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26・新しい生活 下
しおりを挟む「さあ、ミア。ここがこれから我々が住まわせていただく家だ」
カイン様が私を連れて行ったのは、王宮の西側に立つ建物だった。王宮の他の棟とは離れて完全に独立した門が設けられており、脇門を抜けると直接王宮の外へも出られるようになっているそうだ。
カイン様が扉を開くと、中からいきなり声がした。
「おい、カイン! 人を呼んどいて置いていくとはいい度胸じゃねえか」
カイン様は首をすくめた。
「いかん、忘れてた……。すまない、ウェイン」
そして振り返って私に言った。
「おいで、紹介しよう。『酒呑みウェイン』、我々のご意見番だ」
「やあ、これはこれは。ルカ師の秘蔵っ子の嬢ちゃんってのは、あんたか? 俺はウェインだ」
ウェイン様は、若い頃は遊び人だったんだろうなと思わせる、ちょっと軽い雰囲気をした気のいいおじさまだった。モース様の下でも活躍したベテランの騎士だと言われたけれど、剣をふるうところは想像できない。カイン様をつかまえてガミガミ言っているところは、まるでお父さんみたいだ。
その間にエリス様に連れられて、国王陛下のところへ挨拶に行った後、私はカイン様に家のなかを案内してもらっている。
私がカイン様にお願いしてあったのは、自分の寝室などは狭くてもかまわないが、作業をするための部屋をいただきたいということ。そしてその部屋にいる間は、決して勝手に開けないでほしいこと。魔法を使ったり、呪文を編み上げているときに妨げられるのは危険だから。
「1階はホールと共用の居間、台所と食堂、事務所、物置。2階は俺たちの個室が主だ。そして3階を、ミアのために用意した」
そう言って開けてくれた部屋は、こじんまりした寝室だった。
「ベッドと箪笥は入ってる。あと必要なものは、エリスに言えば手配してくれる。奥に小部屋がついているから、浴室に使ってもいいかと思う。……男と同じ浴室では、不都合もあるだろう?」
カイン様はてきぱきと説明しながら、私の顔を伺っている。
「ありがとうございます、カイン様。私には充分すぎるお部屋です」
そう言うと、カイン様は安心したように頷いて、次の部屋を開ける。
そこは、さっきの寝室の倍以上の広さのある、がらんとした部屋だった。真ん中に大きな机と椅子があり、壁にはたくさんの棚がついている。今はまだ何も入っていないけれど。
「ここは、モース殿の魔導師も作業部屋として使っていたそうだ。基本的にそのままにしてあるが、問題がありそうか?」
私は中へ入ってみる。おそらく清めて行かれたのだろう、なんの痕跡も見当たらない。
「いいえ。何も問題ありません」
「そうか、良かった。……鍵はつけなくていいか?」
「はい。必要な時は、術で封じさせていただきますから」
それを聞いてカイン様は、不思議そうに私を見た。
「そんなことが出来るのか……?」
「はい、ルカ様もそうなさっていました」
カイン様は少し考え込んで、私に言う。
「王宮の魔導師が、そんなことを言うのを聞いたことがない。実際に鍵束を持ち歩いているものもいる。……ひょっとすると……ルカ師を基準にしたおまえは、それに限らず、とんでもなく高度な魔法を身につけているんじゃないのか?」
私は首をかしげる。あの術はたいして魔力を使う訳ではないので意外だった。
「……特にそうとも思えないのですが。皆様、言わないだけなのでは?」
カイン様は半分納得したような顔で頷いた。
「王宮の魔導師達なら、それもあり得るかもしれないな。……だがミア、用心のためだ。あまり人に魔法や術について話すのは止めておいてくれ」
「はい、カイン様。そうします」
「それならいい。……ところでミア?」
「はい、カイン様?」
カイン様は私に近寄って、耳元で囁いた。
「今夜、部屋に行っていいか?」
途端に耳まで真っ赤になって立ち尽くす私を、カイン様は面白そうに見ている。そしてたまらなくなったように笑いだした。
「すまない、ミア。……残念だが今夜は無理だ。モース殿と約束がある」
「……!?」
「悪かった。あんまりミアが可愛いから、からかってみたくなったんだ」
カイン様はまだ笑っている。恥ずかしさのあまり、私は涙目だというのに。
「……カイン様のいじわる」
思わず子供のようにぼそっと呟いてしまい、ハッと口をつぐむ。
「可愛いことを言うんだな」
カイン様は何故か嬉しそうにそう言って、すっとかがみこんで口づけた。
翌日、私はエリス様と買い物に出かけた。魔導師のローブを着ている上に私の髪色は珍しいらしく、すぐに誰だか分かるようで……、あちこちで声をかけられる。騎士の制服にサラサラの銀髪のエリス様と並ぶと、また目立つことこの上ない。
案内していただいて、なんとか無事に買い物を済ませて戻りながら、私はエリス様に言った。
「こんなに人目を引いてしまうとは思いませんでした。……エリス様はいつも気にならないんですか?」
エリス様は苦笑する。
「うん、騎士でいるだけでも目立つものだからね。……慣れるしかないよ、ミア」
「それはそうですけど……。みんなが私が何を買うのか見ていたら、うっかり余計なものも買えません……」
すると私を横目で見て、エリス様が聞いた。
「……余計なものって何?」
「え、あの……。け、化粧品とか、お菓子とか……」
下を向いて赤くなって言うと、エリス様が吹き出す。
「いいんじゃない?『エメラルドの乙女、ケーキ10個お買い上げ』とか……あはは、評判になるよ」
「もう、エリス様……、笑いごとじゃありません!」
「ほらほら、ミア。怒らないの。お菓子なら僕が買ってあげるから」
「エリス様ってば!」
結局、エリス様はいつかと同じ焼き菓子をたくさん買って下さった。……皆で食べよう。
「ミア、すぐには無理だけどね、いずれ信用できる相手を見極めて、出入りの店を決めるから。……そうすれば、煩わしい思いをすることも少しは減ると思うよ」
「はい、エリス様。私も出来るだけ慣れるようにします」
「うん、そうだね。なるべく僕が一緒に行くから」
「ありがとうございます」
カイン様が勇者の称号を受ける式典は、2日後。私の生活も、大きく変わろうとしていた。
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