上 下
32 / 68
第七章 オオルリの恩返しと美味しいもの探し

2

しおりを挟む
 その鳥は、かつてただの鳥でした。

 大きな御山おやまの高い木々の間を飛び交い、ツガイを求めて美しい声で鳴く青い鳥。
 ところがその鳥は他の鳥より鳴き声が通り、羽はうるりと艶めく深い瑠璃色。それが人の目を惹いてしまったのです。

 ツガイを求めて高らかに美しく鳴いていただけなのに……。

 ある日その鳥は、いつもなら高い木の上にいるのに、地面にころりと転がった小さな赤い果実が気になって、ぱた、ぱたたと羽を広げて下へと降りてしまいました。

 一つついばみ、二つ啄み。
 
 足元がぐらり揺れて、気がつけば出られない籠の中。

 鳥は籠の中で必死にもがきました。 狭い籠で暴れたせいで、綺麗な瑠璃色の羽が一本、また一本と落ちていく。
 それでも諦めきれずに、鳥は何度も空を求めて羽を広げ逃れようと……。


 どれだけ時間が経ったでしょう。
 翼がちっとも動きません。美しい色だったはずの羽は、汚れ、傷つき、抜け落ちて……。
 
 ああ、もう一度あの空に戻りたい。鳥は最後にそう願いました。

 すると、いつの間にか、暖かい何かの上に居りました。
 そしてこう聞かれました、「また飛びたいかい」と。


◇◇◇


「ツツジが雲仙ツツジの化身であるように、私は『オオルリ』という鳥の化身なんだよ。かつて私は、ただの鳥であった頃、愛玩用として売ろうとでも思ったのか人間に捕えられた。外に出たくて籠の中で暴れた末に怪我をした私は、衰弱して死を待つばかりの所を主に助けられ、眷属となったんだ。だから私は、主に恩を返す為にも『箱庭温泉』を支えたい」

 少し無理をしてでもね。
 そう一言付け加えてルリが目を細め、照れたように微かに笑う。
 無理はしないでほしい、でもルリの思いは否定できない。それなら私は、少しでも力になれるよう頑張るしかない。

 真剣にそう思う。と同時に、柔らかなルリの笑顔に知らず鼓動が早くなってしまう。
 今までは表情が乏しい、というより厳しいので、綺麗な顔だなと思っていてもなんとなく流せていたけど、改めてこう笑顔を向けられると……。

 それに、なんでだろう、さっきちょっとだけほころんだ顔を見た時も感じた懐かしさを、今も感じている。
 昔どこかで見たことがあるような?

「それで、私の『分霊わけみたま』達なんだけど、この間、朝陽君と出かけたのが羨ましかったみたいでね。もし、嫌でなかったら、今度『分霊』達と一緒になった状態で、もう一度出かけてもらえないかな?」
 首を傾げてそう聞かれ、私は、はっと我に返ると力強く頷いた。
「わ、私は大丈夫です! でもその間のお仕事は大丈夫なんですか?」
「準備をしておけば、半日くらいならなんとかなると思う」
「それなら、ぜひ!」

 私がそう答えると、嬉しそうにルリは顔を輝かせた。そんなに喜んでもらえると、こちらも嬉しくなってしまう。
しおりを挟む

処理中です...