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間話 思い、芽吹く
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二人で会う事が続いて、そろそろ付き合ったりするのかななんて思い始めていた頃。
朱莉は前日に会った際に彼が忘れていったペンを届けようと、絢斗が所属しているバスケ部の部室前までやって来た。
狙いは当たっていたようで、中から何人かの声に混じって絢斗の声も聞こえて来る。
ドアをノックしようとしたところで、
「で、お前結城とどうなんだよ?」
自分の名前が耳に飛び込んできて、朱莉は足を止めた。
「どうって、何もないよ」
下世話な意味合いを含んでいそうな問いに対して、あっさりと返す絢斗に朱莉はほっとした。
何度も一緒に出掛けているけど、強引になにかされたことはないし、そんな事をするような人ではないと思っていたから。
だけど、続いた言葉に朱莉は息を呑んだ。
「何もさせてくれないんだよな、あいつ」
聞いた事がないような冷たい声だった。
「そういう雰囲気になってるはずなんだけど、躱されてばっかりでさ。わざとなんじゃないかって疑うくらいだよ」
朱莉は『そういう雰囲気』になった覚えはない。普通に遊びにいっていただけ。
「その割に今回はわりと長く続いてるよな。いつもはほら、ヤッたら終わりだろ」
「ばっか、ヤれないから続いてるだけだって」
朱莉は吐き気が込み上げて来て、ふらりとよろめく。
その時、手にしていたペンを取り落とした。
カタン、と音は思ったより大きく甲高く響いて……。
バタバタという足音の後にドアが開き、絢斗が顔を出した。
お互い動きを止めて向かい合う。
「朱莉、お前聞いて」
絢斗の声に、朱莉は青ざめた顔で後退り駆け出した。
浮かれていて馬鹿みたいだと思った。
相手の本性も見抜けなかった大間抜けだな、とも。
「待てよ、いいから止まれって」
荒々しい声。腕を掴まれたので精一杯振り払った次の瞬間。視界が真っ赤に染まった。
殴られたと気づいたのはその後だった。
痛いというよりショックだった。人に手をあげるような相手だと気づけなかった自分に。
「馬鹿だなあ」
朱莉が思わずこぼした言葉を彼は自分への罵倒だと捉えたのか、もう一度強い衝撃があって。
そこで、朱莉の記憶は途絶えた。
目が覚めたら、視界いっぱいにエニシの顔があった。
「エニシ、様?」
「もう大丈夫だからね、朱莉ちゃん」
エニシはゆっくり、ゆっくりと背を撫でてくれた。
その手の温かさと優しさに涙がぶわりと溢れた。
ぎゅうっとエニシの胸に抱きついて、朱莉は目一杯声をあげて泣いた。
「わたし、馬鹿だ……」
「朱莉ちゃんは馬鹿じゃないよ。僕が守れなかったのがダメだったんだ。ごめんね」
エニシは何度もごめんねと謝りながら、朱莉を抱きしめてくれた。
エニシは何にも悪くないのに。
「痛かったね、辛かったね、怖かったね……僕のせいだね」
エニシの手が朱莉の涙を拭い、熱を帯びた頬を撫でる。
朱莉よりも辛そうな顔をして。
「まだ痛い?」
エニシの指が何度も朱莉の頬を撫でると、熱と痛みはゆっくりと引いていった。
朱莉は前日に会った際に彼が忘れていったペンを届けようと、絢斗が所属しているバスケ部の部室前までやって来た。
狙いは当たっていたようで、中から何人かの声に混じって絢斗の声も聞こえて来る。
ドアをノックしようとしたところで、
「で、お前結城とどうなんだよ?」
自分の名前が耳に飛び込んできて、朱莉は足を止めた。
「どうって、何もないよ」
下世話な意味合いを含んでいそうな問いに対して、あっさりと返す絢斗に朱莉はほっとした。
何度も一緒に出掛けているけど、強引になにかされたことはないし、そんな事をするような人ではないと思っていたから。
だけど、続いた言葉に朱莉は息を呑んだ。
「何もさせてくれないんだよな、あいつ」
聞いた事がないような冷たい声だった。
「そういう雰囲気になってるはずなんだけど、躱されてばっかりでさ。わざとなんじゃないかって疑うくらいだよ」
朱莉は『そういう雰囲気』になった覚えはない。普通に遊びにいっていただけ。
「その割に今回はわりと長く続いてるよな。いつもはほら、ヤッたら終わりだろ」
「ばっか、ヤれないから続いてるだけだって」
朱莉は吐き気が込み上げて来て、ふらりとよろめく。
その時、手にしていたペンを取り落とした。
カタン、と音は思ったより大きく甲高く響いて……。
バタバタという足音の後にドアが開き、絢斗が顔を出した。
お互い動きを止めて向かい合う。
「朱莉、お前聞いて」
絢斗の声に、朱莉は青ざめた顔で後退り駆け出した。
浮かれていて馬鹿みたいだと思った。
相手の本性も見抜けなかった大間抜けだな、とも。
「待てよ、いいから止まれって」
荒々しい声。腕を掴まれたので精一杯振り払った次の瞬間。視界が真っ赤に染まった。
殴られたと気づいたのはその後だった。
痛いというよりショックだった。人に手をあげるような相手だと気づけなかった自分に。
「馬鹿だなあ」
朱莉が思わずこぼした言葉を彼は自分への罵倒だと捉えたのか、もう一度強い衝撃があって。
そこで、朱莉の記憶は途絶えた。
目が覚めたら、視界いっぱいにエニシの顔があった。
「エニシ、様?」
「もう大丈夫だからね、朱莉ちゃん」
エニシはゆっくり、ゆっくりと背を撫でてくれた。
その手の温かさと優しさに涙がぶわりと溢れた。
ぎゅうっとエニシの胸に抱きついて、朱莉は目一杯声をあげて泣いた。
「わたし、馬鹿だ……」
「朱莉ちゃんは馬鹿じゃないよ。僕が守れなかったのがダメだったんだ。ごめんね」
エニシは何度もごめんねと謝りながら、朱莉を抱きしめてくれた。
エニシは何にも悪くないのに。
「痛かったね、辛かったね、怖かったね……僕のせいだね」
エニシの手が朱莉の涙を拭い、熱を帯びた頬を撫でる。
朱莉よりも辛そうな顔をして。
「まだ痛い?」
エニシの指が何度も朱莉の頬を撫でると、熱と痛みはゆっくりと引いていった。
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