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マドンナの甘い独占欲と、死角の目撃者
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「……あ、ああ。瀬戸さん。お疲れ様です。ちょうど今、ピークを越えたところです」
悠真は、音を立ててショートしそうな脳内演算を力技で抑え込み、努めて冷静な「バイトの後輩」を演じた。 美月に裾を引かれた感触が、まだ熱を持って残っている。美月はそんな悠真の動揺を楽しむように、いたずらっぽく小首をかしげた。
「ふふ、お疲れ様。……あら? そちらは新人さん?」
美月の視線が、悠真の背後に立つソラへと向けられた。その瞬間、ソラは自分が「学校の女王」であることを一瞬で忘れ、一人の新人バイトとして背筋を伸ばしていた。
「あ、はい……。今日から入った、白石ソラです。よろしくお願いします」
ソラは柄にもなく、少し緊張した面持ちで頭を下げた。大学生らしい落ち着きと、同性から見ても溜息が出るほどの美しさに、ソラは圧倒されていた。
「白石さんね。よろしく。私は瀬戸美月。……悠真くん、彼女の教育は進んでる?」
「はい。最低限の動線は叩き込みました。飲み込みは……そう悪くないです」
悠真が、いつもの無機質なトーンでソラへの評価を口にする。
その言葉を聞いた瞬間、ソラは胸の奥をチクリと刺されたような感覚に陥った。学校では寝てばかりの地味メガネで、クラスメイトなのに名前も覚えてなかった背景のような男に、一人前のスタッフかどうか品定めされている。その事実に、気恥ずかしさと、屈辱感にも似た気持ち、そして言いようのない高揚感がぐちゃぐちゃに混ざり合った。
そんなソラの様子を、美月はすべて見透かしたような、慈しむような微笑みで見つめている。
「……っ、あ、えっと……よろしくお願いします!」
ソラは、美月の放つ圧倒的な「大人の女性」のオーラに当てられ、再び頭を下げた。学校の女子にはない、洗練された余裕。透き通るような肌、整った指先、そしてたおやかな仕草――すべてが、今のソラには手が届かない「完成された大人の女性」の象徴に見えた。この瞬間、ソラにとって瀬戸美月は、ただの「先輩」を超えて、いつか自分もこうなりたいと願う「憧れ」の象徴となった。
「美月ちゃんはうちの自慢のマドンナだもんねぇ。白石さんもかわいいんだから、彼女を見本にすれば間違いないわよ」
横からベテランパートの川上さんが茶化すように笑うと、思い出したように手を打った。
「あ、そうそう。さっき店長からの連絡電話にたまたま出て聞いたけど、あんたたち同じ高校のクラスメイトだって? 」
「えっ、そうなの?」
美月が意外そうに目を丸くし、悠真とソラを交互に見た。
「あ、はい、そうですね。私もビックリで…」
名前を思い出せなかったことは伏せておこう、と答えながらソラは心に決めた。
「白石さん、悠真くんって学校ではどんな感じなの? やっぱりここみたいに、何でもテキパキこなす優等生?」
美月が興味津々といった様子で尋ねた。
悠真の心臓が跳ね上がる。美月には自分の高校での様子はほとんど話したことがない。抜け殻のOFFモードのことを美月に知られるのは、彼にとって一番の演算外だった。
「えっ……? あー……」
美月の純粋な問いに、ソラは少し顔をしかめて苦笑した。
「いや、全然。学校じゃいつも教室の隅っこで泥みたいに寝てて、存在感ゼロですよ。背景の一部っていうか。まさかバイト先でこんなテキパキやってるなんて、クラスの誰も信じないと思います」
ソラの率直すぎる言葉に、美月の表情が微かに揺れた。
自分の知らない、教室の隅で眠る悠真。それを日常として見ているソラ。
美月は「そうなの……意外ね」と微笑みを返したが、その胸の奥には、自分だけが知っていたはずの悠真に別の顔があることへの、ざわざわとした独占欲に似た感情が芽生えていた。
「瀬戸さん、8番テーブルのお客様、食べ終わられてから3分が経過しています。バッシングをお願いします」
悠真はこれ以上話が広がらないよう、半ば強引に美月に指令を出した。
「……はい」と頷き向かう美月を見て、悠真は一瞬だけ安堵の表情を浮かべた。
一方、ソラは眩しそうに美月を目で追いかけた。自分もいつか、あんな風に凛として、かつ柔らかい空気を持てるようになるんだろうか。
その後悠真の方を一瞥すると、表情ひとつ変えないまま、淡々と端末を叩いている。
(ま、美月先輩みたいな洗練された人が、水瀬みたいな地味なやつを評価してるってことは……本当にこいつ、シゴデキなんだろうな……)
ソラの中の「水瀬悠真」という存在が、音を立てて書き換わっていく。
その後、初めてのバイトを終えたソラは、足の裏に感じる心地よい重みと疲労感に包まれながら店を出た。
シフトは悠真が一番早く上がり、次にソラ。美月は遅番の締め作業があるため、まだ店に残っている。
最寄りの駅へ向かう帰り道、ソラは夜風に吹かれながら、今日起きた「事件」を反芻していた。
(……マジで疲れた。けど、案外なんとかなったな。……あいつの指示、的確すぎたし)
ふと、明日からの学校生活が頭をよぎる。
(……っていうか、明日から学校でどういう顔で会えばいいわけ?あんな支配者みたいな顔を見たのに、教室でいつも寝ている地味メガネ陰キャとしてこれから接するの、無理ゲーなんだけど)
そんなことを考えながら角を曲がったとき、少し先にあるコンビニの窓越しに、見覚えのある顔を見つけた。
(あれ、水瀬?)
雑誌コーナーで立ち読みをしているのは、紛れもなく同じ高校の制服を着た、悠真だった。
ソラは特に深く考えることもなく、吸い寄せられるようにコンビニの自動ドアを潜った。知り合いを見かけたら話しかけずにはいられない、ギャルの習性のようなものか。
しかし、いざ店内に入り、悠真の背後数メートルの死角まで歩み寄ったところで、急に足が止まる。
(……いや、なんて話しかけるのよ。「さっきはお疲れ」? それとも「明日よろしく」? ……あー、ダメだ、なんか気まずい!でも……)
ソラが話しかけるべきか1人で葛藤していた、その時。
入店を知らせるチャイムが鳴り、一人の女性が入ってきた。
棚の隙間から見えたその姿に、ソラは思わず息を殺して陳列棚の影に身を隠した。
そこにいたのは、ついさっき店で別れたはずの、美月だった。
「悠真くん、お待たせ……っ」
美月が悠真の隣に歩み寄る。
コンビニの静かな店内に馴染むような、それでいてどこか浮ついた、熱を孕んだ小さな声。
悠真は読んでいた雑誌を閉じ、美月の方へ顔を向けた。
「瀬戸さん。お疲れ様です。……早かったですね」
「もう、外では名前でいいって言ったでしょ?」
美月が悠真の顔を覗き込む。
二人の間に流れる空気は、店内にいた時よりもずっと甘く、そして濃密だった。 人目を気にしてか、手を繋いだり、抱きついたり、というような派手な接触はない。悠真もどこか初心(うぶ)な様子で、少しだけ距離を置こうと意識しているように見える。
しかし美月が少しだけ悠真に歩み寄り、その距離を詰めた。そして悠真の制服の袖をぎゅっと掴んで、上目遣いに彼を見上げた。
「……ねえ、悠真くん。さっき白石さんが言ってたこと、本当?」
「……何がですか」
「学校ではいつも寝てて、存在感がないって。……私が知らない悠真くんを、白石さんは毎日見てるんだと思ったら、なんだかちょっと複雑になっちゃった……」
美月は少しだけ唇を尖らせて、甘えるようにすねて見せる。
悠真は眼鏡のブリッジを押し上げ、ひどく困ったように顔を背けた。
「……別に、見られて良いものじゃありませんよ。ただ寝てるだけですから」
「もう。そういう問題じゃないのに」
2人が並んで店を出ていくとき、その歩幅は一歩一歩、吸い付くように重なっていた。夜の闇へ消えていく背中は、どう見ても、ただのバイトの先輩後輩のそれにしては親密すぎた。
「……え、ちょっと……どういうこと……?」
一部始終を棚の影から見ていたソラは、呆然と二人を見送った。
学校一の地味キャラと、バイト先の絶対的マドンナ。
繋がらないはずの点と点が、夜のコンビニという無機質な空間で、確かに結びついていた。
ソラの心に、明日からの学校生活をさらに難解にする、巨大な違和感が居座り始めた。
悠真は、音を立ててショートしそうな脳内演算を力技で抑え込み、努めて冷静な「バイトの後輩」を演じた。 美月に裾を引かれた感触が、まだ熱を持って残っている。美月はそんな悠真の動揺を楽しむように、いたずらっぽく小首をかしげた。
「ふふ、お疲れ様。……あら? そちらは新人さん?」
美月の視線が、悠真の背後に立つソラへと向けられた。その瞬間、ソラは自分が「学校の女王」であることを一瞬で忘れ、一人の新人バイトとして背筋を伸ばしていた。
「あ、はい……。今日から入った、白石ソラです。よろしくお願いします」
ソラは柄にもなく、少し緊張した面持ちで頭を下げた。大学生らしい落ち着きと、同性から見ても溜息が出るほどの美しさに、ソラは圧倒されていた。
「白石さんね。よろしく。私は瀬戸美月。……悠真くん、彼女の教育は進んでる?」
「はい。最低限の動線は叩き込みました。飲み込みは……そう悪くないです」
悠真が、いつもの無機質なトーンでソラへの評価を口にする。
その言葉を聞いた瞬間、ソラは胸の奥をチクリと刺されたような感覚に陥った。学校では寝てばかりの地味メガネで、クラスメイトなのに名前も覚えてなかった背景のような男に、一人前のスタッフかどうか品定めされている。その事実に、気恥ずかしさと、屈辱感にも似た気持ち、そして言いようのない高揚感がぐちゃぐちゃに混ざり合った。
そんなソラの様子を、美月はすべて見透かしたような、慈しむような微笑みで見つめている。
「……っ、あ、えっと……よろしくお願いします!」
ソラは、美月の放つ圧倒的な「大人の女性」のオーラに当てられ、再び頭を下げた。学校の女子にはない、洗練された余裕。透き通るような肌、整った指先、そしてたおやかな仕草――すべてが、今のソラには手が届かない「完成された大人の女性」の象徴に見えた。この瞬間、ソラにとって瀬戸美月は、ただの「先輩」を超えて、いつか自分もこうなりたいと願う「憧れ」の象徴となった。
「美月ちゃんはうちの自慢のマドンナだもんねぇ。白石さんもかわいいんだから、彼女を見本にすれば間違いないわよ」
横からベテランパートの川上さんが茶化すように笑うと、思い出したように手を打った。
「あ、そうそう。さっき店長からの連絡電話にたまたま出て聞いたけど、あんたたち同じ高校のクラスメイトだって? 」
「えっ、そうなの?」
美月が意外そうに目を丸くし、悠真とソラを交互に見た。
「あ、はい、そうですね。私もビックリで…」
名前を思い出せなかったことは伏せておこう、と答えながらソラは心に決めた。
「白石さん、悠真くんって学校ではどんな感じなの? やっぱりここみたいに、何でもテキパキこなす優等生?」
美月が興味津々といった様子で尋ねた。
悠真の心臓が跳ね上がる。美月には自分の高校での様子はほとんど話したことがない。抜け殻のOFFモードのことを美月に知られるのは、彼にとって一番の演算外だった。
「えっ……? あー……」
美月の純粋な問いに、ソラは少し顔をしかめて苦笑した。
「いや、全然。学校じゃいつも教室の隅っこで泥みたいに寝てて、存在感ゼロですよ。背景の一部っていうか。まさかバイト先でこんなテキパキやってるなんて、クラスの誰も信じないと思います」
ソラの率直すぎる言葉に、美月の表情が微かに揺れた。
自分の知らない、教室の隅で眠る悠真。それを日常として見ているソラ。
美月は「そうなの……意外ね」と微笑みを返したが、その胸の奥には、自分だけが知っていたはずの悠真に別の顔があることへの、ざわざわとした独占欲に似た感情が芽生えていた。
「瀬戸さん、8番テーブルのお客様、食べ終わられてから3分が経過しています。バッシングをお願いします」
悠真はこれ以上話が広がらないよう、半ば強引に美月に指令を出した。
「……はい」と頷き向かう美月を見て、悠真は一瞬だけ安堵の表情を浮かべた。
一方、ソラは眩しそうに美月を目で追いかけた。自分もいつか、あんな風に凛として、かつ柔らかい空気を持てるようになるんだろうか。
その後悠真の方を一瞥すると、表情ひとつ変えないまま、淡々と端末を叩いている。
(ま、美月先輩みたいな洗練された人が、水瀬みたいな地味なやつを評価してるってことは……本当にこいつ、シゴデキなんだろうな……)
ソラの中の「水瀬悠真」という存在が、音を立てて書き換わっていく。
その後、初めてのバイトを終えたソラは、足の裏に感じる心地よい重みと疲労感に包まれながら店を出た。
シフトは悠真が一番早く上がり、次にソラ。美月は遅番の締め作業があるため、まだ店に残っている。
最寄りの駅へ向かう帰り道、ソラは夜風に吹かれながら、今日起きた「事件」を反芻していた。
(……マジで疲れた。けど、案外なんとかなったな。……あいつの指示、的確すぎたし)
ふと、明日からの学校生活が頭をよぎる。
(……っていうか、明日から学校でどういう顔で会えばいいわけ?あんな支配者みたいな顔を見たのに、教室でいつも寝ている地味メガネ陰キャとしてこれから接するの、無理ゲーなんだけど)
そんなことを考えながら角を曲がったとき、少し先にあるコンビニの窓越しに、見覚えのある顔を見つけた。
(あれ、水瀬?)
雑誌コーナーで立ち読みをしているのは、紛れもなく同じ高校の制服を着た、悠真だった。
ソラは特に深く考えることもなく、吸い寄せられるようにコンビニの自動ドアを潜った。知り合いを見かけたら話しかけずにはいられない、ギャルの習性のようなものか。
しかし、いざ店内に入り、悠真の背後数メートルの死角まで歩み寄ったところで、急に足が止まる。
(……いや、なんて話しかけるのよ。「さっきはお疲れ」? それとも「明日よろしく」? ……あー、ダメだ、なんか気まずい!でも……)
ソラが話しかけるべきか1人で葛藤していた、その時。
入店を知らせるチャイムが鳴り、一人の女性が入ってきた。
棚の隙間から見えたその姿に、ソラは思わず息を殺して陳列棚の影に身を隠した。
そこにいたのは、ついさっき店で別れたはずの、美月だった。
「悠真くん、お待たせ……っ」
美月が悠真の隣に歩み寄る。
コンビニの静かな店内に馴染むような、それでいてどこか浮ついた、熱を孕んだ小さな声。
悠真は読んでいた雑誌を閉じ、美月の方へ顔を向けた。
「瀬戸さん。お疲れ様です。……早かったですね」
「もう、外では名前でいいって言ったでしょ?」
美月が悠真の顔を覗き込む。
二人の間に流れる空気は、店内にいた時よりもずっと甘く、そして濃密だった。 人目を気にしてか、手を繋いだり、抱きついたり、というような派手な接触はない。悠真もどこか初心(うぶ)な様子で、少しだけ距離を置こうと意識しているように見える。
しかし美月が少しだけ悠真に歩み寄り、その距離を詰めた。そして悠真の制服の袖をぎゅっと掴んで、上目遣いに彼を見上げた。
「……ねえ、悠真くん。さっき白石さんが言ってたこと、本当?」
「……何がですか」
「学校ではいつも寝てて、存在感がないって。……私が知らない悠真くんを、白石さんは毎日見てるんだと思ったら、なんだかちょっと複雑になっちゃった……」
美月は少しだけ唇を尖らせて、甘えるようにすねて見せる。
悠真は眼鏡のブリッジを押し上げ、ひどく困ったように顔を背けた。
「……別に、見られて良いものじゃありませんよ。ただ寝てるだけですから」
「もう。そういう問題じゃないのに」
2人が並んで店を出ていくとき、その歩幅は一歩一歩、吸い付くように重なっていた。夜の闇へ消えていく背中は、どう見ても、ただのバイトの先輩後輩のそれにしては親密すぎた。
「……え、ちょっと……どういうこと……?」
一部始終を棚の影から見ていたソラは、呆然と二人を見送った。
学校一の地味キャラと、バイト先の絶対的マドンナ。
繋がらないはずの点と点が、夜のコンビニという無機質な空間で、確かに結びついていた。
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