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第三章 私にできること

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 恐る恐る顔を上げると、驚いた表情のルリと、ぱちり目が合った。

「君にそこまでしてもらうわけには……」
 私は静かに首を振る。
「私にできるのはデザインだけですが、きっと『なんとか』してみせます! ……だからその為に、私にこの温泉街の事を教えてください」
 本当は全然なんとかできる自信なんてなかったけど、このまま帰って後悔したく無かった……。
 
 ルリはしばらく返事に悩んでいる様子だった。その袖をそっとツツジが引き、真っ直ぐにルリを見上げて訴える。
「手伝ってもらおうよルリ。私、このまま温泉街から妖が消えていくの、見たくない」

 長い沈黙の後、ようやくルリは渋い顔のままで口を開いた。
「すまない。世話になる……だが、一つだけ約束してもらえるだろうか? あの『箱庭温泉』には決して触れない、と」
「はい、大丈夫です。触ったら壊れそうですし」
 強く頷く私の前で、ルリは「そうではない」と前置きして、言葉を続ける。
「人間が誓約無しにあの『箱庭』に触れると、中に入り込み、出られなくなるんだ」
「え! じゃあ、あの時、私も出られなくなる所だったんですか?」
 先ほど、店員さんに背中を押されて倒れていたら、もしかしてそのまま……。
「そうなるな」
 そう言いルリがツツジをちょっと睨むと、えへへ、と笑ってからツツジは両手で顔を覆う。
 次の瞬間、そこには当の老齢の店員さんが少し曲がった背をソファーに預けて座っていた。
「え? えっ!」
「さっきはごめんねえ。中に入った方が話が早かって思ってねえ」
 方言混じりで話す、すっかり地元のお婆さんといった風情の姿に私は目をぱちぱちと瞬く。
「ツツジさん……ですか?」
「そう。私はこの御山おやまを彩る雲仙ツツジ……深山霧島ミヤマキリシマの化身だけん、咲いたばっかりの小さいこまか姿、咲き誇る若いわっか姿、落花間近の年取った姿にもなれるとよ」
 戸惑う私に、皺が刻まれた頬を緩めて笑いかける姿。その笑顔には確かに先ほどまでの少女の面影もあって驚く。

 ツツジがもう一度その顔を両手で覆うと、一瞬で先ほどまでの少女の姿に戻っていた。

「って感じで、いつもはあの姿で店番してるんだよ。ツツジ、結構働き者なんだから」
「すごい……ですね」
 驚き、それ以上の言葉が出てこない私に、ツツジは機嫌良さそうにふふんと笑う。

「驚かせて誤魔化すんじゃない。あのまま本当に箱庭に入り込んでいたらどう責任をーー」
「誤魔化してないよー。さっき謝ったから、朝陽は許してくれたもん」
 ねー、と顔を傾けて私を見るツツジに、私は思わず笑ってしまう。
「はい、ルリさんが助けてくれて無事だったので、気にしてないですよ」
 ありがとうございます。とルリに続けて告げると、眉間の皺がほんの少し浅くなった。そして咳払いを一つしてから、ルリは私をじっと見て言う。

「この温泉街の事が知りたい、と言っていたな」
「はい、あの『箱庭温泉』は雲仙温泉の大体そのままだと母が言ってましたから、まずはこの辺りの事を知りたいと思って」
「それなら、明日、まずは『地獄』を私が案内しよう」
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