【完結】波が運んだ初恋

椎野ワタリ

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理性に囚われている今

パンドラの瓶

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 離れた理由も再会のきっかけも、全部ボトルメールの所為にした。

×   ×   ×

 夕飯をどうだと誘った相手と、久しぶりに顔を合わせて食事をしているのが未だに信じられないでいた。俺はペペロンチーノ、ゆうはハンバーグのセット。学生時代、学食で注文したメニューとは真逆の注文に思わず笑ってしまう。肉系のメニューや揚げ物を受け付けなくなった自分の体に、随分と年を取ったものだと実感してしまった。
「……それ、いつ拾ったんだ?」
「言っただろ、修学旅行の帰りだよ。船釣りしようとしたら、…たまたまな」
「たまたま…ねぇ」
 手首に絡めたブレスレットを弄りながら、本当だけど少しだけ嘘を混ぜる。船旅の帰り、一人きりの甲板からこいつが乗っている別クラスの船を眺めていた。あの時自宅で鞄に詰めてきた釣竿は、今思えばただの口実でしかなく甲板からこいつを眺めることができればそれでいいと思っていた。離れた距離にいる船から、同じ大きさの船にいるたった一人を探すことなんて、無謀にも等しいのに。
 あの日波間に漂うボトルメールを釣り上げた時、真っ先に深友へ見せたいと思っていたのに叶わないまま、俺たちはいつの間にかお互い知らない大人になっていた。
 目の前でハンバーグを切り分ける奴の顔を見ると学生時代に比べ、精悍さが増して随分と『綺麗な男』になった気がする。元より可愛い顔をしていたから、いい方向に年を取ったようだ。格好いいし綺麗だし、恋人がいても可笑しくない。
「…その様子だと、おまえが投げたんだろ?コレを入れたボトルメール」
 核心はなかった。俺の願望でしかないと言ってもいい。
 ハッパを掛けるつもりで聞いた質問に、深友は意味ありげな言葉を返してきた。

   ×

「…だとしたら、君はどうしたいんだ?手紙、読んだんだろ…」
 冷や汗が背中を伝う。まさかとは思ったけれど、本当に彼が拾ったのだとしたら。手紙に書いてあることも、僕の想いも全部バレてしまったのなら。
 今すぐここから逃げ出したい。だけど出されたばかりのハンバーグはまだ冷めてくれない。誘われた以上は最後まで付き合ってやろうと思っていたのに、既に心が折れそうだった。彼が既婚者で、最近子供ができたということも同級生から聞いている。
「答え、聞きたいか?」
「そりゃ…もう少し早ければ聞きたかったけど、正直怖いよ。それに君は…」
 結果的に恋愛対象も結婚した相手も異性で、僕に割って入ることなどできないと分かっていた。だからこそ聞くのが怖い。生まれて初めて書いたラブレターは、海の藻屑になる予定だった。それなのに本人に読まれていたなんて想定外で自分の耳を疑った。高二の夏休み、図書館で聞いたクラスメイトたちの会話は…本当に、本当だった。
 今も尚この恋煩いを引きずっているなんて、未だに僕は女々しい男なのだと笑えてしまう。彼以上に惚れ込んだ人なんて、高校を卒業して以降ずっといなかったから。女性からの誘いも、男性からの告白も全て断って来た。
 少し冷めたハンバーグを一口食べ始めると、急に空腹を感じ始めて次から次へと口に運んだ。何かしていないと気がどうにかなりそうだった。慣れていないアルコールを飲んで、全て記憶の中から消し去りたくなった。
「…俺はおまえが好きだよ」
「なっ……えっ…!」
 口に含んだワインを噴き出しそうになって、慌てて堪える。心臓の動きがやけに速くなっていた。

   ※

「本当だ。俺は自分の気持ちに嘘なんてつきたくない。…いや、あの頃からずっと後悔してたんだ」
 まさか俺が一目惚れしてたなんて、こいつはちっとも思わなかっただろう。我ながら卑怯だなと笑う。あれだけこいつに焦がれたのに、自分からは素直に言えなくてただ諦めるだけだった。挙句、会社の重役の娘とお見合いしてぼんやり付き合いそのまま結婚して、裏切られるなんて滑稽にも程がある。
 そう言えば高校の卒業式の日、最後こいつは何て言おうとしたのだろう…。
 必死に思い出そうとしていたら、口に切り分けたハンバーグを突っ込まれた。
「んぐ」
 少しぬるくなったハンバーグを咀嚼すると肉汁が溢れてきて、普通に美味い。いきなりのことで驚いたがなんとか飲み込んで、聞こうとしていた言葉を声に出そうとする。
「それあげるから…これ以上は恥ずかしいし、何も言わないで」
 顔を真っ赤にした深友がちびちびとパンを齧ってる様子は、あの頃と変わらず可愛いなと思ってしまう。
 俺は自分のフォークに最後のパスタを絡ませて、油断している奴の口元に運んだ。
「さっきのお返しだ」
「……ん」
 素直に口を開いて頬張る姿は餌付けしている雛鳥のようだ。深友は口を数度動かして飲み込むと、確かに美味しい、と呟いて頷いた。ここのメニューは何だって美味い。オープン当初からひとりで通っているので、味は俺が保証する。
「あ。あのさ…このあとどうする?どっかで呑んでもいいけど」
「いや、僕はお酒そこまで飲めないから」
「じゃ、じゃあ…うちでボトルメール確かめないか?」
 突然こんなことを言って引かれやしないか、でも駄目で元々だと自分に言い聞かせる。いっそ、ここまで引き摺って来たものを粉々に砕いてもらいたかった。『僕の出したものじゃない』と、半ば絶望する答えと共に。

   ×

「っ……!」
 今度は飲みかけの水が気管に入りそうになって、軽く咳払いするとまこが不敵に笑っていた。悪態をつきたくても何も言葉が浮かばず、仕方なく頷く。自分の目で確かめた方が、きっと手っ取り早いだろう。
「今からって…いいの?」
「構いやしねぇよ。俺は今のとこ無職だし、引っ越したばかりなんでな。なんなら泊まっていけばいいさ」
「……」

「何もしないから安心しなって」
 食べ終えた皿にフォークを置いて、注文の書かれたバインダーを手にして立ち上がる。誘ったからには俺が支払うべきだと思ってたし、ゆうと久しぶりに会って揶揄うのが楽し過ぎて危うく時間を忘れるところだった。
 背後からゆうが椅子から立ち上がり、着いてくる足音が聞こえる。その間に会計を済ませておき、扉の前で待った。
「ご…ご馳走様」
「ん」
 歩き出そうとして、足を止める。すぐ後ろにいるゆうの肩に腕を回して、横並びで歩き始めた。
 緊張してるのか硬い表情が張り付いた深友の頬を、空いている手の人差し指でつつく。
「そんな硬くなるなよ。そういや、おまえカノジョいるのか?」

「いないよ。…ちゃんとした恋愛は、今までしたことがないんだ」
「…それなら安心だな」
「えっ、それって、どう言う…」
「俺が誰かを悲しませる側にはなりたくないからだよ。…ただ、それだけさ」
 まこのその言葉は、とても重たく聞こえる。
 塞いだままのその想いを今更開けてはいけない…そう、自分に言い聞かせるのが精一杯だった。

   ×   ×   ×

 彼に拾われてしまったボトルメールを、彼の部屋まで確認しに行く。誘われるがままに歩き出し、彼と肩を組んでいる。
 普通に考えれば酔狂だと思えるようなことでも、酒の力を借りてしまえば普通のことのように思えてしまうから、僕は酒が大の苦手だった。食前酒のスパークリングワインを、グラス一杯飲んだだけでこれだ。
 アルコールとか飲み会とか、合コンなんてものは好きじゃなかった。好きな時、好きな相手と静かにお茶を飲んでいるだけでいい。そう言葉を返せば、「なんだかおまえらしいなぁ」と誠人に笑われた。
「そう言えば、何で今日会おうって気になったんだ?今までちっとも連絡寄越さなかったのに」
「それは…今まで僕が大学とか忙しかったし、君は結婚していただろ」
「別にメールとか電話ぐらいなら良いじゃん…まぁ、連絡し辛いのは…分かるけどさ」
「あのなぁ」
 必死の思いで書いたラブレターの差出人を前にして、無防備なまでにこちらをまっすぐ見てくる。鈍感なのか素直じゃないのか、よく分からないところは学生時代と変わっていない。
 夜道を歩いているとフワフワ浮いているような気分になって、まずい、と自分で思うよりも前に行動に出てしまっていた。肩を組んでいただけなのに、支えて貰うかのように彼の背中へ身体が傾いていくのが分かる。
「んなっ…おまえこんなに酒弱かったのかよ⁉」
「…電話とかメールで終わらなくなったら怖いだろ」
「は…どう言う意味だよ」
「いや…やっぱり何でもない…ごめん、おんぶして」
 呆れている方の「はぁ?」が聞こえて、それでも彼は優しいから僕を黙って背負ってくれた。あの頃から随分遠くなった彼の背中はとても広くて、ぽかぽかと温かい体温が眠気を誘ってくる。それでも必死に抗っているつもりだった。
「んで、話しの続きだけど」
「うん」
「何で今日会ってくれたんだよ。成人式も同窓会も…俺の披露宴も、来なかっただろ」
「だから…忙しかったんだよ」
「それだけか?本当に」
 本心を言ったところで何も変わらないのに、何故か言う気になれなかった。それはきっと、彼がひとりになったことを知って何処か安心している自分を許せなかったからなのだと思う。酔ってはいても、本能だけで動いてしまうのはただのケモノと同じだから。
「本当に…忙しかったんだ。今日はたまたま暇ができて、久しぶりだから…と思って」
「なんだ、そうかよ」
 彼は実につまらなそうにそう言ってから、僕を背負い直した。
「…ゆう、おまえ重くなったよな?あの頃はフワフワと軽かったのに」
「筋肉がついたって言ってよ」
 彼の首筋に鼻先を埋め、深く息を吸う。僕の知らない香水の匂いが、離れていた年月を思い出させるようだ。

 その栓を開けちゃいけないのは、頭の中で理解しているのに。
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