半モブ悪役令嬢は、中途退場できないようです

砂月美乃

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3・そろそろ退場を考えています 前

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 それ以来、お母さまは私を他のお家のお茶会に誘わなくなった。代わりにシャルルが帰ってきているときを狙って、オルタンスさまのところへ連れて行こうとする。
 シャルルはラボルジェ伯爵の跡取りだけれど、これまで全く女の子に関心を示さなかった。それが六つも歳下の私と仲良くなるなんて……と、オルタンスさまも驚いていた。伯爵さまも私ならばと喜んでいらっしゃるらしい。

 でも、お母さまたちはカン違いをしている。この世界が「ヒミツの恋愛遊戯」なら、あと二年もすれば本物のヒロインが現れるのに。
 だけど、私は何も言わなかった。言っても通じる訳がないし、そうなったら分かることだもの。

 だって、推しに会えるのだ。推しと話せるのだ。わざわざそんなチャンスを、無駄にすることはないでしょう?
 だからそれまでたっぷりシャルルを愛でて、萌えを補充するのだ。
 おかげでペンが走ること走ること。私は寝る間も惜しんで小説を書きまくったのだった。



 ◆◇◆

 いよいよ私も十八歳になり、社交界デビューを無事に済ませた。
 お相手探しには別に興味のない私だけれど、社交界へ出ることはとても楽しみにしていた。
 なぜって? もちろんシャルル以外のゲームキャラに会えるからだ。

 本来このゲームは、六人のメインヒーローとヒロインの恋愛模様を描いたものだ。ヒロインの選択や会話によって、少しずつ異なるいくつものエンディングが用意されている。
 ゲームスタート時に選択できるのは三人。シャルルと、金髪の王子リュシアンと、王子の親衛隊長をしている赤毛の騎士レオンの三人だ。
 そしてそのうちの誰かのルートをエンディングまで持って行くと、残り三人のルートが解禁する。宰相の嫡男のジェラール、リュシアン王子の弟のクリス王子、イケオジマッチョ枠の謎の男、ダニエル。合計六人のイケメンたちと織りなす恋模様……というゲームだったはず。

 ところが何度か王宮の舞踏会に出た私は、密かに首をかしげていた。
 この「ヒミツの恋愛遊戯」の世界は、私の知っていたゲームアプリの世界とは少し違うらしい。
 何しろリュシアン王子と宰相家のジェラールさまは、もう結婚していらっしゃるのだ。おまけにクリス王子に至っては、他国へ遊学されている……ですと? これではゲームが成り立たないじゃないですか。
 設定はどう見てもゲームと同じなのだけど、ストーリーはその通りとは限らない……というか、好き勝手に進んでしまってるみたいだ。

 だったら、シャルルルートはどうなるんだろう。今のところ、ヒロインらしい女の子は見当たらない。
 ゲーム通りにヒロインが出てきてくれないと、私は悪役令嬢にさえなれない。ただのモブだ。

 ――でも、と私は思う。どうせヒロインじゃないし、シャルルさえ見られればいいか。

 その日のシャルルの衣装を脳内にメモしながら、私はいたって暢気にそんなふうに考えていた。



 この二年の間に、シャルルには少し変化があった。
 まず彼のお父さまである伯爵が体調を崩され、シャルルに爵位を譲られた。彼は今、ラボルジェ伯爵として王宮へ出て、王太子殿下にお仕えしている。若い美貌の伯爵として社交界ではすごい人気らしいけど、誰かに振り向くどころか、今でも女の子にはまるで興味がないらしい。
 知ってのとおり、シャルルは無類の読書好きだ。ただその反面あまり他人に関心がなく、いわゆるコミュニケーションというものが得意ではないらしい。いつも礼儀正しいけれど、儀礼的な微笑み以外を見せたことはなかった。
 
 女の子と一緒にいても、何が楽しいのか分からない……本気でそう思っていたようだ。
 それが私というやや変わり者を知って、意識を改めたのだという。

「僕は恋愛小説も読んでみたけれど、恋というのがどういう気持ちか、まるで理解できなかった。でも君みたいな女の子なら、一緒にいても楽しいかもね」
「そう?」

 私は別に驚かなかった。
 それはそうでしょう、だってほとんど本の話しかしてないもの。たぶん私は彼にとって、趣味の合う友人なのだろう。

 ――でも大丈夫。

 もうすぐシャルルはゲームスタート時と同じ、二十四歳になる。そしてヒロインと出会い、恋に落ちるのだ。
 誰にも言えないけれど、私だけはそれを知っている。だから安心していいのよ……という思いを込めて、私はにっこり微笑んだ。



 ところで、これまでシャルル以外の男の子と積極的にご縁をつくって来なかったせいで、私の舞踏会エスコートはほとんどお父さまかお兄さまだった。私は別にそれでもかまわないのだけれど、皆はそうは思わなかったらしい。
 ある日支度をして降りて行くと、玄関ホールに盛装も眩いシャルルが立っていた。

「……ご両親に、君のエスコートを頼まれたから」

 ぶっきらぼうにそう言うと、照れたように目を逸らし、それでも作法通りに完璧な姿勢で手を差し出した。
 まさかシャルルにそんな風にされるとは思わなかった私は、よほど間抜けな顔で彼を見上げていたらしい。

「……手」
「あ、はい」

 ひどくぎこちない雰囲気で馬車に乗り込む私たちを、お母さまが笑顔で見送っていた。

 最初こそびっくりしたけれど、落ち着いてみれば何という事もなかった。だってシャルルとは、いつも二人で話しているのだ。ほとんどが本の話だけれど、場所が図書室から舞踏室になっただけのこと。結局いつもと同じように、話に夢中になっていた。周りの人たちも最初は驚いていたけど、又従兄妹どうしということで納得してくれたようだ。
 シャルル狙いらしい令嬢方は刺々しい視線を向けてくるけど、でも私には痛くも痒くもありません。

 ――残念ね。貴女たちはシャルルのお相手にはなれないんです。だって彼にはもうすぐヒロインちゃんが……。

「うふふふふ……」

 憐れむように笑う私を、シャルルが不思議そうに眺めていた。

 踊りながらも本の話をした私たちは、ベンチを探してバルコニーへ場所を移した。
 シャルルが飲み物を取りに行ってくれたので、私はしばらく辺りを眺め、夜風の涼しさを楽しむ。リュシアン王子とジェラールさまは、それぞれ妃殿下と奥方と、楽しそうにダンスに興じている。レオンの赤毛と長身はどこにいてもぱっと目を引くけれど、今夜の彼はお役目中か、リュシアンから目を離さない。おっと、ダニエルが柱の影でどこかのご令嬢を口説いてる。そういや彼って……。

 そこまで考えたところで、グラスを手にしたシャルルが戻ってくるのが見えた。水晶のシャンデリアがきらきら輝く大広間の明かりを背に受けて、すごく眩しくて綺麗だった。

 ――うふふ。私の推しは、やっぱりかっこいいんだよね。そういやゲームのスチルに舞踏会のやつがあったけど、今日の衣装とは違うな。ゲームと同じ衣装、本当にあったらいいのにな……。

 その時だ。
 窓際に立っていたどこかの令嬢が、急にくなくなと崩れ落ちた。シャルルはとっさにグラスを置いて、屈み込む。すぐに誰かが人を呼び、彼女はどこかへ運ばれていった。

「ごめん、待たせたね」

 シャルルはそう言って新しいグラスを持って来てくれた。でも私はもう、それに口をつけることができなかった。

 ついに来たのだ。
 舞踏会で倒れたヒロインを助け起こし、そこから恋が始まる。――まさにゲームと同じ。

 シャルルルートが始まった。私ではない、誰かの。


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