魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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27・「勇者カイン」 上

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 その日、誰よりも早く起きた私は、浴室で身を清めた。そして髪を結い上げ、いつもはごく薄くするお化粧を、ほんの少しだけくっきりと華やかにする。

 魔導師の資格をいただいた日にサラ様に教えていただいてから、自分でも練習した。今回カイン様たちといるようになって、サラ様の言われた「貴女は皆の注目と信頼を集める魔導師となったのですから、身だしなみには気を配らなくてはなりません」という言葉は正しかったと思っている。

 そして魔導師の正装に身を包み、ルカ様にいただいた首飾りをかける。鏡に映るのは「勇者カインの専属魔導師」のミアだ。

 今日はカイン様が勇者の称号を受ける、式典が行われる日。私にとっても大切な日になるはずだ。
 私は鏡の自分にひとつ頷いて、部屋を出た。


 階下には、もう皆が揃っていた。思わず階段で足を止めて、見とれてしまう。まばゆい騎士の正装を纏った、カイン様、エリス様、グリフ様。ウェイン様も同じく正装だけど、さすがの経歴のおかげか、全く自然に身についている。
「お、嬢ちゃん! 今日は一段と綺麗じゃねえか」
いち早く私に気づいて声をかけてくれるウェイン様。

「お待たせしました。ありがとうございます、ウェイン様」
「うん、本当だ。すごく綺麗だよミア」
「さすがエメラルドの乙女だよね」
「みんなが驚くだろうなぁ」
皆も口々に誉めてくれて、それは素直に嬉しいけど。
「カイン様、皆様も……、全く緊張しないんですね?」

 うん、そういう方たちですよね。頼れる騎士様たちです。私はこの方たちについて行くだけ……。
 そう思ったら私も、緊張がとけた。

「さあ、行くか」
「おう」
「はい」
私達はカイン様を先頭に歩きだした。





 いつかカイン様たちに案内していただいた大広間。
 あの時は誰もいなかったけれど、今日は沢山の人で一杯だった。

 中央にはもちろん国王陛下に王妃様。陛下の後ろには、前の勇者モース様とお仲間方。ルカ様もそこにいる。
 右側に大臣を始めとする官僚の方々。左側には長官を先頭に魔導師の皆様。
 そして迫力あふれる集団は、騎士の皆様。ほかにも私の知らない、沢山の人が集まっていた。


 カイン様が国王陛下の前に進み出て、式典が始まった。





 緊張はとけたと思っていたのに、やはり舞い上がってしまったのか、胸がいっぱいだったせいなのか。そこから先のことを、私はあまり覚えていない。

 思い出せるのは、称号を受けた瞬間に、カイン様の体がふわっと光ったこと。その直後に沸き起こった拍手と、会場の騎士様たちの勝鬨の声。
 その後は陛下に連れられて、お城のバルコニーで国民にお披露目をされていた。眼下にみえるモルシェーンの町は人で埋め尽くされ、歓声が絶えなかった。


「疲れたか、ミア?」
カイン様に声をかけられたのは、再び大広間で行われた宴の、半ばを過ぎたころだった。私たちは初めのうちこそ5人揃って立っていたものの、あっという間に人に囲まれ、それぞれの話や挨拶に散り散りになってしまった。

 私もたくさんの方に挨拶をし、次々にふりそそぐ誉め言葉やお世辞、質問や助言などに失礼のないようお返事を返すだけで精一杯だった。

「初めてのことなので、少し。カイン様こそお疲れではないですか?」
私が何とか笑ってみせると、カイン様も笑ってくれる。
「俺はこういう場は慣れているから大丈夫だ」
「私は町の皆様に、少し鍛えてもらいました」
「エメラルドの乙女、か」
カイン様がまた笑ったところで、ルカ様が近づいてきた。    

「カイン殿、おめでとう。堂々たる勇者ぶりだ」
そして私をみて満足そうに頷き、小さな袋を渡す。
「頼まれていたものだ。足りなければいつでも知らせをよこせ」
「それは?」
カイン様が興味を示したが、実はたいしたものでもない。

「薬草や、森の植物の種なんです。ルカ様にお願いして分けていただきました」
「薬草……。ルカ師、ミアには薬草の心得もあるのですか?」
「私が教えた。……どうかしたか?」
カイン様は真剣な目で、ルカ様を見る。
「いえ。ただ、近いうちに一度お話を伺いたいと」
ルカ様は心得たように頷いた。


 その時、人の向こうにサラ様を見かけた。私が目で追うのに気づいたカイン様が、
「どうした?」
と聞くので、理由を話すと、ルカ様とカイン様が顔を見合わせる。

「ミア、サラ殿には……あまり近づかないほうがいい」
カイン様が心持ち声をひそめて言った。頷いてルカ様も続ける。
「彼女は、なんというか……底の知れない女なのだ。あのように見た目は若いが、実は王宮の魔導師の中でもかなりの古参だ。この間のことも、何を考えておまえに近づいたのか……」

「単に気まぐれなのか、深い意味があるのか。……それすらも測りかねるんだ、あの方は……」
どう言ったものか、という感じに言葉を探すカイン様をみて、私も
「わかりました、気をつけます」
と言うしかなかった。






 その後は特に何事もなく宴はお開きになり、私達は正式にカイン様のものとなった館に帰って来た。ちなみにウェイン様は、モース様と元のお仲間と飲みに行ったとか。

 3人は下の居間で話しているようだったけれど、私は自室に戻ろうか迷っていた。式典からはじまって宴まで、すべて初めてのことでやはり疲れを感じていたから。


 するとエリス様が呼びに来た。
「ミア、疲れてるのに悪いけど、ちょっと話をしてもいい?」
 居間に入って行くと、3人とも思いつめたような顔をしている。どうしたんだろう?

「ミア、聞いてくれ。魔力のチャージのことだ」
「えっ!?」
3人に向かい合うように空いていた長椅子に座ったとたんに、心の準備をする間もなく、カイン様が言った。
 何故、その話を?

「驚かせてごめんね。唐突なのは分かってるけど……実は僕たちみんな、ミアが好きなんだ」
私は驚きのあまりもう声も出ない。視線だけをエリス様に向ける。エリス様も真剣な目で私を見つめている。

 そこから逃げるように視線をそらすと、グリフ様と目が合う。私を気遣う表情、だけどその視線は……。
「悪い、ミアにそんな顔させたいわけじゃねえんだ。……でもこれだけは譲りたくねえ」
グリフ様のそんな目、初めて見た気がする。

 そして正面から私を見据えるカイン様。
「言い方が悪いが許してほしい。……もしおまえが普通の娘なら、俺達はおまえを競い、それぞれ口説くだろう。おまえが誰かを選んだなら、悔しいが祝福してやれるさ」
カイン様の言葉に、二人とも頷く。


「でも、ミアは魔力のチャージの為に、誰かに抱かれなくてはならないよね」
「今、誰かがそうすると分かっているのに、オレは引き下がりたくない……」
 ……そうか、やっぱり二人とも知ってるんだ……。
 少しうつむくと、カイン様がまた言った。
「勇者は俺だ、そう言い通すことはできる……。だがそれでは、ミアの気持ちも縛ることになってしまう。それに、エリスとグリフにも不公平だ」

「ミア、もし今おまえが……俺達のなかの誰か1人が好きで、他の奴に触れられたくないというのなら、今のうちに言え」
私は下を向いたまま、何も言えない。カイン様もエリス様もグリフ様も、みんな好きだけど、その『好き』ではないから。すると3人の、強い、だけどどこか切ない視線が私に集まった。
「それなら、ミア、頼む。……俺達3人のものになってくれ」



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