魔導師ミアの憂鬱

砂月美乃

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45・調査

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 山を下りた私達はアンナさんのお弁当を食べ、話し合った。

 今日見つけたゴーレムキャットの耳の件のような、何か不自然な現象が、他の異常発生の事例にもあるのか。場合によっては現地へ調べに行きたいが、すべてがここのように近い訳ではない。


「まず今日帰ったら、ウェインはモース殿のところへ行ってもらえるか?」
「分かった。モースが関わった事例はあんまりねえが、あいつのことだ、意外と何か聞いてるかも知れんからな」
ウェインは頷いて、持参の酒の小瓶を開けた。

「グリフは訓練だ」
「は? ……ああ、そういうことか。騎士たちに聞き込むんだな?」
ひとりだけ倍の厚さのサンドイッチを平らげ、私が食べきれなかった分も引き受けたグリフは、一瞬遅れただけでカインの意図を理解した。カインも頷く。
「ギガントベアの話でもして、聞いてみてくれ。……ただなるべく1人か2人ずつくらいがいい。あまり噂にならないように頼む」

「エリスは陛下の許可を取るから、記録庫へ行って、例の書き付けの事例の中から、魔物の記述を中心に書き出してくれるか」
「了解。終わったらどうする?」
「陛下との話次第だが、王宮に魔物に関しては生き字引と言われる爺さんがいるはずだ。その爺さんにその記録を見せて、意見を聞いてみたい」
「分かった。じゃあ陛下のサロンの近くで待ってる」
カインとエリスの会話は、予め決められていたかのようにスムーズだ。

「ミアは一緒に来て、陛下に会って話を聞いてくれ」
「はい」
「あー、この前も言われたんだよね。『ミアは連れて来なかったのか』って」
「……」


 そして近くの林に繋いでいた馬に乗り、途中また魔法でスピードを上げて王都へ戻る。ちなみに帰りはエリスの馬に乗りました……。





「勇者カイン」の願いとあらば、王宮でも軽く扱われることはない。陛下との面談もさほど待つことなく聞き届けられた。


「ご苦労だった、カイン。おお、魔導師ミア、その後どうだ? カインらとは上手くやれておるか?」
カインは黙って頭を下げ、私はお尋ねがあったので口を開いた。
「ありがとうございます、陛下。皆様のおかげで、未熟ながらどうにか過ごせております」
陛下は満足そうに頷いて下さった。そしてカインに目を向けて尋ねる。

「で、何があった?」
「はい、まずはエリスに記録庫に入ることをお許しいただきたく」
陛下は後ろに控える男性に頷く。その人は心得たように一礼してすぐに出て行った。
「ありがとうございます」


 そしてカインは今日のことを要領良く報告した。
「なるほど、それでエリスが記録を調べているのか」
さすがに陛下も、すぐにカインと同じ考えに至ったようだ。

「はい。陛下、確か王宮には……魔物についてすべてご存知の方がおられると聞いたことがありますが?」
「ああ、ダールだな。確かにいる。……だが相当の歳で、もう目がほとんど見えないようだな。それでも弟子に書き取らせて、研究をまとめているそうだ」

「そのダール殿にお会いすることはできますか?」
「構わん、と言いたいところだが……。あれは気難しい奴でな、会うことは出来ても答えをくれるかは分からんぞ?」


 陛下のサロンから出ると、ちょうど廊下の向こうからエリスが歩いてくるところだった。
「カイン、どうだった?」
「許可は得た。ダール殿のところへ行ってみる」





 ダール様は、王宮お抱えの研究者だ。もともとは騎士になるために王都へ来たのだが、騎士見習いとして魔物について学ぶうちに、魔物そのものに夢中になってしまったという。
 幸い研究者としての素質も認められ、魔物の研究に没頭して生きてきた。今のダール様の頭の中には、国じゅう全ての魔物の知識が詰まっているそうだ。

「……研究の邪魔になるので、面会はお断りするよう言われております」
弟子らしい男性が申し訳なさそうに言った。
「しかし、陛下のお許しも……」
カインが言うが、男性は表情は申し訳なさそうでも態度は変わらない。

 するとエリスが言った。
「ではこれだけお伝えください。異常発生中の魔物が、その間だけ異なる特徴を備えることがありますか、と。これでも忙しいと仰るなら下がりましょう」
男性はしぶしぶ伝えにいったが、すぐに転がるように出てきた。

「先生がお会いになるそうです!」


 ダール様は、真っ白な髪と長い髭を垂らした、隠者のようなご老人だった。細い目と尖った鼻が印象的だ。
 カインが挨拶しようとするのを面倒そうに手を振って遮り、
「説明してみよ」
 と促した。

「先日、異常発生のギガントベア討伐に行きました。14頭中、2頭で出てきたのが3回、3頭で出たのが2回ありました」
カインの説明に、ダール様の目がさらに細められた。
「他には」

「4ヶ月前にブラゴ山で発生したゴーレムキャットです。今日行ってきましたが、耳の特徴から間違いなくブラゴ山のゴーレムキャットと確認しました。……しかし、4ヶ月前に討伐に参加した騎士によると、当時のゴーレムキャットは耳が岩だったと」
「むう……」
「さらに当時のゴーレムキャットは、岩山に群れになるほど存在したにも関わらず、一切共喰いの気配がなかったと聞きます」
「…………」

「通常、何年かに一度起きる異常発生は、たいがい餌や気候など、原因が分かるものでした。しかしこの1年3ヶ月に起きた異常発生は、1件を除き全てが原因不明」
「なんとのう……」


 替わってエリスが口を開いた。
「ダール殿、お願い致します。原因不明の異常発生事例の、魔物に関する部分を抜粋して来ました。もし同様の不自然な違いがあれば、ご指摘いただきたいのです」

 ダール様はしばらく黙っていたが、急にさっきの男性を呼んで言った。
「よし、読んでみよ。こやつに全て記録させるが、いいな?」
「もちろんです。では……」
 エリスが抜粋した記録を読み始め、ダール様がその都度口を挟み、弟子が必死で記録をとる。
 話は長く続いた。





「ああ、腹減った……」
グリフではない。カインだ。

 ダール様のところへ行き、話を聞いてもらえた。それはいいのだけど、ダール様の話はそれで終わらなかった。各地の魔物の個体差、発生時期による差、寿命による差……。ダール様の確認と説明は、まさに微に入り細を穿ち、圧巻だった。
 おかげですっかり夕食時を過ぎ、さすがのカインからあの発言が出たのだ。

 勇者の館へ戻ると、当然だけどグリフとウェインはもう戻っていた。
「遅かったな、何かあったのか?」
「いや、問題ない。とりあえず飯にさせてくれ……」


「へえ、噂には聞いたことがあったけど、本当にそんな爺さんがいたんだ……」
「ああ、話が長くてえらい目にあったが……、まあそれだけのことはあった。ミア、頼む」
私はダール様とエリスの話の中から、明らかな特徴の違いだけを書き出したものを机に広げた。

 1年3ヶ月で17件。
 そのうち、原因が明らかな1件は今回の調査から外して良い、とダール様は言った。

 そして残り16件のうち、ゴーレムキャットの他に明らかに記録の記述がおかしいものが4件、疑わしいものがさらに2件あった。
「ここは毛皮の色が、こっちは体の大きさが違う。それからこれは、そもそもデビルスネークが出ない沼地で大量発生して、討伐後は一匹も出ていない。あとはロール鳥が1羽も飛ばないで、枝いっぱいにとまってたとか……」

「ダール殿は、突然変異などではあり得ないと言っていた」
「なんか、気持ち悪ぃな……」
グリフの呟きは、まさに全員の気持ちだった。何とも説明のつけにくい居心地の悪さ、そんなものを感じていた。


「そっちはどうだ、ウェイン?」
「ああ、大量発生の討伐ってのは、普通は人海戦術だろ? だからモースや俺たちが駆り出されたことは、やっぱりなかった。でもモースが思い出したことがあってな」
「何だ?」

「俺も、言われるまで忘れてたことだ。1年2ヶ月前に、通常のサラマンダー討伐に行った。その時、途中で蝶の大群に会ったんだ。……サラマンダーのいるガザル砂漠でだ」
「地熱が吹き出したりする、すげえ熱いところだよ、ミア」
「……そんなところで、蝶が生きられるんですか?」
「いや、あり得ん。……でもそん時はサラマンダーが目的だったし、魔物でもない蝶のことまでは気にしなかった」

「でも、今になって聞くと……気になるね」
「ああ、そう思うだろ? で、グリフのほうはどうだった?」
「ダール殿の話を裏付ける、ってとこだな。デビルスネークの件は、けっこう沢山の奴らが覚えてた。なんでこんなとこに……ってな。他の件の話も何人か聞いたぜ?」

 カインが頷く。
「ダール殿は、記録に書かれなかったものもまだあるのでは、と言っていた。引き続き明日も調べてみよう」
相談した結果、明日は書き付けにある別のところを調べに行こう、ということでまとまった。


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