半モブ悪役令嬢は、中途退場できないようです

砂月美乃

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6・退場しなくていいみたいです 前

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 ◆◇◆

「『シャルル? どうしたの、こんな時間に』驚いて腰を浮かせたミレーヌの前に、シャルルは……」

 私は胸の前にノートを広げ、たどたどしく続きを読んでいた。シャルルは目の前の長椅子にかけて足を組み、それが癖の軽く首をかしげた姿勢で、じっと私を見つめている。私の大好きな、いつもならうっとり見とれてしまうポーズだけれど、今の私はそれどころではなかった。

「僕がどうしたの? ほら、早く続き」

 ああもう、恥ずかしすぎる。たぶん私の顔は真っ赤になっているに違いない。息も熱いし、ノートを持つ手も汗ばんでいる。そんな私に気付いているに違いないのに、シャルルは落ち着きはらっている。

「うう……。シャルルは、跪いた。ミレーヌの瞳が、驚きに見開かれる。『やっぱり僕には、君しかいなかったんだ、ミレーヌ』……ああ、もうやだぁ!」
「何言ってるの? まだほんの少ししか読んでないじゃない。ほら、次」

 どうして私は、せめて名前くらい変えておかなかったんだろう? 昔の夢小説じゃあるまいし、何も馬鹿正直に本名で書かなくたっていいじゃないか。そうしたら、こんなことにはならなかったのに。二次創作の癖から抜けられない自分にうんざりしてしまう。
 しかしどんなに後悔しても、もう遅い。地獄の羞恥プレイは、まだ始まったばかりだった。

 ちなみにこの時、自分ではまったく気づいていなかったのだけど。シャルルに急かされて必死になって読むうちに、私は文字を追うことだけでいっぱいいっぱいになっていた。とても内容をごまかす余裕などない。

「ねえお願い、もう許して」
「だめだよ、ほら次は? ――あ、ノートに顔を隠しちゃだめ。声が聞こえにくいからね」
「そんなぁ……」

 私は半泣きになって、告白シーンを読みあげた。ところがシャルルは顔色ひとつ変えない。自分が目の前の娘に愛の告白をしている場面だというのに、照れた様子さえ見せないとは……。
 やっぱり彼は私のことなど、何とも思っていないのだ。
 所詮私は、半モブの悪役令嬢。ちょっと気持ちが沈んでしまう。

「はい、続き」
「……」

 ノートに目を落とした私は絶望した。落ち込んでいる場合ではなかった。ここから、例のシーンなのだ。

 ――ああ、この世界の神さま。お願いだから今すぐ私を……このノートと一緒に燃やしてください。

 これほど真剣に消えて無くなりたいと思ったのは、二回分の人生で初めてだ。
 でも何も起きなかった。どうやら神さまは、シャルルの味方らしい。

「ほら、ミレーヌ。早く読んで」
「うう……。シャ、シャルルの手が、そっ……そっ……そっ……」
「何言ってるか分からないよ。しっかり」
「そっと、ミ、レーヌの……頬を……っ。ああ……」

 仕方なく先に進んだものの、やっぱり読める訳がない。シャルルが私にキスするシーンを、シャルルの前で私が読む……とか、もう文章がバグってるとしか思えない。
 舌がもつれる。口が動かない。脂汗が目に入りそうだ。

「ミレーヌ?」

 またしてもシャルルが先を促した。やけに落ち着いた声は、私が読み始めたときからまるで変わらない。

 ――こんなに恥ずかしくていたたまれないのは、私だけなの? もしかして、これは仕返し?

 そう思ったら、もう我慢できなくなった。

「も……、もうやだ、無理! シャルルの意地悪!」

 シャルルは黙って私を見ている。動揺のかけらも見えない落ち着き払った様子に、どうしようもなく苛ついてきた。もう……なんて憎たらしい男なの!? 
 カッとなった私は、思わずノートを、彼に向かって投げつけてしまった。ノートは彼の膝に当たり、そのまま床に落ちる。

「だっ……だいたい貴方、なんで平気なの? 自分が好きでもない女の子に告白して、キ、キ……キスしようとしてる話なんか読まれてるのに、どうして顔色も変えないの? さっきみたいに怒ったらいいじゃないの!」

 感情がげきしすぎて、いったい何を言っているのか、自分でも分からなくなってきた。ああいけない……と心のどこかで思いながらも、口が勝手に動いて言葉が溢れ出ていってしまう。

「私を困らせて、そんなに楽しい? こんな話を書いて、私のこと、さぞかし馬鹿だと思ってるんでしょ? 好きでもない女にこんなことされて、さぞかし不愉快でしょうね? ごめんなさい、どうぞ軽蔑して下さい!」
「ミレーヌ、僕は」
「いいえ、取り繕わなくてけっこうですっ。そっ、そんな澄ました顔して、もう……腹が立つったらないわ。笑いたいなら、笑えばいいじゃないの!」

 気持ちの持って行き場がなくなり、私は足を踏み鳴らした。

 ――いやだ、子供みたい。

 頭のどこかでそう思うけれど、もう完全に自制がきかなくなっている。そうしたら今度は、涙まで出てきてしまった。
 ……みっともない、恥ずかしい。馬鹿みたい。せめて顔を見られないよう、後ろを向いて顔を背ける。

「か、帰って! さっさとアイリーンのところへ行けば? シャルルの馬鹿っ、もう私のことなんか放っておいてよ!」
「馬鹿だって?」

 後ろでシャルルが立ちあがる気配がした。

「馬鹿は君だよ、ミレーヌ」
「どっ、どうせ……」

 その通りとしか言いようがない。私は唇をきつく噛んだ。ノートを拾い上げたらしいシャルルが、こちらへ近づいてくる。

「さっき君は僕を、意地悪と言ったね。それも君のほうだよ」
「それは違うわ!」

 私はきっと顔を上げる。馬鹿は仕方ないけれど、誤解されるのは絶対に嫌だ。

「私は貴方と違って、意地悪なんかしないわ。私はただ、貴方とアイリーンの邪魔をしないようにと……」
「だからそれだよ」
「は……?」
「だからさ」

 シャルルの顔に、初めて苛立ちが浮んだ。それでも彼は、声を荒げることはない。

「よりによって君に『アイリーン嬢と結婚』なんて書かれた僕の気持ちが、どうして分からないの?」
「へ、気持ち……?」

 ……分からない。いったいシャルルは何を言っているのかしら……?
 シャルルは盛大にため息をついて首を振った。

「君、馬鹿なの?」
「……」

 認めたくないけど、否定できそうにない。私は眉を寄せて黙り込むしかなかった。

「まったく……。いったいどうしてそんなふうに思い込んだのか知らないけど」

 それから彼は、まっすぐ私を見て言った。

「僕はアイリーン嬢のことなんて、別に好きじゃないよ」
「うそっ……!」

 思わず叫んでしまった私に、シャルルはまた眉をひそめる。

「どうしてそう思うかな。僕が好きなのは、ミレーヌ。……君なんだけど」
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