半モブ悪役令嬢は、中途退場できないようです

砂月美乃

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7・退場しなくていいみたいです 後

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「はあっ!?」

 ――まさか、そんなはずない。だって、私はヒロインじゃないんだもの。

 その時私は、ようやく気がついた。シャルルが、ひどく傷ついた顔をしていることに。……彼は怒っているんじゃないんだ。私の言葉に、傷ついている。

「あ……あの」
「……そんなに信じられない?」
「え、いえ……あの」
「好きだよ、ミレーヌ」
「え……、え?」

 私は混乱して立ち尽くした。
 なぜ? どうしてシャルルはそんなことを言うの?
 だって、シャルルの好きな人っていったら、当然ゲームのヒロインでしょう? ほぼモブも同様の悪役令嬢の私が、選ばれるわけ……?

 その時思い出したことがあった。
 この世界は確かに「ヒミツの恋愛遊戯」で間違いない。なのにヒーローのうち三人が、既に選択外になっている。それに第三王子が他国へ遊学なんてストーリーは、絶対に無かった。
 ということは、前にも思ったけれど……。この世界は既に、ゲームストーリーから外れているのだろうか。
 だとしたら、モブの私も……退場しなくていいのかしら?

「何を考えてるの」
「えっ」

 静かな声に、考え込んでいた私ははっと我に帰った。シャルルがちょっと首をかしげて、私の顔をのぞき込んでいる。

「そんな顔をするほど、僕のことが嫌い?」

 私はぶんぶんと首を振る。私が、シャルルを? まさか、嫌いなわけがない。

「僕は……女の子と話すのが苦手だった。だけど君となら、自然にしていられた。歳は少し離れてるけど、それも気にならない。君となら、一緒にいて楽しい。――君もそうだと思ってたんだ」

 確かに、私はシャルルが好きだ。推しキャラとして、友人として、そして今気づいたばかりだけど……恋する「好き」な人として。
 でも本当にそれでいいのか、分からない。ヒロインじゃない私だから、間違ってもシャルルをそういう対象にしないように……、たぶん無意識に、ずっと自分を抑えつけてきた。
 それは、シャルルは絶対にヒロインと結ばれるはずだったから。初めから辛い思いをするのが分かってたから。
 それなのに、そのシャルルが。まさかに、私を好きだと言う。

「……少なくとも嫌われていないと、思ってたんだけどな。……違う?」

 どうしよう。本当に、いいんだろうか。私がシャルルルートの、ヒロインに……。

「ねえ、ミレーヌ。君の気持ちを聞かせて。――頼むよ」

 もう一歩進み出て、シャルルが私の肩に触れた。はっと顔を上げると、切れ長の目が私を見つめている。

「僕が嫌い? 僕では、君の夫になれない?」
「お……夫!?」

 私はそれまでの迷いもためらいも忘れ、突拍子もない声をあげてしまった。やっと好きの意味に気付いたところなのに、いきなり……夫だなんて。
 もちろんシャルルは大まじめだ。

「どうしてそんなに驚くの? 僕は君が応えてくれるなら、一生をかけて君を大切にするつもりだ」
「ひえっ……!」

 ――ま……、待って、待って待って待って! ゲームのスチルも吹っ飛ぶレベルの破壊力に、今にも天に召されてしまいそうです。シャルルが眩しすぎて、美しすぎて、……辛い。

「まっ、待って」

 私は思わず両手を上げて、シャルルを押しとどめた。声が上ずって、上手く喋れない。

「お願い、いきなりそんなプロポーズみたいなこと言われたら、心臓がもたない……」
「プロポーズ……?」

 私の言葉をシャルルがどう聞き違えたのか、それとも私がちゃんと言えてなかったのか。本当のところは分からない。とにかく次の瞬間、シャルルが私の前に跪いていた。

「ミレーヌ、僕と結婚してください」
「ふぁっ!!」

 悲鳴と絶叫のあいのこみたいな音が出た。もうだめ、何も考えられない。
 それまで胸の中でぐちゃぐちゃと渦巻いていた迷いが、すべて吹き飛んだ。――浄化されたのかもしれない。シャルルが、尊すぎるから。

「あ……あ、わたし……」
「僕の妻に、なってくれる?」

 ――あああああ、そんな真剣な瞳で小首コテンとかされたら、もう無理です。

 だって、シャルルが好きなんだもの。
 もういい、私……シャルルを信じる。シャルルのヒロインに、なってみせる。アイリーンにも他の誰にも、譲りたくない。こんなムードもへったくれもない、二次創作オタクな私でも……シャルルがいいと言うのなら。
 私はがくがくと、壊れた人形のように頷いた。

「ミレーヌ……!」
 
 シャルルの顔に、ぱあっと笑みが広がった。立ち上がりながらぐいっと手を引かれ、私はまたしても変な声をあげてバランスを崩してしまう。

「ひゃあっ」

 次の瞬間、私はシャルルにきつく抱きしめられていた。

「ありがとう、ミレーヌ。……良かった、嬉しいよ」

 シャルルは私の髪に何度も何度も唇を落としては、私の名を呟いている。その声には喜びがあふれているようで、いつもの抑揚に乏しい彼とはぜんぜん違う。
 胸に包まれてその声を聞いているうちに、ようやく私の心の中にも喜びがこみ上げてきた。

「シャルル……」

 信じていいんだ。モブの私でも、シャルルの傍にいていいんだ。――シャルルを好きでいていいんだ。
 さっきまでとは違う涙が、シャルルのシャツを濡らした。

 どれくらいそうしていたのか分からない。ふとシャルルが腕を緩め、私の顔を覗き込んだ。

「ミレーヌ、キスしていい?」
「えっ……」

 わざわざ確認されたせいで、私はかえって固まってしまった。
 見上げると、シャルルは生真面目に私の返事を待っているようだ。そこがいかにも彼らしい。――そうよね、六つ年上とはいえ、シャルルはこれまで誰とも付き合ったことがないのだもの。

 思い切って頷くと、シャルルがひゅっと小さく息を吸った。
 目を閉じると同時に、ひんやりした唇がそっと触れた。すぐに離れた唇は、触れたら壊れてしまうかのように、そおっと……、そしてまたそっと、何度も何度も降りてくる。

 キスを重ねるごとに、私の胸に暖かいものが満ちていった。ついさっきまで自分の気持ちさえ分かっていなかったのに、こうして腕の中にいるなんて……夢みたいだ。

「ミレーヌ……」
「んっ……」

 ぎこちなかった口づけが、少しずつ長く激しくなってゆく。私はシャルルに全身を預け、何も考えられなくなっていた。



 ふいに足元で、ばさっと音がした。
 私とシャルルは同時に身体を離した。束の間視線を合わせ、それから音のしたほうを見る。

「あ」
「ああ……いけない。忘れていた」

 絨毯の上に、あのノートが落ちていた。どうやらシャルルは、手に持ったまま私を抱いていたらしい。いつか夢中になって、存在を忘れたようだった。すぐに屈んでノートを拾い、照れたように笑った。

「さっきは悪かった、意地悪なことをして。アイリーンの名なんか出されるから、悔しかったんだ」
「……いいえ、私があんなお話を書かなければ……」
 
 あまりにも鈍かった私のせいで、シャルルに謝らせるようなことになってしまった。
 するとシャルルは、思い出したように尋ねた。

「そういえば、聞いてもいい? ……どうして僕が、アイリーン嬢を好きだと思ったの?」
「それは……」

 こうなった今となっては、シャルルの疑問ももっともだろう。でもまさか、「私はモブだから」などと答える訳にはいかない。少し考えて言った。

「私、自分に自信がなかったの。だからシャルルが私を好きになるはずないって、そう思って……。それにアイリーンはすごく綺麗な人だったし……」

 ――うん、理由以外は嘘じゃない。

「……そうか」

 シャルルは下手な慰めやお世辞を言う人じゃない。その代わり、私の言葉をそのまま受け取ってくれる人だ。

「でも、僕はミレーヌ……君がいい」
「ひ……」

 ――ひいいい、サラっとそんなことを言わないで。

 やっぱり、ついさっきまでモブのつもりだった身には……シャルルは眩しすぎるようです。

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