしまった。農夫の夫に今出来ることなど何もない。護身用の直剣も、今は瓦礫と化した自宅の中にある。だとすれば、夫の行動は一つしか残っていない。
「あ、あなた!」
「アマンダ、サンタナ。君たちをいつまでも愛しているよ。アマンダ、私が注意を逸らしている隙に……いいね?」
「ねぇ、パパー」
「いや、いや! あなたも一緒に!」
「ダメだ! 君たちだけでも逃げてくれ!」
「ねぇねぇ、ママー」
「アマンダ……! サンタナの為に!」
「っ……サンタナ……わかったわ。あなた、どうか――死なないで」
「パパー、ママー。おっきい人のお顔、無くなっちゃったよー?」
「……え?」
「なんだって?」
振り返ると、なぜかオーガは頭部を失った状態で立っており、今まさにこちらに倒れてこようとしていた。
「ア、アマンダ! 走るぞ!」
「は、はい!」
アマンダからサンタナを受け取り、無我夢中でその場を離れた。
「……この親子は大丈夫そうですね」
(よかった。それに俺の『炎輝』で対応出来そうだな。レイラ、二手に分かれて行こう。みんな助けよう!)
「……わかりました。お気をつけて」
(そっちも!)
レイラと別れて次のオーガの元へ走る。
少し前、アグコルトの街が見渡せる丘に着いた時、その異変に気がついた。街に多数の巨人が徘徊していたからだ。
アグコルトは街の中に農地が広がっており、かなりの広さがある。目立った建物も少なく、平屋建ての民家がポツリポツリと点在していた。そんな中にいる巨人の存在は、否が応でも視界に入ってきた。
「あれは! B級魔物の食人鬼『オーガ』です! そんな……数年前に三種族合同の討伐隊によって駆逐されたはず……」
(食人鬼だって? それってヤバいんじゃないか?)
「……私のラグ―」
「でも、もうこの世界には居ないはずなのに……」
(レイラ! あれは俺たちでも倒せるのか?)
「何で……」
いまいちレイラと会話がかみ合わない。しょうがない、リタに通訳を……。
「私のラグー!!」
……頼もうとした時、リタはもの凄いスピードで街に向かって行った。何よりもラグ―を心配していたが、大丈夫だろうか。暴走しないかな……。
(レイラ! 俺たちも行くぞ!)
「はい!」
とりあえずリタの後に続いて、街を目指した。
ここ二十日間、ダッシュばかりやらされていた成果が発揮された。かなりのスピードで走っているが、『炎癒』を常時使用している事もあり、疲れはほとんど無い。風の力を借りているレイラのスピードにやっと追いつけたようだ。
「オーガは獰猛で人肉を好んで食べます。数体から十数体で村を襲って、今まで幾つもの村を壊滅状態にしてきました。しかし、鈍重で知能も低いため、私たちなら問題無く倒せると思います。ケンタ様、どうします?」
(そうだな、襲われている人を見かけたら最優先で、とりあえずは一番近いオーガを目指そう)
「あのオーガですね。わかりました」
リタの姿は一向に見えないので、とりあえず目の前の敵を片付けよう。
近くまで行くと、その大きさに閉口してしまった。高さにして五メートルくらいはあるんじゃないか? その容姿は、原始人という表現がピッタリだ。ボサボサの髪に汚れた肌、とても服とは呼べない布切れを腰に巻いている。そして今、樹齢何百年もありそうな大木を削った棍棒で、民家の屋根を破壊したところだった。
「建物の中に人がいなければ……あっ! 親子が出てきました!」
(見た感じ怪我もなさそうだな。よし、ここは俺にまかせてくれ)
「ケンタ様が倒すんですね。わかりました、お願いします」
リタとの特訓を思い出す。
あれだけ毎日、二通りの意味で、熱い思いをして頑張ったじゃないか。
もう誰も傷つけさせない。レイラもリタも、この街のみんなも俺が守る。
人相手には……まだ答えは出ていない。悩みもするし、躊躇もするが、魔物相手には容赦はしない。
俺がこいつを……殺す!
(『炎輝』!)
大きさはオーガの顔面程度、出現場所はオーガの鼻先に、対象はもちろんオーガのみ。
(いけ!)
それは今までとは明らかに様相が違った。リタとの特訓で使用していた『炎輝』は青白く輝く球体だったが、強い思いを込めて作ったこの『炎輝』は、青白いというよりも灰濁色と言った方が合っている気がする。
突如目の前に現れた灰濁球に、オーガが驚こうとした時は、オーガに意識は無かっただろう。ゼロ距離からの攻撃に、オーガの頭部は跡形も無く消し去った。
(よし! オーガにも有効だな)
考えてみれば当たり前か。炎耐性のあるワイバーンですら倒せるのに、オーガに後れをとるはずが無い。眩しさも無くなり、この程度の距離ならコントロールも完ぺきだ。俺の主力魔法が今ここに完成した。レイラの怪訝そうな表情にも気づかずに……。
「……ケンタ様」
レイラと二手に分かれてから、五匹のオーガを倒した。剣士であればかなり苦戦するだろうが、魔法なら距離を取ればノーリスクで倒すことが出来る。本当に魔法が使えるようになってよかったとしみじみ思うと同時に、剣士の場合はどうやって戦うのか興味も出てきた。今度レイラに聞いてみよう。
一体、また一体と倒して行き、目視で確認できるのは残りは一体だけになった。
他のオーガはよくあるRPGで言う『布の服』を着ているが、こいつだけは鎧を着ている、多分リーダー格なんだろう。誰かと喋っているようで、その巨体から発せられる声は、途切れ途切れではあるが、まだかなり距離がある俺にまで聞こえてくる。
「ユル――ゾ! オマエタチ――! ――!」
オーガの足元を見ると、一人で立ち向かっている人がいるのが分かった。まだ距離があり、どんなに急いでも、今オーガが攻撃を始めれば、あの人は無事じゃすまないだろう。ここから魔法を撃っても上手く距離感が掴めなそうにない。だが、それを理由にあの人を見殺しにすることは出来ない。
ゼロ距離射撃が出来ないなら、ここからオーガにぶち当てればいい!
俺はライフル銃をイメージして炎輝を作り上げていく。
形は銃弾、大きさは大砲くらいないと効かないだろう。イメージするのは回転と速度。
意識を集中させろ! 大切なのは初速!
頭のなかで最大限にゴムで引っ張るようなイメージをして……撃つ!
回転、速度、大きさに威力も申し分なく、弾は瞬きする間もなくオーガの鎧を打ち砕き、土手っ腹に風穴が空いていた。
「グッ……、オマ……ダ……ナ!」
辞世の句でも詠んでいたのか、言い終わると同時にオーガの命も尽き果てたようだ。
俺は一人立ち向かった勇敢で無謀な人物と合流するため、そのままオーガの場所に急いだ。その際、念のため他のオーガを探してみたが、視界に入るようなオーガは居なかったのでこれで全部倒したんだろう。
住民たちのパニックも収まりつつあるのか、叫び声などの喧騒もほとんど聞こえない。
逆に、結構なスピードで街の中を走り抜けていく、得体の知れない仮面野郎……俺に対する住民たちの悲鳴が、後ろの方から聞こえてくる。
(確か、この辺りだったような……)
辺りを見回すと、先ほどのオーガが倒れている場所を発見した。小走りでその場に向かうと、未だに状況が読み込めないのか、その場にボー然と立ちつくす人物が居た。
(大丈夫でしたか? どこか怪我は……)
「あ……」
自分が呪われている事をすっかり忘れ、不用意に話しかけてしまった。レイラを待てばよかったと軽く後悔をしたが、振り向いたこの人物……この女性に、俺はそんな思いも、言葉も失ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる