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8・悪趣味な男 後
一言も口をきかないまま、どこをどう歩いたのか。王宮でも夜会以外には来たことのない、あたしには分からない一画だった。そのひとつのドアを開け、ジェラール様はあたしを無理矢理押し込んだ。
そこは小さな執務室のようだった。ジェラール様は王太子殿下の側近だから、そのための部屋かもしれない。
「手荒にしてすまない」
あたしを椅子にかけさせて、ジェラール様はようやく口を開いた。ずっと握られていた手首をさすりながら、あたしはジェラール様を睨む。
「お話なら手短にお願いします。父が心配しますから」
ジェラール様の眉間の皺が、さらに深くなった。
「何なんだ、その態度は」
小さく呟いて、さすがに女性には失礼だと思ったのか。あたしを見てもう一度言い直した。
「頼む、教えてくれ。この前の夜、俺は何か失礼なことを言ってしまったのか?」
「は?」
「広間へ戻る途中、君は急に機嫌を損ねたようだったから」
「……え」
そこまで気付いていて、分からないの?
ああ、そうか。あたしがこの人に惹かれてたと分からなければ、喜ばれこそすれ、そこでがっかりするなんて思いもしないのか……。ジェラール様にとっては、きっと役目のひとつ、それだけだったのだろう。
でもそれなら、こうしてわざわざあたしをここへ連れてきたのは何故? あのジェラール様が「頼む、教えてくれ」だなんて。
……少なくとも、あたしの機嫌を気にしてくれている、それは確かなように思える。
ジェラール様が何も言わず、あたしが答えるのを待ってくれているから、あたしも思い切って素直に聞いてみる気になった。
「ジェラール様、逆にお聞きしたいわ。……なぜ、それを気にするの?」
「シャルロット嬢、俺はあんたを気に入ってる」
ジェラール様の返事は、潔い程にストレートだった。
「気の強い女は嫌いじゃないが、この前フェリシアのところで会って、話した時に分かった」
「……何を」
「実は意外と繊細だろう」
「え」
「あれで身を守って来たんだな、と。―――違うか?」
違わない。その通りだ。
それでもシャルロットの24年と、瑞季の29年の人生の中で、そこまで見抜いた人はいなかった。それにあたしの方も、敢えて見せようとしたことなどなかった。
それを見抜いた上で、そんなあたしを気に入ってるって……?
「悪趣味ね」
長年染み込んだ癖は抜けない。こみ上げる嬉しさを隠して、あたしはぷいと横を向いた。
「悪趣味な男は嫌いか?」
ジェラール様の声は優しい。意固地なあたしを包み込んで、勇気を振り絞らせてくれるくらいには。
「嫌いじゃ、ない」
横を向いたまま呟くように言うと、ジェラール様がふっと笑った。
「意地っ張り。こっちを向けよ」
仕方なく目を向けると、思いがけず真摯な瞳と目が合った。また、からかうように笑っているのかと思ったのに。
―――どうしよう。
言葉が出ない。身体も動かない。ジェラール様の深い緑の瞳から目が離せない。
そんなあたしを見て、ジェラール様の唇がほんのわずかに開いた。
「シャルロット」
そして肩に手をかけて、顔を寄せてくる。
その意図が分からないほど馬鹿ではない。なのに動揺したあたしは、咄嗟に身を捩ってしまった。
「や、だめ!」
すると、ジェラール様の眉間にくっきりと縦皺が寄った。
「…あんな目で見ておいて、今さらそれか?」
だって、恥ずかしくていたたまれない。それなのにジェラール様はあたしの顎をくいっと掴んで仰向かせると、唇を近付ける。
「!」
今度は思わずぎゅっと目を閉じて俯いてしまった。自分でも小学生かよ、と思うけど……だって、もう胸がどうにかなってしまいそうで……。
「おい」
おそるおそる目を開けると、ジェラール様は不機嫌な目であたしを睨んだ。何か言いたいけど、もう言葉が出ない。
「……まったく面倒な女だ」
そして有無を言わせぬ力で、今度こそ、噛みつくように口づけた。
「ん、ふ……」
こんなキス、したことない。
ソファに身を沈めたあたしを身体ぜんたいで押さえつけ、両手で頬を挟まれて、身動きもできない。せめてもの抵抗でジェラール様の腕を押していたけど、なんの意味もない。と言うか、そもそも何で抵抗しようとするのか自分でも分からない。
ジェラール様の舌があたしのそれを絡めとり、吸い上げる。心臓が早鐘をうち、苦しくて壊れてしまいそうだ。あたしは知らないうちにきつく目を閉じた。なぜだか分からないけれど、涙がひと筋こぼれた。
どれくらいの間そうしていたのか分からない。ものすごく長い時間だったように感じたけど、ひょっとしたらあたしの思い込みで、実際はわずかな間だったのかも知れない。
「……信じられないくらい、初心なんだな」
唇を離し、ジェラール様が呟いた。
―――何で分かるの!?
恥ずかしさに目をそらすと、ジェラール様があたしの手を取って口許へ運んだ。
「そういうところが、すごくそそられる……シャルロット」
そして指先に口づける。その唇はそのままあたしの指を這い、啄ついばむように何度も触れる。
「……んっ」
手が震えてるのは、バレているはず。なのにジェラール様はやめてくれない。
「や……ジェラール様」
「ジェラールでいい」
「ジェラール……、やめて」
声まで震えてきた。それなのに。
「教えろよ。あの時、どうしたんだ?」
何のことだか、すぐには分からなかった。
「……え?」
「あの時どうして機嫌が悪くなった?」
繰り返し尋ねられ、あたしは狼狽えた。言えない、あの時既に惹かれていたなんて。
「……何でもない、から……!」
言いかけた途端に、ジェラールがあたしの指を甘く噛んだ。
「はぁっ! 何、を」
「言わないなら俺にも考えがある」
ジェラールは1本ずつ指を口に含み、舌で舐め上げる。
「あぁっ……! やめ、ジェラール……!」
「言ってみろよ」
上目遣いにあたしを見上げるジェラールは……とてつもなくセクシーだ。それが舌を出して、ちろちろと指の間を舐めるにいたって、あたしはついに降参した。
「もういや! 言うから、やめて……お願い」
ようやく止めてくれたけど、まだ手は放してもらえない。「ちゃんと言わないと知らないぞ」という脅しだろうか。
「言え」
まるで命令されるみたいだ。心のどこかで少しムッとしたとたん、見透かしたようにジェラールが手を引き寄せようとした。
「やだ、言う! ごめんなさい、本当に言うからやめて!」
―――この男、ドSらしい……。
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