上 下
40 / 68
第八章 一客二来

5

しおりを挟む
 茜色の小さな光が、ぷかぷかとユノの肩の上に浮いている。
 そのうち光は消え、後には茜色の鎧を着た小さな小さな男の子が残っていた。
 ユノの肩に座り、こちらを見下ろし足をぶらぶらと揺らしている。

「こちらのおきゃくさまがねですか?」
 ルリの問いに、ユノが頷く。
「そう、地元で夕やけガニと呼ばれている、まあ、ワタリガニだな。あの浜で妖になりかけていた所を拾ってきたんだが、どうにも危なっかしくてなあ。ここの趣旨とは違うかもしれないが、もう少し魂が安定するまで安全なここに滞在させてもらおうかと」
「そういうことかー」
 ツツジがつま先立ちで伸び上がり指を差し出すと、その指先を男の子がぎゅ、と握る。

「よろしくねー」
 男の子がこくんと頷いた。声は出せないようだけど、ツツジとは意志が通じ合えている様だった。

「賑やかな浜は大歓迎なんだが、どうしても引っ張られて悪いものも湧くってもんでなあ」
 ユノは困った様に、顎に手を当てて首をひねる。
「そうでしょうね。その点、ここなら強固に守られてますから」
 ルリはそう言いながら、ローテーブルの上に宿帳を開いた。

「では、ユノさんも、そちらのおきゃくさまも宿帳に名前を書いてください。早速『箱庭温泉』へご案内します」
「書こうにも、そいつはまだ名が無いぞ」
 そう言いながらユノが宿帳の少し上で指を振るうと、するすると文字らしき墨痕ぼっこんが浮かび上がる。
 筆で書かれたと思っていたけど、そんな風に記帳してたんだ……。

「ああ、それならこの宿帳に手を触れてください。名付けが終わったら、自然と名前が書かれますから」
 茜鎧あかねよろいの男の子は、動く度にかちゃかちゃと鎧の音を立てながら、元気よくテーブルに降りた。手をいっぱいに伸ばして、言われるままに宿帳に触れる。一瞬、宿帳の表面が仄かに光を放ち、そのまま空白が残った。

「わかってると思いますが、名付けが終わるまでは宿に滞在し、『地獄』には決して近づけない様に気をつけてください。神気が強すぎてでは、のまれてしまいますから」
「わかったわかった、じゃあ、案内頼むわ」

 ユノの言葉を受けて、ルリが机の上の宿帳を閉じて手に持つと私を振り返った。

「いきなり千客万来とはいかないが、まずは、一客二来。上々のすべり出しだろう」

 ルリは口の端に笑みを乗せてそれだけを言うと、ユノ達共々、ふうっと姿が消えた。
しおりを挟む

処理中です...