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第八章 一客二来

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「そっか」
 ツツジは少女の姿で、けれどどこか老生ろうせいした穏やかな光を瞳に浮かべた。孫を見るお婆ちゃんの優しい目って感じがする。

「じゃあ、いいアイデアを出してもらう為にも、この雲仙をめいっぱい楽しんでもらわないとね! まだまだ紹介したい場所も、食べて欲しい物も沢山あるんだよー」
「期待してます!」
 笑みを交わし、それから私はちょっとだけ机の上に身を乗り出す。察してツツジが顔を寄せてくれた。
「アイデアといえば、ここで一つ思いついた物があるんです」
 小さな声で私はそのアイデアをひそり、ツツジに耳打ちした。

 私が話し終わるまでじいっと黙って聞いていたツツジは、嬉しそうに大きく頷く。
「うん! その位ならできるんじゃないかな? 後でルリにも相談だねー」
「今、大体のイメージ、描いておきます!」
 私は傍に置いたバッグから手帳を取り出し、なるべくササっとペンを走らせる。
 アイデアが逃げてしまわない様に……。

 描き始めると、するすると紙の上に線が踊る。考えるより先に手が動いているみたい。
 ペンが動く度にじわじわと熱が胸の奥で膨れ上がる。これを形にしたい、しないと溢れてしまう、そんな感覚がペンを通して形になっていく。

 描き終わった時、私はずっと頭の中にかかっていた霧がするりと晴れた様な気がした。世界がほんの少し明るく、鮮やかに見える。
 
 そんな私をにこにこと見守っていたツツジの、机の上に置いていたスマートフォンがふるりと震えた。
「あれ? ルリからメッセージだー」
 ツツジは表示された青い鳥のアイコンを見て首を傾げる。
 画面を撫でる様に細い指先を動かす。と、ツツジの両の瞳に画面の光がキラキラと反射した。

「朝陽! 早速、神様おきゃくさまが来てくれたってー! それもね、妖を連れて」
「本当ですか!」
 私は思わず大きな声を上げ、口を押さえる。その声に、呼ばれたと思ったのか店員がこちらにを向いたので、慌てて頭を下げた。

「うん、ちゃんと朝陽が作ってくれたお手紙を見て来たんだってー! ルリも嬉しかったんだね、だっていつもは仕事中にメッセージなんて送って来ないんだよ!」

 ツツジがこちらに両手を差し出してくる。私も両手でそれを握りしめた。
 
 それは待ちに待った知らせだった。
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