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急成長

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「ほんと、笹塚さんって考え古いよね」

 席を仕切るパーティションの向こう、声が漏れ聞こえてきた。
 いつもなら営業に出るついでにそのままランチに出ている所だったんだけど、午後から使う資料を席に忘れていた事に気づき、席に戻った所でこれだ。

「自分ばっかり頑張ってますって感じで、遅くまで仕事しちゃって、こっちは帰りづらいのよね」
 そう言われているのは知っていた。だから普段は皆が帰る頃に出先から戻ってきて仕事を片付けるようにしていたのに。
 その頃には皆、もういないから大丈夫だと思っていた。

「時間内に仕事が片付けられないのに、遅くまで残って仕事して、残業代稼いでるのってなんかズルくない?」
 何人かが同意するように声を上げているのを聞きながら、気づかれないよう、そっと自席を離れる。会社の裏の公園までたどり着いて、やっと全身から力を抜いた。

 遅くまでかかっているのは、あなた達に仕事を回すための下準備をしてるからだとか、この会社は裁量労働制だから、あなた達と残業代は一緒ですよ、とか。
 言いたい事はたくさんあったけど、飲み込んだ。
 こちらにヘイトが向いている間は、後の人間は仲間意識で手を組んで働いてくれる。
 じゃあそれでいいかなと思ったから。

「笹塚さん!」
 呼ばれて顔を上げると、目の前にお茶のペットボトルが差し出された。
「お疲れ様です」
 整った顔の青年がこちらに笑顔を向けて立っていた。確か、営業課に配属されたばかりの新人だったような気がする。
「色々と言われてるみたいですけど気にしないでください、僕、ちゃんと見てますから」
 何をだろう? 私は受け取ったお茶と彼を交互に見て首を傾げる。
「全部、見てますから!」
 爽やかな声で、爽やかに笑って、そうして彼は不穏な一言を言い放った。




「いや、だいぶ怖いわ!」
 私は夢の中で突っ込んで、目が覚めた。
 まだどこかぼやけた視界の中に、目を丸くした少年がいた。

「ユリア様?」
「……アレク?」
 どうしてここにアレクがいるんだっけとゆっくりと思い出し、それから私は急いで目を瞬いた。

「ユリア様、何か怖い夢でも見たのですか?」
「そ、そうね! そんなところね!」
 それから咳払いをひとつして、身を起こす。
「雷のせいでしょうか?」
 アレクが心配そうにこちらを見上げるのを、曖昧に笑ってなんとか誤魔化した。



 随分と久しぶりに向こうの世界の夢だった。
 あれは確かにあった事。
 青年はあれからも、私が嫌なことがあった時に現れては、慰めるような声をかけてくれた。
 『全部見てます』宣言はあの時だけだったので真意はよくわからなかったし、今は名前も思い出せないけど……。
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