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第二十九話 暴走を楽しもう

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「あぁ、覚えてるよ。大量に買取りしただろ? ――いや、昼からは見てないな」





「ギルドのカウンターには来ていないようです。すみません、お役に立てなくて」





「おう、お前ら! 知ってる奴はいるか? ……見てないってよ。宿に帰ってるとかは無いのか?」
(いや……ありがとうございます)

 俺は深くお辞儀をして酒場を後にした。
 未だにレイラが見つからない。
 冒険者ギルドをはじめ、武器屋や雑貨屋など行きそうな場所を片っ端に当たっているが、全く誰もレイラを見た人は居ないようだった。
 ある程度聞き込みを終えた俺は、すれ違わないようにリタを冒険者ギルドに待機させ、街のあちこちを走り回っている。

 レイラが何も言わずに俺たちの前から去るなんて考えられない。
 俺はこれまでの事を整理し、何か見落としがないか思考を加速させる。

 冒険者ギルドに行くと言って奴隷商タルマの元を発ったが、冒険者ギルドには現れていないし、数人程度だが、奴隷商周辺に居た人に聞いても誰もレイラを見た人は誰も居なかった。
 奴隷商を出たと言ったのはタルマだけ。もしこれが嘘だったら……。
 考えてみればタルマの行動や言動は、裏が取れない怪しい物ばかりだった。
 奴隷解放に金貨50枚は本当なのだろうか?
 自分の店の奴隷を回復させるのに金貨30枚払ったとしても、レイラの奴隷解放でそれはすべて戻ってくるし、逆に金貨50枚が嘘だったら、従来の金貨5枚分引けば、金貨15枚分プラスになる。
 
 俺の疑問は確信に変わり、怒りを纏わせた。
 全力でタルマの元へと向かった。途中、俺の移動速度が速すぎたのか、また『炎纏鎧えんてんがい』が無意識に身体を纏っているのか分からないが、街の人達の悲鳴や驚きの声が聞こえた。
 だがそれに反応できるほどの余裕はない。あるのはタルマに対する怒りと、レイラを一人にしてしまった自責の念だ。

(タルマは居るか! レイラをどこへやった!)
「おやこれは……! ど、どうなさいました? ケンタ様、お、落ち着いてください」
(もう茶番には付き合ってられん! レイラを出せ。今すぐにだ)

 俺は身体に纏う『炎纏鎧』を強め、同時に小さめの『火炎弾』を十数個を、俺とタルマの周囲を漂わせた。
 
「ヒィ!? ケ、ケンタ様。 お願いします、どうか落ち着いて話を聞いてください。レイラが……レイラさんが見つからないんですよね?」
(……そうだ)

 こいつの言うとおりだ、少し落ち着こう。怒りに身を任せてもレイラは見つからない。あくまで冷静に、思考をフル回転させレイラへの糸口を見つけ出そう。

「私は本当にレイラさんがどこに居るのかわかりません。しかし、絶対に私はレイラに手を出すようなことは致しません!」

 そう力強く宣言すると、タルマは右の袖をめくり上げた。その腕には痛々しい古傷が隙間なく埋め尽されていた。

(あんた……それは?)
「私は奴隷でした。来る日も来る日も主人の虐待に耐えていました。今日耐えられれば、明日は幸せになれるかもしれないと、毎日そればかり思い描いておりました。しかし、現実は違います。私は指さえ動かせないほど傷めつけられ、そのまま街の外へ捨てられました。その時、私を拾ってくださったのが、この店の先代でした」

 ふと、懐かしそうな、寂しそうな表情を見せるタルマの顔は、とても演技には見えなかった。
 俺はそのままタルマの話に耳を傾けた。

「先代は、当時としては……いや、今でも珍しい奴隷の地位向上を目指す奴隷商でした。私は彼の下で商売を学び、愛を受け、そしてこの店と先代の信念を譲り受けました。私の夢は奴隷の地位向上です。そして、その先にあるのはすべての奴隷の開放です。その為にはもっと地位と名声を上げ、この奴隷制度を廃止にまで追い込みます。その為に私はここで死ねないし、奴隷のレイラに何かするなど絶対に有り得ないのです!!」

 タルマの事情はわかった。この話がウソの可能性もあるが、ここで問い詰めた所で口は割らないだろう。
 なら、タルマに協力してもらい、他の可能性を潰す方が懸命だと結論付けた。

(わかった。タルマを信じよう。他に宛は無いか?)
「私に思い当たるフシがあります。実はこの街には私も含めて奴隷商が三人居るのですが、私以外の二人は昔ながらの典型的な奴隷商でして、最近は私の店が台頭したせいで、肩身の狭い思いをしている状態です。もしかしたら……」
(そうか、タルマへの嫌がらせと、レイラという上玉の奴隷が手に入るという、一石二鳥を狙った可能性があるか)

 これで乗り込んで行って見つからなかったら……いや、先の事はその時考えよう。今できる事を全力でやろう。

(タルマ! 案内してくれ!)
「わ、わかりました。こちらです!」





「はぁ、はぁ……こ、ここが奴隷商ブルマリンのお店です」

 街の外れにあるこの店は、タルマの店とは比較にならないほどに暗く汚かった。俺がはじめに想像していた奴隷商の店構えはこんな感じだったな。
 タルマの店とこの店、どちらで奴隷を買うかと言われれば、俺でも前者と答えるだろう。

(よし、行くぞ!)
「は、はい!」

 勢い良く扉を開けると、中は薄暗く、強烈な刺激臭が漂っていた。とりあえず、奥へ奥へと進んでいく。

 店の中は……惨状だった。

 狭い檻に入れられた奴隷たちは、いきなり入ってきた俺たちに気付きながらも、驚く素振りひとつ見せなかった。
 食事も満足に与えられていないのだろう。身体もやせ細り、その瞳には生気を感じられず、何も写っていなかった。

「これは……酷すぎる」
(あぁ……)
「何事だ!? な! お前はタルマ! 何しに来た! 笑いに来たのか!!」
「違います! 貴方レイラを知っていますね? ハーフエルフの奴隷です。こちらのケンタ様の奴隷ですよ!早くここへ連れて来なさい!」
「何の話だ!? そんな奴は知らん! 営業妨害で憲兵を呼ぶぞ!」
「嘘を付いて、これ以上罪を重ねないでください! このお店も前はもっと綺麗だったじゃないですか! なんですかこの状況は! これは酷すぎますよ!」
「貴様が言うな! 貴様の理想郷のせいでこっちは酷い有様だ! 貴様さえ居なければ……」
(もういい)

 このまま押し問答していても埒が明かない。力尽くで探しだす!
 とりあえず、見るに堪えない奴隷たちを『炎癒えんゆ』で手当たり次第回復していく。
 まとわりつく黒い炎に奴隷たちは慌てふためいていたが、それが自身を癒やしているとわかると、その心地良い回復に身を任せている。

「な!? ケンタ様何てことをしているんですか! 今すぐ炎を消してください! 消しなさい!!」
「お、俺の商売道具が……」

 はたから見れば俺が奴隷を焼き殺しているようにも見える。
 大丈夫だ、よく見ろと俺はタルマの肩を優しく叩き、奴隷を指差した。
 俺は次の作業に取り掛かった。

 この店を潰す。

 部屋を一つ一つ周り、奴隷には『炎癒』を、それ以外にはすべてを無に帰す白濁色の炎を放った。
 その炎は壁、柱、屋根に広がっていく。炎が過ぎた場所には灰すら残ってない。
 壁が消え、柱が消え、屋根が支えを失って落ちてくる――間もなく、白濁炎によって無へと帰した。
 ブルマリンは早々と店と奴隷を諦めたのか、お金と大事な書類を手に取り、誰よりも早く外に出て行った。

 奴隷の檻の入口は白濁炎で消しておいた。傷や病気、体力も回復した奴隷たちが勢い良く飛び出していく。
 しかし、中には檻を出ることに恐怖心を抱いている者も居たが、タルマや他の奴隷が協力し、一人一人確実に外へ避難させていた。

 『炎癒』では俺に食って掛かり、今は自分の危険も顧みず、奴隷たちの為に死力を尽くしているタルマは、信頼に足る人物だと確信した。




 結果から言うと、この店にレイラは居なかった。

 店の炎は全て消した。もう土台くらいしか残っていないが……。
 炎の対象をこの店のみにした為、延焼もない。
 奴隷たちはすべて店の外に出ており無事みたいで何よりだ。

 俺とタルマはすぐにもう一件の奴隷商の元に向かった。
 こっちの店もブルマリンの店と同じようなものだったので、先程と同じように、奴隷には『炎癒』、店には白濁炎を放った。
 この行為に対してタルマは何も言わない。
 まぁ彼がどう思っていようとも構わない。
 

 この店もすべてが片付いた頃、街の憲兵らしき人たちがやってきた。
 まずいな。これ以上騒ぎを大きくしてしまうと、タルマにも迷惑がかかってしまうな……いや、もう遅いか。

「おい! 大人しく投降しろ! 奴隷商二件潰した罪は重罪……ん? あれ? お前はアグコルトへの道中に居た――」
(ん? あぁ、あの兵士たちか。もう帰って来たのか)
「おい、レイラさんの主人を発見したと、隊長に知らせろ。これでようやく三人揃ったな」
「はっ、わかりました」
(なに!? レイラがどこにいるのか知ってるのか?)
「お! おいなんだ!? やるのか!」
「兵士様、違います! ケンタ様はレイラさんを探しておられるのです。レイラさんはそちらに居らっしゃるのでしょうか?」
「お、おう。びっくりさせるな。……レイラさんとリタさんは、今、サンクレテシア城で貴方を待っている。アグコルトでの功績を、王自ら労って下さるようでな」

(なんだって……!?)

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