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第七章 オオルリの恩返しと美味しいもの探し

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「体があったまりますね~」
 大満足で声を上げる私の前で、ツツジは厨房の方へ顔を向け手を上げる。そのタイミングで、ちょうど良く店員さんが顔を出し、続く一品を運んできた。
 楕円のお盆の上に乗ったガラスの器と木のさじを、空になった土鍋と入れ替えに置いてゆく。

「いっぱいあったまった所で、締めの『かんざらし』をどーぞ!」
 まるで自分が生産者です、くらいの顔でツツジが勧めてくる。ガラスの器の中身には、少しブラウンがかった色のシロップがたっぷり、そこに白玉がごろごろと入っていた。
 見た目は本当にシンプルそのもの。
 木匙で掬って、ぱくり一口。

「ん!」

 口の中に満ちるのは、上品ですっきりとした甘さ。それがもちもちとした食感の白玉と絡んで、こっちも美味しい。

「昔はねー、夏場に米粉が傷まないようにお団子にして、島原の冷たい湧き水の中で保存してたんだけど、それを砂糖で作った蜜に入れて夏のお客様へ振る舞う冷たいお菓子として出したのが発祥なんだってー」
 元々は、大事な米粉を保存するための生活の知恵から始まった、本当に素朴でシンプルなスイーツだけに、飽きにくくて、何度でも食べたくなる魅力があるなあと感じる。

「寒ざらしも、お店によって結構変わるんだー。白玉だけじゃなくて寒天も入ったあんみつみたいなものもあるし、シロップもお店ごとにレシピが違うしねー」
「食べ比べも楽しそうですね」
 最後の一匙を、名残惜しそうに口に運ぶツツジ。私も気持ちはわかる。今すぐに「おかわり」をお願いしたいくらいだから。

 ほのぼのとした気持ちでツツジを見つめていると、ぱちり目が合った。ツツジははにかむように小さく笑うと、突然頭を下げる。

「え!? 何かありました?」
「初めの時は、ごめんね。あの時は誤魔化しちゃったけど、一度ちゃんと謝りたかったんだー」
「初めの時?」
 私はツツジとの出会いを思い返す。駄菓子屋でのやりとりと、その後の事。そういえば、最初『箱庭温泉』に向かって、突き飛ばされそうになったんだった。

「もしかして、『箱庭』に入り込んじゃいそうだった時の事ですか?」
 そう問うと、気まずそうにツツジが口を開く。
「その前から、かなー? ……あのね、手紙、隠しちゃったでしょ」
「手紙?」

 首を傾げる私の前に、ツツジはポケットから取り出した白い封筒を差し出した。
「あ、母さんからの」
 ツツジが母の代わりに鍵と一緒に送るはずだった手紙。忘れてたんだなと思っていたけど、隠した?

 隠すような理由があるような物なのかなと思いながら、私はその封筒を開けてみた。
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